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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1章 無信仰者は祈らない
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金髪の少女

 突如として異変が起こる。俺たちの間に突然人が現れたのだ。


 そこにいたのは金髪の少女。純白のワンピースに身を包み、ひらひらとした裾とショートカットに切り揃えられた髪が揺れている。加豪の刀を前にしても少女は気丈に正面を向けている。

 そんな彼女を、俺は知っていた。


「ミルフィア!」


 俺の呼び声に目の前の少女は半身だけ振り返る。


「ご無事ですか、あるじ?」


 少女は柔らかい目で俺を見つめ返してくれた。


 ミルフィア。小柄な体型は華奢だが人形のような優雅さがある。青い瞳は丸みのある形をしていて、小顔に収まるパーツはどれもが一級品の美形しかない。

 ミルフィアは、この場で唯一親愛が籠った声を送ってくれた。


「え、ええ?」


 ミルフィアを前に加豪がたじろいでいる。金髪の彼女を見つめ疑問符が顔からいくつも出ていた。


「え、てか、今どこから!?」


 今の今まで、間違いなくミルフィアは教室にいなかった。突如として現れたミルフィアにクラスの連中も驚いている。


「突然出て来て、しかも主って。まさか……」


 なにもない場所から登場したミルフィアはまるで先ほど加豪が行った再演のようだ。それで答えを思い付いたのか、加豪が叫ぶ。


「あなた、神愛の神託物!?」

『えええええええ!』


 加豪の答えに皆が大声を上げる。雷のような衝撃が教室を駆け回った。


「嘘。いやまさか……。でもッ」


 言った本人でさえ戸惑っている。そりゃそうだ、そもそも神託物とは神からの贈り物。無信仰者が得られるものじゃない。また、人の神託物なんて俺だって聞いたことがない。

 ミルフィアは俺に向けていた微笑みを消し加豪に向き直る。それで困惑していた加豪も鋭くなっていく。


「あんた、私とやるつもり?」

「はい。我が主を守るのが私の務め。あなたが主に危害を与える以上、排除します」

「そう。なら琢磨追求の信者として受けて立つわ」


 そう言って加豪は神託物を消す仕草を見せた。互いに女、素手で戦うつもりだ。


「構いません」

「なんですって?」


 しかし、ミルフィアの発した言葉に加豪の手が止まる。


「全力でどうぞ。でなければ、敗北した時悔いが残るでしょう。それでは意味がない。敗北を知るのはあなたです」


 ミルフィアに動揺はない。真剣の刀、しかも雷を纏った武器だぞ。


「おいミルフィア。危険過ぎる、止めるんだ!」


 下手すればただじゃ済まない。お前が傷つく姿なんて見たくないんだよ!

 そう思うのに。


「主は下がっていてください、すぐに終わらせます」


 ミルフィアは引かなかった、俺のために。


「ザコは引っ込んでなさい」

「んだとコノヤロー!」


 誰がザコだオラァ!?

 再びミルフィアと加豪が対峙する。

 加豪は怒りを露わにしながらゆっくりと刀を構える。荒々しい怒気を感じるが、構えと共に静かな戦意へと変えていく。

 正眼(せいがん)の構え。右足を前に出し、気と刀が一致し真の剣となる。


 強い。集中するその姿勢だけで戦い慣れていると分かる。

 対してミルフィアの気配も静かに高まっていく。戦いの雰囲気となり戦闘態勢となっていく。

 見ている俺の方が緊張する。それだけに二人の空気は真剣なものだった。

 一拍の間。その瞬間、加豪が駆けた。


「終わりよ!」


 それは疾風というべき突撃だった。一足一刀の間合い、それを余りある距離を瞬時に移動するのは神化(しんか)の力だ。人体を超えた跳躍と同時に刀は袈裟切りに振り下ろされる。


 稲妻を纏い、雷鳴が轟いた。


「安心してください、主」


 危機感が走るが、そこで聞こえるはずのない声がした。

 攻と防が重なる直後、響いたのは加豪の驚愕だった。


「そんな!?」


 ミルフィアは傷一つ負っていない。加豪が前方に展開していた雷撃を素手で掻き消し、両手で刀を受け止めていたのだ!


