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呼ぶ声

 振り返れば加豪は今も倒れている。痛々しい姿だが、加豪は動き出した。さらには体を持ち上げ、立ち上がった。


「あんた、今までなんのために頑張ってきたのよ? どれだけ我慢してきたのよ? それが、全部無駄になってもいいわけ!?」


 髪は乱れ表情は痛そうに引きつっている。重傷の有様だが、加豪は一歩を踏み出した。


「私たちのこと、どう思ってるの? あんたが犠牲にならないと守れないほど、弱いって思ってんの?」


 ゆっくりと加豪が近づく。まるで赤ん坊のようにゆっくりと。驚く速さじゃない。だけど目を奪われた。怪我を引きずり歩く姿が、一歩を踏み出す足が、熱い思いを伝えてくるから。


 動けない。その気迫に、気圧される。


「もっと信じなさいよ! 無信仰者だって、『友達』なら信じられるんでしょう!」


 気づけば、加豪は目の前にいた。ここまで来るまでどれだけの痛みに耐えたのか。それでも加豪は辿り着き、神託物を持った手とは反対側。負傷している腕を振り上げた。


「無関係とか言うな! 他人なんて言うなこの、バカァッ!」


 それは平手などという可愛ものじゃない、本気の拳骨だった。頬に拳がめり込み体が傾く。だが、すぐに胸倉を掴み引っ張られた。顔が近づく。息が鼻に当たるほど、加豪の顔は目の前にあったんだ。


「私たち、友達なんじゃないの?」


 真っ直ぐ加豪が見つめてくる。痛みも忘れて、見入る。


「とも、だち……」


 そう言われた時、胸が震えたんだ。


 無意識に使うのを避けていた。だってそれは、絶対に手に出来ないと思っていたから。

 昔から、ずっと友達が欲しいって思ってた。周りが羨ましくて、憧れて。俺もあんな風に笑えたらどれだけ楽しいだろうって。だけど俺は無信仰者で周りは信仰者ばかり。だから思っていた、俺に友達なんて絶対に出来ないって。


 なのに。


「違うの?」

「それは」


 言葉に詰まる。俺は加豪の視線から逃げて、二人に振り向いた。


「おい、お前らはいいのかよ! こいつにこんな勝手言わせてて!?」


 倒れている二人に聞く。無信仰者で、誰からも嫌われてて。そんな俺でもいいのか?


「神愛君、なにか誤解してませんか?」


 そう言う恵瑠は、足の痛みに耐えながら笑っていた。ものすごく痛いはずなのに。


「仲良くなれたって、言ったじゃないですか。あれ、友達って意味なんですよ?」

「て、天和はッ!?」

「ずっ友」


 相変わらずの無表情で、天和もそう言ってくれた。


 加豪が俺から離れる。それで三人を見渡した。俺のためにここに来てくれた、三人の顔を見つめる。


「お前たち、俺を友達だと、言ってくれるのか……?」


 質問に、加豪は不敵に笑い、恵瑠は微笑み、天和は頷いた。


「当然でしょ」

「神愛君、ボクたちもう友達ですよ!」

「宮司君、……私たちは愛の同志よ」


 嬉しかった。いつの間にか、欲しいものは手にしていたんだ。


「ねえ神愛、あんたがどれだけ頑張ったのか、私は知ってる。みんな知ってる。だから諦めるな! ねえ、あんたの望みってなに? 本当は、どうしたいの?」

「俺は」

「これでいいの?」


 問いに悩む。自分はなにがしたくて、なにが欲しかったのか。


「友達になりたかったんでしょう? なら、あんたがするのはこんなことじゃない。神愛の望みはなに!?」

「俺はッ!」


 俺が欲しかったもの。ずっと願っていたもの。それは友達だ。では、誰に友達になって欲しかったのか。誰よりも身近にいて、最も親しく接してくれた人とは誰なのか。


 それは、ミルフィアだ。

 しかし、どうやって友達になればいいのか。

 自分がされて嬉しいことは相手にもしてあげる。それをすればミルフィアとも友達になれるかもしれない。では、ミルフィアが望んでいるものとは?


「あ」


 そこで気づいた。こんなにも簡単。答えは初めから知っていたのに、ずっと気づけなかった。

 奴隷になること。ミルフィアはそれだけを願い続けていたんだから。まるでコインの裏表だ。相手を大事に思っているからこそ、二人はずっとすれ違ってきたんだ。


「そろそろよろしいですか?」


 俺と加豪の問答が終わった頃合いを測り、ヨハネ先生が声を掛けてきた。背後から聞こえるそれは攻撃の合図でもあり、死刑執行の告知でもあった。


「宮司さん、あなたはどこまでいっても無信仰者だ。あなたを野放しにすればその場で争いが起こりかねない。残念ですが、私の結論は初めから変わりません」


 ヨハネ先生の後ろで神託物が大剣を振り上げる。天井に当たるすれすれまで持ち上げ、殺意に満ちた目が睨み付けてくる。


「それでは、さようなら」

「神愛!」

「神愛君!」

「宮司君?」


 剣が振り下ろされた。一撃必殺の重量が頭上に落ちてくる。


「俺は!」


 その最中、俺は悩んでいた。見つけた答えをどうすればいいのか。


 こんな時でも迷ってる。でも、もしかしたらそれこそが正解なのかもしれない。答えなんて出さずに迷い続けること。それこそが彼女と向き合うってことかもしれないから。

 だから。


「命令だ!」


 俺は、叫んだ。二度目の命令を言うために。大声を轟かせ、目前まで迫る大剣を見上げて叫ぶ。


「俺を助けろ、ミルフィアぁあああ!」

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