用件を聞きましょう、エリヤ
愛されている。その意味が分からず聖騎士は教皇とエリヤを交互に見つめ、エリヤは頭をかいた。
「……みたいだな、知らなかったよ」
エリヤとしてもこれは嬉しい誤算だった。出たとこ勝負で来たもののまさかこういう形でここまで来れるとは思ってもみなかった。想像すらしていなかった、まさか、こんなにも慕われていたなんて。嬉しくて照れくさいような、そんな感じだった。
「エリヤ、手を前に出しなさい」
「? なんでだ」
「いいから」
よくわからないがマルタの言うとおりエリヤは手を前に出した。
すると手のひらの上で一瞬光が現れたかと思うと、そこからタオルが現れエリヤの手の上に落ちてきた。
「おお」
「その状態では話しづらいでしょう」
「悪いな」
気が利く人だ。エリヤは頭を拭いていく。ここまでずいぶん雨に晒されたためびしょびしょだ。思えば来た道もずいぶん濡らしてしまった。
「いやー、便利だよなレジェンドって。でも、こうしてくれるなら乾いた状態に戻してくれてよかったんじゃないか?」
「甘えてはなりません。いいですかエリヤ、人助けとはあくまで支援でなければならないのです。他者が解決のすべてをしてしまえば、人は問題に直面しても自ら行う意欲と術を失い、衰退していくでしょう。問題を取り除くのは、あくまで本人なのです」
「へいへい、そうだよな」
「返事がだらしないですよ、エリヤ」
「悪かった。ありがとうな、これどうすればいい?」
エリヤはタオルをつかんで返そうとするが、タオルは光に包まれ消えていった。エリヤは肩を竦める。
エリヤはマルタを見上げ、マルタはエリヤを見下ろしている。
雰囲気が引き締まっていく。
「用件を聞きましょう、エリヤ」
マルタは穏やかな表情のまま聞いてきた。
分かってるくせに。エリヤはそう思ったが考えを改める。これは自分で言わなければならないことだ。知ってる知らないじゃない。自分で言うことに意味がある。
なぜ自分がここに来たのか。それはここに来るまでにも何度も説明してきたが、他ならぬ教皇マルタに言わなくては意味がない。
これはもう決めたことだ。後悔なんてない。
エリヤはマルタの目をまっすぐと見つめ、理由を言った。
「聖騎士隊を、辞めるのを伝えに来た」
「…………」
それが、エリヤの理由だった。
聖騎士隊からの脱退。今まで多くの時間を過ごしさまざまなことをしてきた。悪いこともしてきたがいい思い出もあった。
聖騎士エリヤの伝説が今日、終わる。それを伝えに来たのだ。
「エリヤ、本気か?」
「おう」
聖騎士から聞かれる。彼も少なからず驚いていた。
教皇マルタはというと表情は変わることなくエリヤを見つめていた。
「そうですか」
穏やかな顔に柔らかい声。けれど、どこか今の彼女は寂しそうに見えた。
「本気なのですね?」
「ああ。決めたんだ」
エリヤの覚悟は固い。彼も寂しい気持ちがないわけではなかったが絶対に曲げる気はない。
いつもよりもおとなしい態度とは対照的に、エリヤの瞳は力強かった。
「……分かりました」
マルタは頷いた。
「手続きはこちらで済ましておきましょう。あなたはそういうのに疎いでしょう?」
「なにからなにまで悪いな、助かるよ」
よく分かってらっしゃる。エリヤは「じゃあな」と声をかけ踵を返す。
その時だった。
「待ちなさい」
マルタに止められたのだ。
「ここを出る前に、あなたには渡さなければならないものがあります」
エリヤはなにかと見上げる。
マルタは「あれを」と声をかけると教皇の間の端から二人の騎士が近づいてきた。二人がかりで剣を運んでいる。
エリヤの大剣だった。




