退学の危機
それから教室を出て今は校長室。ここには俺と校長、教師のヨハネだけだ。ミルフィアは部屋の外で待っている。校長は自分の席に座り俺の隣にはヨハネが並んでいた。
それで話を聞くのだが、開始早々言われたのは突然の宣告だった。
「ああ? 退学!?」
いきなり退学だと? そんなのありかよ!?
「退学!? 正気ですか校長先生?」
「当然だ」
校長は一言目に俺へ退学を言ってきたのだ。いきなりのレッドカード。確かに喧嘩はしたが一発で退学はないだろう。
「こんな危険人物をわが校に置いてはいられん」
たぶんきっかけさえあればこの学園から追い出したかったんだろう。無信仰者はここから出て行け、ってな。
「だが、一回の騒動で即退学というのが酷だというのも分かる。だから条件を用意しよう」
当たり前だ、ていうか退学自体を撤回しろよ。
その条件とはなんなのか、オッサンを見下ろした。
「君の教室は特別クラスだろう。ならばクラスメイトから退学に反対を表明する者、それを三つの信仰者からそれぞれ集めることが出来るなら彼を認めよう」
なんだそれ!?
「期限は一か月だ」
「んなもん無理に決まってるだろ!」
それは、慈愛連立や琢磨追及、無我無心から一人ずつ俺のために来てくれる人を集めろってことだろ? 不可能だ、初日からあの空気だぞ!
「それすら出来ない者なら退学は当然だ」
「ちッ」
こいつ、足元見やがって! 撤回する気なんてはなからないんだろ、ふざけんな!
それで話は終わり俺と教師は校長室を後にした。廊下には金髪の少女、ミルフィアが俺の帰りを待っていてくれた。
「主、どうでしたか?」
「あー……」
俺を見るなり駆け寄るのが少しだけ嬉しい。反面俺を心配してくれる青い瞳に実は退学になりそうとはなかなか言いづらい。
「……退学ってな、言われちまったよ」
「そんな!?」
その驚愕にますます申し訳なくなる。心配を掛けたくない。
この少女は、俺の唯一の味方だから。
「撤回の条件として、それぞれの信仰者から反対してくれる人を一か月以内に集めることが出来たら白紙にしてくれるってよ。は、馬鹿にしやがって」
そんなの普通のやつなら楽勝だろうが俺にとっては無理難題だ。
いったいどうすればいいか、学校生活は早くも暗礁に乗り上げた。
「宮司さん」
「ん?」
そこでヨハネが声を掛けてきた。見ればその顔はニコニコと笑っていた。なんだこいつ。
「怪我をしているようですね。大事ではないようですが念のために保健室へと行きましょうか」
「別に、なんでもねえよこれくらい……」
実をいうと額がひりひりしている。どうやらロッカーとぶつかった際に切ったらしい。でもほっとけば治るほどの傷だ。
「いえ、これは教師としての指示です。保健室への場所は分かりかねるでしょうから私が同行します。それと」
ヨハネは俺から視線をミルフィアへと向けた。
「あなたも、ご同行願えますかな」
「はい、そのつもりです」
乗り気はしないがここにいても居心地が悪いだけだし他に行く宛もない。足取りは重いがここよりはマシか。
収まらない苛立ちと不満を表情に浮かべつつ、俺たちは保健室へと向かった。
*
「痛っ!」
保健室には俺とヨハネ、そしてミルフィアの三人がおり新学期初日とあって保健室の先生は不在だった。机のある椅子にはヨハネが座り、対面する患者用の丸椅子二つに俺とミルフィアが腰かけている。
切り傷に消毒液で濡らしたガーゼを当てられる。しみる痛みに顔を引き離そうとするがヨハネは笑顔で許さなかった。
「これこれ、逃げないでください。しっかり消毒しておかないと。雑菌でも入って膿んだらどうするのですか」
「もう十分だよ」
どうもこの男は笑っているのが普通らしく、俺は反抗的な態度で言うんだがヨハネはそよ風のように受け流しご満悦だ。そんな俺たちの様子をミルフィアは黙って見守っている。
「よし、これでいいですかね」
切り傷の上にガーゼを当てテープで固定される。無事に終えたことにヨハネは満足気に頷いた。
「いやー、やはり人のために働くのは気分がいい。相手が返してくれる笑顔と感謝はまるで自分のことのように嬉しい気持ちにしてくれる」
「笑ってねえよ! 感謝も一言たりとも言ってねえし! 傷口にグリグリ押しつけやがって、下手ならやるなよ痛ってえな」
「すみませんすみません。まあ、そう怒らないでください。あなたを手当てしたかったという私の気持ちだけでも、汲んでもらえませんかねえ、宮司さん」
「ちっ」
そりゃ人を助けようとする気持ちは高尚だろうよ。だが実害があったら余計なお世話だ! あー、いてぇ。
「手当が終わったならもう帰るぜ」
カーゼの上から傷を擦りつつ席を立つ。用は終わったんだしここにいる理由はない。
「ああ、待って下さい。とりあえず座り直して」
とするのだが、帰ろうとするのを慌ててヨハネが呼び止める。いったいなんだよと向き直るが椅子を手で叩くだけだ。面倒臭い。そんな目で見下ろすが嫌な顔一つしない。
「……分かったよ」
嫌々だが再び席に座る。そんな俺に男は「ありがとうございます」と言ってから話を始めた。
「それにしても入学初日から喧嘩ですか。遅かれ早かれ問題は起きるとは思っていましたが、まさか出会う前からとは。驚きましたよ」
ヨハネが苦笑しながら頭を掻いている。きっと不良生徒にやれやれと思っているんだろう。
しかし普通の教師なら説教をしそうなものだが、ヨハネは引きつっていた頬を元に戻すだけだった。
「喧嘩はもちろんしてはいけないことです。教師としても起こったならば止めねばなりません。何事も仲が良いのが一番です。ですが、まあ、仕方がない喧嘩、というのもありますか」
声は穏やかで責める素振りは見られない。喧嘩すらもいいことのようにヨハネは明るく口にしていた。
「特に、青春には付き物ですからね」
「そんな爽やかなものじゃねえよ」
その言葉に視線を逸らす。青春ドラマみたいな理由じゃないんだ、他の連中と一緒にして欲しくない。
「あははは……、そうですね、申し訳ない。確かにそうだ。ただ、もし喧嘩の理由が神理の違いからでしたら、私にも経験がありますので少しは宮司さんの思いが分かるかもしれません」
「神理の違い?」
「はい、そうです」
ヨハネは困ったように肩を下げ弱気な笑みをしていた。
喧嘩の理由。おおざっぱに表せば神理の違い、ではあるか。俺と目の前の男では当然事情は違うが。だが俺みたいな無信仰者と信仰者ならともかく、信仰者同士でも喧嘩をするのか?
人間なんだから喧嘩くらいするだろう。でも俺にはそれが意外というか、新鮮だった。




