敵
俺はミルフィアの姿を改めて探すが見当たらない。
「駄目だ、連絡を取る段取りも決めてなかったしな。とりあえず外に出よう。ていうか腹減ったわ」
「もう神愛君ったら」
けっきょく俺たちはゴルゴダ美術館を後にすることにした。出入り口へと向かおう。
が、そこで十字通路の一つ、その突き当たりにある絵に目が止まった。まだだいぶ離れている。なのに、その巨大さに目が止まったのだ。
「でけえなあれ」
壁一面に掲げられているその絵の大きさは天井まであるくらいだ。
「あれは、教皇様の絵ですね」
「教皇だって?」
その言葉に絵を見る目が変わる。なんだって今敵対してる奴の絵だ。
「恵瑠、ちょっとこれだけ見ていくぞ」
「神愛君待ってくださいよ~」
恵瑠に構わず一人で絵に近づいていく。
間近で見るその絵はやはり大きかった。というか、大き過ぎてある程度離れていないと全体が見れない。俺の身長が一七〇とちょっとだから、五メートルくらい高いのか?
そこには一人の青年が描かれていた。白い髪に精悍な顔つき。彼は鎧に身を包み剣を持ち、その後ろには多くの兵が並んでいた。
「これは」
「聖エノクの行軍。教皇エノクの青年期を描いた絵です。近代に起こった魔王戦争へ慈愛連立の代表として赴いた場面です」
いつの間にか俺の隣には恵瑠がいた。なにやら真剣な表情で見上げている。
「魔王戦争は複雑な戦争でした。ただ言えることは、魔王軍によって琢磨追求が襲われている時、神官長派たちは静観していたのを、エノクは同志を集めて助けに行ったんです」
「それって……」
「彼は、他信仰であり仲のいいとは言えない琢磨追求すら、助けに行ったんです。慈愛連立の意思として」
慈愛連立は教皇派と神官長派で考え方に違いがあると言っていたが、そうか、教皇自身にそんな経緯があったのか。
「本当に、素晴らしい人です」
恵瑠の横顔を覗き見る。その顔は真剣で、切なそうですらあった。困っている人を助けましょうとする慈愛連立の教えをまさに体現した人物。羨ましいと思っているのだろうか、恵瑠の表情からはそんな印象を持った。
「でもなぁ、そう言われるとますます分からん。もしこいつがそんな立派なやつだとしたら、なぜお前たちを狙うんだ? 最初は権力欲しさだとか思ってたがそんなことをするとは話を聞いてると思えん」
「ボクもです。教皇エノクがこんなことをするなんて信じられません。なにか事情があるか、もしくは本当はエノクじゃないとか……」
恵瑠は俯く。きっとこいつはエノクに対して尊敬というか、そうした気持ちを持っていると思う。そんな人物に狙われているというのがショックみたいだ。
「なあ恵瑠、この絵はなんなんだ?」
そんな恵瑠の気を紛らわせたくて隣の壁に掛けられた絵を指さしてみた。エノクの絵の大きさに比べればとても小さい。というか、普通の絵と比べてもじゃっかん小さな絵だった。
「これは……」
恵瑠が歩いて近づいていく。俺も後を追った。
それは二面性のある絵だった。中央に青年が立っているのだが、光が当たっている本人は大勢の人に好かれているが、彼の影は凶暴で剣を振り回している、そんな絵だった。
「裏切り者のエリヤ」
「エリヤ? エノクじゃなくて?」
「エリヤは教皇エノクの義兄弟だった人なんです。エリヤもエノク同様素晴らしい聖騎士でした。彼はとても明るく、気さくで、誰からも好かれる太陽みたいな人だったと言われています。ですが、突如サン・ジアイ大聖堂を襲撃。返り討ちに遭い命を落としました」
「どうしてそんなこと」
「詳しいことは分かっていません。有力な説は、聖騎士として人気を集めた彼は神官長の座も欲しくなり強行したとか。もともと理知的な人ではなかったようなので」
本当のことは分からないけど、どうなんだろうか。明るく気さくだったから人気があった人がそんなことをするものなのか。まるで今の教皇と同じみたいだ。
「なんか、そんな話はどの時代にもあるんだな」
「そうですね」
恵瑠はまたもや俯いてしまう。しまったな、ミスったか。
