対面
「宮司さん……」
俺を見つめ、ヨハネ先生は驚いていた。いつも笑顔を絶やさない男が意外そうに見つめてくる。だが、反対に俺は怒り心頭だった。
「言っておくがなぁ、俺は今ブチギレてるぜ。なんだよこれはぁ!?」
目の前にはヨハネと武装をした巨大な女性がいる。そして周りには加豪や恵瑠、天和が倒れている。ここで何が行われていたのか一目瞭然だ。
「なんでこんなことをしてるんだ!?」
「神愛、逃げてぇ!」
そこで背後から加豪の声が聞こえてきた。
「ヨハネ先生が、事件の犯人だったのよ!」
「え?」
その言葉に、頭を殴られたようだった。
ちょっと待て。ヨハネ先生が事件の犯人? 。否定しようとして、だけど出来なかった。そうだ、そもそもこの状況で何故その可能性を思わなかったんだ?
それは確信があったからだ。あれほど人に優しくて、俺にも接してくれたヨハネ先生が殺すはずがないって。
振り返りヨハネ先生を見つめる。違うよな? 口にはせず視線だけを送る。
そんな俺に、ヨハネ先生は苦い表情を浮かべていた。
「宮司さん。出来れば、あなたには知られたくなかった」
「嘘だろ……」
胸の中で、なにかが砕けていく。信じられなかった。いや、信じたくない!
「うそだろ? なあ!?」
返事はない。答えは無言。言外に伝えられる意味が、俺の抵抗を易々と打ち砕いていく。
「なんで……、なんでだよ! なんでよりにもよってあんたなんだよ!?」
誰よりも初めに温かく接してくれた人。無信仰者の俺にも平等で、恩師という存在があるならそれはあんただ。黄金律を教えてくれたのもあんただった。
なのに、殺そうとしてきたのもあんただって!?
「なんで、だよ……!」
怒りの目で睨み付ける。だけど心は悲しくて、両手は悔しくて拳を作っていた。どうして? 元から無信仰者を敵視していた人間ならまだしも、どうして!?
そこで、質問したのは恵瑠だった。
「分かりません! どうして先生が? ヨハネ先生は慈愛連立の信者じゃないですか? それが神愛君を殺そうとするなんて!」
「その疑問、主張、ええ、よく分かります」
微笑んでいるがヨハネの声は寂しそうだ。己の矛盾を自覚しているのか弁解すらしない。
「狂わなければ分からない。いえ、もとより仕組みが狂っているのですよ」
「……どういうことだよ?」
「あなたには、説明しなければなりませんね……」
ヨハネ先生の様子はおかしい。冷静そうに見えるが実は狂信化しているのかもしれない。その男が語る『狂っている』とは一体どういうことなのか。俺たちは黙り込み、ヨハネの言葉を待った。
しかし、続いて出てきたのは、まったく予想外のものだった。
「宮司さん、あなたは『輪廻界』をご存じですか?」
「輪廻界?」
言葉の意味でなら知っている。しかしそれはあくまで知識という話であって、俺は輪廻界を体験したことがない。何故ここでそんな話題が出てくるのか分からない。
答えようとするが、その前にヨハネは小さく首を振った。
「いえ、知らないでしょう。しかし我々、あなたを除くすべての人は知っています。輪廻界。それは始まりの地。まだ生まれる前、魂の時に誰しもが寄る場所なのです」
人々が生きている天下界。神々がいる天上界。その中間にある世界が輪廻界だと聞いている。
人は天下界に生まれる前、輪廻界で魂として誕生の準備を整える。それから晴れて人として生まれる。俺という例外はいるが、全ての人はそうした経緯があるらしい。
「そこには名もなき案内人というのがいましてね。その時の私たちは魂ですから、当然目もなければ耳もない。そのため印象は人それぞれで、ある者は男だとか、またある者は女性だとか様々ですが、まあ、そうした存在がいるのです。そこで案内人は神理を説明してくれます。これは親や環境に左右されず、神理を自ら選べる配慮である、と言ってね。なるほど親切。ですが騙されてはいけない」
「騙される?」
穏やかじゃない。世界の仕組み、ひいては神にケチをつける言い方だ。どの神理の信仰者であれよろしくない発言だろう。そんな言葉、ヨハネが言うとは思わなかった。