「すごい!」


 素直に感心する。あれほどの電撃を素手で掻き消し、さらに刀を受け止めるなんて。

 二人は鍔迫り合いのようにしてもみ合っている。 


「峰打ちですね」

「ちっ!」


 ミルフィアの指摘に加豪が顰める。見れば加豪の刀は峰打ちだ。


「だからなんだって。これで十分よ!」


 加豪がミルフィアを突き放す。距離が開けたことに再び斬撃を振るう。

 迫る刃に対し、ミルフィアはその場を跳んだ。さらに机を足場に移動していく。生徒は全員壁際にまで退避しているのでミルフィアは空席を縦横無尽に走り回っている。


「速い!」


 ミルフィアの速度は電光石火を思わせる。俺なんか目で追うのがやっとだ。加豪にしてもそう。あれだけ大きな得物では室内を動き回るのには不向きだ。真似なんか出来るはずがない。


 加豪が振るった一瞬の隙を突きミルフィアは地面を蹴った。刀よりもさらに近い近接格闘の間合いに入り、加速したまま、


「ハッ!」


 放つのは掌底の一撃。加豪は神託物、雷切心典光の柄で防ぐものの吹き飛ばされ背後の黒板に衝突した。


「くぅ!」


 背中からぶつかり苦悶の表情を浮かべる。けれどすぐに立ち上がり真っ直ぐな眼差しをミルフィアに向けていた。


「なるほど。強いわね」


 口調は静かだ。嵐の前を思わせる、それは危険な静寂だった。 


「でも、私は負けない、負けられない! 強さを目指す琢磨追求の信仰者が、負けてなるものか!」


 静けさはすぐに反転し激を飛ばす。主人の気概に連動するように雷切心典光も吠える。今までの比じゃない。こいつ、今までのでさえ手加減だったのか?

 加豪は構え、ミルフィアも構えた。踏み込みは同時、距離は瞬く間に消失し、両者の攻撃が交わる――

 その直前。


「おやおや、何事ですかこれは」


 二人の間に男が割り込んだのだ。白の法衣(ほうい)に身を包んだ三十代ほどの男。

 男は加豪が振り下ろした両手を右手で掴むとひねり、重心をずらされたことにより加豪は勢いのまま転倒した。


 さらに左手でミルフィアもつかみ、同じくひねって転倒させていた。

 突然の闖入者に二人は成す術もなく床に横になる。


 立っているのは男だけ。神父が着る服装と同じで、腕章は慈愛連立。くせっけのある白髪と細身の体躯で男は顔を横に振っていた。


「いえ、おおよその見当は付くのですがね。まったく、新学期早々問題ですか。やれやれ、これから一年楽しくなりそうですよ」


 男は顔面を顰めるが、その後気を取り直してから微笑に変えた。


「お二人とも大丈夫ですか? そんなに強く倒してはいないはずですが痛むようでしたら手を貸しましょう。ああ、加豪さんは琢磨追求でしたね。でしたらこれくらい慣れっこでしょうか」


 男は笑っているが加豪は悔しそうに黙ったまま立ち上がる。


「ミルフィア、大丈夫か!?」

「はい、大丈夫です主」


 すぐにミルフィアに駆け寄る。彼女も怪我はないようで自力で起き上がっていた。

 この事態に当然他の生徒からはざわざわと話し声が漏れている。


「皆さん、戸惑うお気持ちは分かりますがまずはお静かにしてください。私はここのクラスを担任することになった、ヨハネ・ブルストと申します。神律学園特別進学クラスへの御入学おめでとうございます、……と挨拶を続けたいところですが、そうもいかないようですね」


 見ればヨハネという男は苦笑するも、笑みを崩すことはしなかった。


「お二人もこの辺で収めなさい。特に加豪さん、神託物を見せたい気持ちは分かりますがそう軽々に出すものではありませんよ。神の恩寵を日用品にでも失墜させるおつもりですか?」

「いえ、私はそんな……」

「では、すぐに収めなさい。それと、この場で言っても説得力は酔漢にも劣るでしょうが、立派な神託物でしたよ。今後も自身の信仰に精進なさい」

「はい、ありがとうございます……」


 加豪は反省の色を浮かべ神託物を消した。出現時同様、雷刃(らいじん)は空へと消える。ヨハネから一応褒められるが表情は落ち込んでいた。


「いったい何事だね!?」


 そこへ怒号の混じった大声がさらに入ってきた。見れば教室の入口前、スーツ姿の小柄なオッサンが怒りの形相で立っていた。なんだこのオッサン?


「あらあら、見つかっちゃいましたか」

「見つかっちゃいましたかではないだろうヨハネ先生!? なんだねこれは? まさかと思うが」


 その小柄なオッサンが俺を見る。その目はまるで親の仇でも見るようだった。


「無信仰者の彼が原因じゃないのか?」

「まあまあ、校長先生。ここはいったん私にですね」

 オメーが校長かよ。

「校長室に来なさい!」

「はぁ」

「あらあら」


 ほんと、入学早々こんなんかよ。文句を言いたいのは俺の方だぞ……。

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