顔が見えないのはいいとしてそれはそれで目立つな
司法庁から逃げ出してきたエリヤとウリエルは人通りの少ない道を選びながら歩いていた。ウリエルは頻繁に背後を確認している。
「それにしても」
そこでエリヤがつぶやいた。カーテンをローブがわりにかぶっているウリエルを見る。
「顔が見えないのはいいとしてそれはそれで目立つな」
カーテンで全身を隠している人物などよっぽどの奇人か後ろめたいことがあるかのどちらかだ。顔がバレなくてもこれではあまり意味がない。
「なあ、もっとうまい隠し方ないか? 変装ていうかさ」
「そうしたいのは山々だがな」
エリヤからはウリエルの表情が見えないが声から困っているのが分かる。それもそうかとエリヤも首を捻った。
いったいどうしたものか。エリヤは考えてみた。
「そうだな~……。お」
そこで思いついたことを聞いてみた。
「なあ、お前位階っていくつなんだ?」
「え」
「神化だよ、神化」
それでウリエルもああと得心する。
神化、とりわけオラクルともなれば次元の操作ができる。その一つである時間操作ができれば自分の年齢も変えられるというわけだ。
言われるまで気づかなかったようでウリエルはぽかんとした表情をしていた。
「なるほど。その手があったか」
「なんでだよ」
この時代で神化を忘れているなどあり得ない。
呆れるエリヤだが、ウリエルは頬を膨らませ見上げてきた。
「うるさいな。そもそも私たちのころは神化なんてなかったんだぞ」
「ジジイみたいなこと言ってないで、やれるのかやれないのかどっちなんだよ」
エリヤは一度ウリエルと戦ったことがある。その時剣を瞬時に出せたのは知っている。空間転移、オラクルは確定だ。問題は四次元である時間も操作できるのかどうかだが。
「周囲の時間を操作するのは私でも難しい。一瞬止めるとかならともかく。ただ、自分の肉体ならできるだろう」
そう言うとウリエルは一端目を閉じた。集中しているようだ。次第に彼女の体、その周辺の空気が揺らめき始めた。時間が屈折しぼやけて見える。
その揺らぎが収まった。終わったようだ。ウリエルがエリヤを見上げてくる。
「どうだ?」
「変わってねえよ!」
が、まったく変わっていなかった。
「そんな!?」
「そんなじゃねえよ! どこがどう変わったんだよ、間違い探しじゃねえんだぞ」
体格はもちろん年齢らしいものはなにひとつ変わっていない。というか同じだった。
「う、うるさいな! これでも十歳は若返ったんだぞ!?」
「いいからもっとやれや」
「まったく」
ウリエルはしぶしぶ時間操作に取りかかった。どこか納得できないが変わっていないのであれば仕方がない。
今度はもっと念入りに。かなり長い時間を巻き戻してみる。周囲の揺らぎもさっきよりも大きい。
空気が元に戻っていく。今度こそはとウリエルは自慢げに聞いてみた。
「どうだ?」
「だから変わってねえよ!」
が、ぜんぜん駄目だった。
「お前わざとか? わざとやってるのか?」
「そんなわけないだろ! これでも五十歳は若返ったんだぞ!?」
「てかよ、お前いくつだ?」
「あ」
そこで重要な見落としがあるのに気がついた。
彼女は見た目が二十歳そこそこなので勘違いしてしまうがこれでも二千年は生きている。伝説の存在なのだから当然ではあるが、それを人間の尺度で見れば高齢なのは間違いない。
ウリエルはわざとらしく咳払いをした。
「具体的な数字は控えておこう」
「お、おう。まあ詳細はいいけどよ、天羽なんて二千年も前の存在だろ? それが十年、五十年若返ってどうなるんだよ。てか、天羽って生まれた時から成人だったりするのか?」
「うーん。時間を遡って若返るのではなく、肉体を直接変えるしかなさそうだな」
「ん? そんなことできるのか?」
「天羽というのは生まれた時から完成されているが、なにも形を変えられないわけではない。中には性別を変えられるやつもいた」