「ええ。三つの神理を選べる、というのは逆を言えば、『三つしか選べない』ということなんですよ。私たちは三つの神理から一つの生き方を強要されているんです。しかし、選択肢を自ら選んでいるためにそこに気づけない。これが性質が悪い。神は神理を広げ、自らのことわり以外を認めない。宮司さん、あなたのような無信仰を許さない。では、神とは果たして寛容か?」
生き方を選択しているのではなく、強要されている? そんな考え聞いたことがない。
だが、その視点から見れば神とは導く存在なんかじゃない。支配者だ。自分が認めたもの以外認めないとするのは我がままで、傲慢とさえ言える。
「思ったのですよ。神とは、もしかするととても我がままなのではないかと。そんな存在が広げる神理とは一体何か。不備があって当たり前だった」
善意ではなくあくまで我意。愛他ではなくしょせんは利己。もしそうなら、建て前が救済だろうとボロが出る。完璧であるはずがない。
「慈愛連立。他者を皆が助け苦痛を無くす思想。私が信仰し、今も崇めている神理だ。だが、これも完璧ではなかった」
誰かが苦しんでいれば皆で助けるという神理。聞こえはいい。優しくて慈愛に満ちたものに感じる。だが、それでもヨハネは否定した。
「たとえばですね、皆で話し合って決めたのに、それで負担になっている者がいたとします。彼を助けるためには、彼以外の全員と敵対することになる。しかし、そうと分かっていても慈愛連立は他人の苦しみを助ける思想。目の前にある苦しみを助けざるを得ない。たとえ大きな問題の引き金になろうとも。それが慈愛連立。平和のためなら戦争も辞さない平和主義者。宮司さん、私はね」
ヨハネ先生は片手を胸に当て、心苦しい声で俺の名を呼んだ。いつもの笑顔は弱々しく、まるで懺悔室での告白者のようだ。
「あなたを救いたかった。皆から愛されるとまではいかずとも、受け入れられ、認められる世界にしたかった。だが、私には出来なかった……」
顔色を辛苦に染め上げ、悔恨の思いが滴り落ちる。
ヨハネ先生が明かした言葉。そこに込められている思いに、俺は、胸が締め付けられた。聞いていて、地面に沈んでいくようだった。
知っていたんだ。保健室で話してから、ヨハネ先生が俺のために他の生徒へ注意をしたり指導したりしていたこと。俺を庇ってくれたこと。
『私なりにもっと努力しなければ』
そう言ってくれた、あんたの笑顔を今でも覚えてるッ。
だけど、変わらなかった。そうそう人の意識は変わらない。でも、それはヨハネ先生が悪いとか努力が足りないとか、そんなんじゃない! 人を変えるってことは、それだけ難しいんだ。仕方がなかったんだ!
なのに、真面目なあんたは、そんな自分が許せなかったのか?
「出来なかったんですよ! 説明しても説得しても、あなたを恐れる人はいるんです! それも大勢! では、皆の不安は、どうやって取り除けばいい……?」
初めは声を荒げ、最後にはすぼめる。情熱と諦観が入り乱れた心情を表すように、声が揺れていた。
「それで、ですか……」
これまでの話で全てを理解したらしく、恵瑠の悲しそうな声が響く。
ヨハネ先生の動機。それは、あくまでも人助けの延長だった。皆の恐怖を無くすためだった。
「宮司さん……、あなたに、消えていただくしかないではないですか」
邪魔者をすら救いたいと願った。けれど周りはそうじゃなかった。ならばみんなのために、邪魔者は消しましょう。
それが、人を助け平和を作りたいとする、ヨハネの答えだった。
「私は慈愛連立の信者。平和こそが最優先事項だ。私はそのためならばなんでもしよう! 平和を維持するために死体がいるというのなら、私が用意しよう。平和のために犠牲がいるなど、なんという滑稽! 愚昧! あっはははは! ハッハハハハ!」
そして、ヨハネ先生は壊れたように笑い始めた。だが、同時に泣いていた。きっと本人も気付いていない。心の奥底で号泣しているもう一人の自分に気づいていない。
人を助けるために人を殺すという矛盾。狂気としか言いようがない。
いや。
狂信。狂った信仰者が陥る暴走状態。善悪ではなく、神理で行動する狂気の傀儡。




