その時は、俺に勝てよ。そして大した男だって、俺に言わせるんだな
その時になって自分が最大の間違いをしていたことに気づく。騎士にとって剣は民を守るための手段であり誇り。それを手放すことなどない。それを無意識レベルで過信した。
そんなもの、この男にあるはずがない。騎士の誇りも剣への執着もない。
『売るか、これ』
それを、誰よりも知っていたはずなのに。
しまった、そう思う頃には自分の体は後ろへと大きく回されていた。
エノクの体はジャーマンスープレックスにより肩から後頭部を地面に強打、すさまじい轟音とともにエノクの意識を奪っていった。
「が、あ……」
なんとか片手で受け身は取れたもののその衝撃に意識がもうろうとする。立ち上がろうとするが三半規管が揺れているのか地面がどこにあるのかもよく分からなかった。
ふらふらのエノクをしり目にエリヤは平然と立ち上がる。
「お前は形にこだわり過ぎなんだよ。何が起こるか分からない、それが実戦だぜ?」
放り捨てた大剣を拾いコートについた土埃を片手で払う。
揺れはまだ治まりそうにない。エノクはうつ伏せになり視界にエリヤの足を入れるのが精いっぱいだった。
勝負は、ついた。エノクの負けだった。またしても。
「く……!」
エリヤはエノクに顔を向ける。エノクはまだ地面に伏しており起きあがる気配はない。
「…………」
エリヤは踵を返し歩き出した。
「黙って行く気か?」
その足が止まる。
エノクはうつ伏せのまま、なんとか顔を上げていた。
その表情が苦々しく歪む。
「なんでだ!? なんで!」
叫ばれる言葉は地面に向けられている。
「なんで、私を誘わないんだ……」
悔しい思いが伝わってくる。負けたことではなく、頼りにされない自分の不甲斐なさだろうか。
「私が、弱いからか? 負けたからか? 信用できないからか?」
エリヤはエノクを誘わなかった。自分一人で行くつもりだ。
「私は、まだ!」
今までエリヤに追いつくために努力してきたエノクには、悔しくてたまらなかった。
「あなたの背中に、追いつけないのか…………? 答えろエリヤ!」
自分では追いつけない。自分の思いは叶わない。あれから何年経った今でも。
悔しくて、悔しくて仕方がなかった。
「まったく。勝ちだ負けだ、くっだらねえこと気にしやがって。お前はいつからスパルタになったんだよ」
そんなエノクにエリヤは気まずそうな顔をしつつもしれっと言う。
「私は!」
「ここで俺に誘われないから自分は信用されてないって? お前そう思ってるのか?」
エノクは口を閉ざす。その事実に下唇を噛む。
「お前は本当に馬鹿だな。俺はもう、お前に散々迷惑かけてきた。これ以上かけたくないだけでお前を信じなかったことなんて一度もねえよ」
「それが! 信用がないってことじゃないか!」
エリヤの弁解を否定する。わき上がる思いが止められなかった。
「本当に信用してるなら、頼るだろう。一緒にやろうと思うだろう。でも、兄さんは一人で行こうとする。私は、兄さんの隣にいない……!」
それが事実だ。どう言われようと自分が必要とされていないのが事実。不甲斐ない。今までの十数年の時間はいったいなんだったのか。これなら、まだお前は弱いと罵倒されたほうがマシだった。
「必要とされていない……!」
「うーん」
深刻なエノクにエリヤは頭をかく。なにがそこまでショックなのか正直エリヤには分かりかねていた。エノクを信用しなかったことなどないと言ったがそれも本意だし、大切だから迷惑をかけたくないと言っているだけなのに。
(なんか、別れ際の女みたいで重いな)
だんだん面倒くさくなっていた。
が、気持ちを切り替える。
「じゃあこうだ。お前はこれから立派に生きろ。今よりももっと強くなって、俺なんかよりももっとたくさんの人を救うんだ。お前はいずれこの国に必要な男になる。それで次に俺とお前が戦う時がきたらよ」
エノクの真剣な気持ちを受け止め、それから未来へ話をつなげる。
「その時は、俺に勝てよ。そして大した男だって、俺に言わせるんだな」