俺は絵に向き直る。
「まあ、今は分からないことばかりだけどさ」
俺は努めて気にしないで言う。
「なら、はっきりさせるためにもまずは敵を捕まえないとな」
そう言いながら恵瑠を見つめていた。
「はい、そうですね」
恵瑠は俯いていたが俺が明るく言うと恵瑠も元気に顔を上げてくれた。俺も恵瑠に頷いた。そして今度こそゴルゴダ美術館をあとにした。
まだ天気はいい。美術館の入り口前は階段になっているのでここからは広場が見渡せる。昼の一時ごろの広場には観光客の姿がおおぜいいる。記念撮影をしたり絵を描いていたりと人それぞれだ。
「ん?」
だが、別のものを感じ取る。
この肌を刺すほどの視線と気配。
和気藹々(わきあいあい)とした場にふさわしくない殺気を感じた。
「どうやら、むこうはやる気満々みたいだな」
「え?」
恵瑠は気づいていないらしく俺を見上げてくる。
俺はすぐに周りに目を配るが敵どころかあいつらの姿も見えない。この雰囲気が分からない連中じゃないし、ていうことは……。
「クソ。ていうことはミルフィアたちはすでに捕まったな」
「え! どういうことですか?」
恵瑠が聞いてくるが俺は答えず手を取った。そのまま強引に歩き出す。
「敵がきた。ミルフィアたちもいねえしここは逃げるぞ」
階段を下りる。美術館の敷地から街へと戻る。こうなった計画を変更しサン・ジアイ大聖堂へと戻るしかない。あそこは神官長派の本拠地だし手は出せないはずだ。
俺たちは大通りを早歩きで進む。人通りは依然多く、中央を走る車も多い。
すると、前から二人組の男たちが歩いてきた。鎧をまとい剣を腰に下げている。騎士? まずい、俺たちに向かってる!
「こっちだ恵瑠!」
俺は恵瑠の手を引いて路地裏へと逃げ込んだ。
俺たちは走るが、殺気や気配がますます増している。俺たちが走る途中建物の屋上を飛び交う影もあった。
「他にもいるのか」
さらには俺たちを追いかける足音まで狭い通路に響いてくる。
俺はなるべき追っ手を払うように道を選び走っていく。建物に挟まれた細い通路を通り抜ける。
視界が開けた。どうやら大通りの反対側へと出たらしい。人気はないもののそれなりに広さのある通りだ。
いや、それにしても人がいなさすぎる。一人もいないというのはおかしい。
まさか、ここに逃げてきたのではなく、誘い込まれた?
「ここまでだ」
なに?
俺は急いで背後に振り向いた。
そこには白の鎧を着込んだ数人の騎士が立っていた。いつの間に。いや、そんなことよりも気を付けなければならないのはやつらの戦意だ。それも今声をかけてきた中央にいる男。
黒髪をした四十代半ばごろ騎士だった。背が高く鎧の上から赤のマントをつけている。鋭い眼光はそれだけでこの男が只者ではないと伝えている。その気配と威圧感だけで背後の連中とは格が違う。
「そんな」
その時、恵瑠が震えた声でつぶやいた。
「聖騎士第一位、聖ペトロ」
「聖騎士……」
なるほど、こいつが昨夜ミルフィアが言っていた教皇軍聖騎士隊。慈愛連立の中でも上位の信仰者か。どおりで雰囲気が半端ないわけだ。
「自己紹介は必要なさそうだな。では早速こちらの要求を伝える。その娘の身柄をこちらに渡してもらう。そうすれば少年、君に危害を加えることはない」
「こんな大勢連れておいて危害を加えるつもり、だ?」
「手段を選んでいられる場合ではないのだ。君たちがどういう考えを持って行動しているのか私は知らん。君たちこそなにが目的だ。最初は囮となって我々を誘っているようだったが、途中からは見張りを外したようだしな」
「は!? ちょっと待て、お前たちがミルフィアをさらったんじゃないのか?」
「? いや」
「嘘つくな、お前たちが攫ったんだろうが!」
「わたしたちはなにもしていない。信じようが信じなかろうが勝手にするがいい」
しかし、ペトロは違うと言い切った。なんとなくだが嘘を言っているようには聞こえない。
マジかよ。もしそうなら、
「どうなってんだ! だったらなにしてんだあいつらは!?」




