表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
76/428

堕天羽


 それはいつものおどけた恵瑠(える)の声ではなく、落ち着いた大人の声だった。

 なにも言えなかった。頭が真っ白で。本当ならいろいろ聞くべきことがあるはずなのに。だけど言えなかった。それは聞くべきことが多過ぎて混乱していたのもあるが……。

 圧倒されていたんだ、その美しさに。

 夕日で輝く空に浮かぶ純白の天羽(てんは)。まるで聖画のようなその光景に。

 ウリエルと名乗った恵瑠(える)は、誰よりも美しかった。

天羽(てんは)であることを止めて人と関係を持ち、けれど人ではないもの。どちらにも交われない半端な存在」


 彼女の声は、表情は、寂しそうだった。

「私はね、神愛君。天羽(てんは)を裏切り、そして、ずっと君たち人間を騙して生きてきたんだよ」

「…………」

 彼女の告白を黙って聞く。その思いを、俺は正面から受け止めている。

「私は人間ではない。天羽(てんは)ですらない。そんな私を」

 彼女は一拍の間を置くと、そっと、傷口に触れるように聞いてきた。

「君はまだ、友達だとそう言えるの?」

 悲しい響きだった。


 まるで、すべてを諦めているように。

『神愛君だって、ボクのことを知ったらきっと離れていく。ボクの味方になんて、なってくれるはずがない』

 そう言っていたのを思い出す。

 恵瑠(える)は、()天羽(てんは)だった。

 仲間である天羽(てんは)を裏切り人間として暮らし、だけど本物の人間でもない。

 どちらでもないもの。

 孤独だったんだ。恵瑠(える)と同じ者なんて、どこにもいない。どこにも属さない。ずっと一人ぼっちの存在。


 それが、恵瑠(える)だった。

 だけど、俺は言うんだ。

 心の底から思いを込めて。

「ああ!」

 俺は言った。力強く。恵瑠(える)をまっすぐに見上げながら。

「たとえなにがあろうと、俺たちは友達だ!」

 大声で。偽りなんてない。この一言に、俺の気持ちを乗せた。

「そうだろう、『恵瑠(える)』?」


 俺は言ったんだ、目の前で浮かぶ恵瑠(える)に向かって。

 そう言うと恵瑠(える)はわずかに驚いたようだった。今まで諦めていたような顔が少しだけ動く。

 恵瑠(える)はゆっくりと前に進みながら降りてきた。

「本当に?」

 怯えるように、凍えているように、恵瑠(える)は聞いてくる。

「ああ」

「本当に……?」

 声は震えて、目には涙が浮かんでいた。

「ああ!」

 そんな彼女に言ってやる。


「人間とか()天羽(てんは)とか、そんなこと関係ない! 俺たちは友達だ」

 俺の言葉に、恵瑠(える)は泣き出した。

 美人な顔をくしゃくしゃにして、恵瑠(える)は俺に歩いてくる。そのまま近づいてきた。距離がほとんどなくなっていく。

 そして、恵瑠(える)は俺に抱きついた。

「え、恵瑠(える)?」


 体が密着する。恵瑠(える)は俺の背中に両腕を回し、俺の顔の横に恵瑠(える)の顔があった。

 彼女のすすり泣く声が耳元で聞こえる。白い髪が頬に当たりそこから漂ういい香りに包まれる。抱きつかれることで大きくなった恵瑠(える)の胸が押し付けられた。

「ありがとう、神愛君」

 恵瑠(える)の抱きしめる力が強くなる。体は微動し、声も震えていた。

「ありがとう……! ありがとう……!」

 そこに込められた思いを感じる。


 仲間なんていないと、味方なんているはずがないと、恵瑠(える)はそう思っていた。

 だけど俺が今でも友達だと知って、恵瑠(える)は嬉しかったんだ。

 変わらないものはある。

 終わらないものはある。

 現実に天国も楽園もなくたって。

 ずっと続いていくものはある。

「う、うっ」


 恵瑠(える)の泣き声が聞こえる。すぐ近くから聞こえてくる。

「う、ううう……!」

 それほどまで辛かったのか。

 自分が天羽(てんは)だということ。人間とは違うということ。それにとても苦しんでいたのか。

 俺は恵瑠(える)の背中に腕を回した。俺と同じくらいの体に違和感を覚えながらも、俺は優しく抱き返した。


「まったく……。当たり前だろ、アホ」

 恵瑠(える)はそのまま泣いていた。長い間ずっと。

 恵瑠(える)が泣き止むまで、俺たちは抱き合っていた。

 夕日に輝く噴水がある広場で。

 ずっと。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