約束、覚えてますからね。兄さんが戻ってくるの、待ってますから
「そいつはな、昔悪いことをしちまったんだと。そんな自分を責めて、責めて、ずっと苦しんできた。世界をよくしようと頑張ってもその時の負い目から一歩を踏み出せない。だから、誰かがそいつの背中を押してやらないと駄目なんだ」
エリヤからの説明をシルフィアは黙って聞き入れる。
「いいやつなんだ。だから、俺はそいつを助けたい。あいつを許せない世界なんて、嫌なんだ」
説明は以上だ。彼女に黙っていたことは打ち明けた。言える範囲でだがなにも知らされないよりはシルフィアの不安も減るはずだ。
「それが終わったら、ちゃんと戻ってくる。約束だ」
それに、戻ってくるとも約束した。
エリヤからの説明と約束にはじめは表情を固くしていたシルフィアも頬を緩ませた。この人から人助けと言われたら止めることなんてできない。シルフィアもエリヤに救われた一人だから。
シルフィアは納得してくれた。
「はい。そういうことなら、仕方がないですね」
仕方がないと言うがその顔はどこか吹っ切れたような顔だった。それか満足げな表情を浮かべている。
「約束、覚えてますからね。兄さんが戻ってくるの、待ってますから」
「おう」
エリヤは体を起こした。自分を心配してわざわざ来てくれた妹の頭を少々乱暴に撫でてやる。
「もう、髪が乱れるじゃないですか~」
がさつな手つきに批判がきたのでエリヤは手を放してやった。
そんな妹が愛おしく感じる。
ここは家だ。大切な人がいて自分の帰りを待ってくれている人がいる。
終わるわけにはいかない。ここにまた、帰ってくるために。
「それじゃあ、行ってくる」
「……はい」
エリヤは背を向けた。向かう先はサン・ジアイ大聖堂。そこに会わなくてはならないやつがいる。エリヤは歩き出した。孤児院の門扉を開け外へ出る。
目的地に向かう道中でエリヤは振り返っていた。
ウリエル。一度彼女を見捨ててしまった。賢い選択だった。でも、自分はなにも嬉しくなかった。失うものはなかったけれど後悔しか生まれなかった。
でももう違う。自分は自分の道を踏み外したりしない。
彼女と出会った時からこの道は決まっていたのかもしれない。もしかしたら待っているのは破滅かもしれない。でも、エリヤは何度だってこの道を選ぶだろう。
彼女の優しさを知っている。彼女の辛さを知っている。
だからなんとしてもあいつは守らなくてはならない。そして帰ってくる。自分を待っている大切な人のために。
エリヤは街道を歩く中思いの昂ぶりを感じていた。自然と握り込む拳に力が入る。
これから守るための戦いが始まる。
胸が熱い。不安なんてない。
気持ちが健やかで、迷いなんてない。
自分の信念に殉じるこの道を、進むことに躊躇いはない。
進め。走れ。
自分の思いが走りたがっているんだ。
止まるなんて、狂ってる!
「うおおおおおおお!」
エリヤは走った。聖都の夜をエリヤの咆哮が駆け抜けていく。大剣を携え赴くままに突っ走る。早く。早く。そして少しでも長く。
あいつのための、時間を稼がなくては。
街を巡回する衛兵たちが夜を疾走するエリヤを見つける。
「あれは聖騎士のエリヤ?」
「出頭命令が出たはずだろ? それじゃないか?」
「そんなわけないだろ!」
あれは戦場を走る兵士のそれだ。敵陣に突っ込むように雄叫びを上げ、敵陣に突っ込むように闘志をむき出しにしている。
どう見たって討ち入りだ。
「エリヤ! 止まれ! お前をサン・ジアイ大聖堂まで連行する!」
衛兵の一人がエリヤの進行上に立つ。制止を叫ぶが止まる気配のないエリヤに銃口を向けた。
「止まれエリヤ!」
他の二人もエリヤに銃口を向けるが突進は止まらない。
エリヤは跳んだ。八メートル近くにもなる高度まで跳躍し、大剣を振りかぶる。見上げる二人から悲鳴が上がった。
大剣を打ちつける。地面は砕け衝撃に二人は宙で一回転してから地面に打ちつけられた。
衛兵を無視してエリヤは走る。止まらない、走り続ける。
「こちら第三警備隊! エリヤから襲撃を受けた! 現在フォルティナ通りからサン・ジアイ大聖堂に急行している! 、増援を送ってくれ!」