苦悩
俺たちが聖騎士ペトロと名乗る騎士たちから逃げてだいぶ時間が経った。
俺は恵瑠と二人で町はずれの道を歩いている。建物に挟まれた道は陰になっており、空を見上げれば夕日によって茜色となっている。大通りからだいぶ離れているからかここらは静かだった。
「なんとか逃げ切れたようだな」
「そうですね。あぶなかったです」
あの時建物が崩れた隙に逃げれたからよかったものの、それがなければ今頃どうなっていたか。
「にしても問題はこれからどうするかだな。なんとかミルフィアたちと合流するか、もしくはサン・ジアイ大聖堂に戻りたいところだが」
「でも、ミルフィアさんたちの居場所は分からないですし、サン・ジアイ大聖堂への帰り道もきっと待ち伏せされてるでしょうし……」
「んだよ八方塞がりってか？」
お手上げだ。これでどうしろって言うんだ。
途方に暮れそうになる。マジでどうしたもんかな～。
「ねえ、神愛君」
「ん？」
すると隣を歩く恵瑠が聞いてきた。
「まだ、続けるつもりですか？」
「は？ なにを？」
振り返る。すると恵瑠は立ち止まっていた。それで俺も歩くのを止めた。二人の距離が開ける。
恵瑠は地面を見つめていた。表情は沈んでおり俯いているためツインテールの髪がぶら下がっていた。
そして、元気のない声で聞いてきた。
「ボクの、護衛をすること」
「お前なあ」
それを聞いて俺は頭を掻いた。恵瑠の気持ちは分かる。でも俺は危険を覚悟して護衛を引き受けたんだ。決めた以上ここで止めようなんて思わない。
「言っただろう、俺は――」
「でも、あのままなら大変だった！」
「それは……」
恵瑠が怒鳴ってくる。その勢いに押され言葉が引っ込んだ。
恵瑠は顔を下に向けたまま。雰囲気は深刻そうで、真剣な声だった。
「神愛君は甘く考えてる。これは今まで神愛君が遭遇してきた問題とは規模が違う」
「聞いたよ」
「分かってないんだよ、神愛君は！」
「…………」
俺は軽い調子で聞いていたが恵瑠は真剣だ。それで俺は頭を掻くのを止め手を下ろした。
「んだよ、どうした突然」
恵瑠がこんな風に言ってくるのは珍しいというか、初めてだった。いつも能天気なやつなのに。
けれど今の恵瑠は違う。本気だ。本当に思い悩んでいる。
「……聖騎士が動いてる」
そういうことか。それで納得した。
慈愛連立の最強の騎士たち。世界でもトップクラスの信仰者だろう。
恵瑠は重苦しい声で話していく。
「敵は本当に教皇軍だった。無理だよ、気持ちの問題でどうにかなるものじゃない。相手は慈愛連立の正規軍だよ？ このままじゃ神愛君まで……」
「恵瑠、俺は――」
「殺されるかもしれないんだよ！？」
恵瑠を励まそうとしていたが、俺の言葉は恵瑠の叫びに消されてしまった。
その代わり俺は見た。
恵瑠が俺に叫ぶために顔を上げた、その際。
俺を見つめる恵瑠の目には、涙が浮かんでいた。
「殺されるかも、しれないんだよ……？ そんなの、嫌だよ……」
「恵瑠……」
恵瑠は泣いていた。目尻に浮かぶ涙を両手で拭っていく。そして再度叫んだ。
「神愛君の気持ちは嬉しい。でも、無理なんだよ！」
「なんでだよ、どうして無理って決めるんだ」
「それは……」
俺の質問に言いよどむ。
恵瑠は考え込むように少しだけ黙ると、ぽつりと話し出した。
「それは、神愛君が本当のことを知らないからですよ」
「本当のこと？」
聞き返す。恵瑠の言う本当のこととはなんだろうか？ これ以上俺が知らないことがあるのか？
俺は聞くが、恵瑠は悲しそうな顔を浮かべた。
「神愛君だって、ボクのことを知ったらきっと離れていく。ボクの味方になんて、なってくれるはずがない」
なにがそこまで恵瑠を追い詰めているのか俺は知らない。なぜ、こんなにも苦しそうにしているのかも俺には分からなかった。
「恵瑠……。なんだよ、俺がお前のなにを知らないって？ 教えてくれよ」
「それは……」
それで俺は聞くが、恵瑠はすぐには答えてくれなかった。
「出来ないのか？」
「…………」
再度聞く。でも、恵瑠は答えず黙り込んでしまう。
「どうして！？ 俺のことが信用できないのか？」
「…………ッ」
俺は聞いた、何度でも。
恵瑠とは友達だと思ってた。いいや、友達だ。
そんな友達が苦しんでいる。
俺には知らないことがあると言って辛そうな顔をしている。
ならそれを知って、恵瑠を理解したいと思った。苦しんでいるならなんとかしたいって思ったんだ。
その思いが届いたのか、恵瑠の口が動いた。
「ボ、ボクは！」
片手を胸に当て、恵瑠は息苦しそうなほど緊張していた。まるで真実を明けることに怯えているように。恵瑠は地面に向けて叫ぶ。
「ボクは！」
その言葉の続きをじっと待った。
「…………」
だけど、恵瑠は肝心なところで止めてしまう。唇は小さく震えているのに、言葉はいくら待っても出てこない。
「…………？ ボクは？ ボクはなんだ恵瑠？」
「…………！」
それで俺は優しく聞くが、恵瑠は強く瞼を閉じてしまった。両手を力強く握り締め、勢いを押し留めてしまった。
「無理だよ……」
その後、小さく呟いた。
恵瑠は振り返ると走り出した。建物の角を曲がり姿を消してしまう。
「おい恵瑠！ 待てよ！ 一人じゃ危ないだろうが！」
すぐに俺は追いかけた。恵瑠の背中を追うが小さな後ろ姿を見失ってしまう。
「くそ、まじかよ」
路地裏から出た道を見渡す。俺は感を頼りにして止めていた足を動かした。
