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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
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正義が不確かな時代に、彼女は自分の正義を貫いていた

「…………」


 ラグエルはなにも話さない。その横顔は寂しげで、ステンドグラスに描かれているイヤス像をぼうとした瞳で見ているだけだ。


「まさかそれを言うためだけに来たわけじゃねえだろ。本題を言えよ」

「…………」


 静かな空気に時間が流れる。ラグエルは一拍の間を開けた。 


「そうだな」


 黙っていても進まない。それはラグエルが一番分かっているはずだ。ここまで来た意味を無為にしても仕方がない。

 ラグエルは顔だけを動かしエリヤを見つめてきた。


「お前は、ウリエルについてどこまで知っている?」

「どこまで? 意外に乙女なところか?」

「ふ、親しいな」


 エリヤの軽口にラグエルも小さく笑う。しかしすぐに表情を引き締め再度聞いてきた。


「彼女が連行された時、現場にいたのだろう。彼女が犯した罪、それを知っているか?」

「いや……」

「だろうな。言えるわけがない」


 ウリエルの罪。かつて犯した罪があると彼女自身言っていた。しかしその内容までは聞いていない。それを聞いた時の辛そうな彼女の顔は今でも覚えている。

 だから聞いていない。彼女の過去は一切知らないし、知ろうともしなかった。

 しかし、興味がないわけではなかった。

 その過去が彼女を裁きにきているのなら、その正体を知りたいと思った。


「遠い、昔の話だ。まだ神が誕生してすぐの頃、正義と正義がぶつかる戦いがあった。思想と思想の激突だ。交わることのないその正義はどちらかが倒れなければならなかった。自分たちから見れば相手は悪だが、相手から見れば自分たちもまた悪だった。本質的には同じだったんだ。互いにただ平和を願っていた。その手段が違っただけで」


 その謎を明かす前、ラグエルは遠い目で語り始めた。顔は正面に戻し落ち着いた声が教会に広がる。


「その中に、彼女はいたんだ。正義が不確かな時代に、彼女は自分の正義を貫いていた」


 それはウリエルの話。エリヤが知らない、彼女の過去だった。


「自分の信じる正義のために、戦って、戦って、多くの功績を残した。彼女を称える者もいたし、憧れる者も大勢いた」

「あいつがねえ」


 エリヤの知っている彼女のイメージとはかけ離れている話だ。エリヤの知っている彼女は控えめで、自虐的で、本当は優しく純粋な心を持っているのにそれを抑えているような女性だった。

 最初出会った時に一戦交えたことはあるが、それでも彼女に苛烈なイメージはない。周りから尊敬されるほどの戦士とはとてもじゃないが思えなかった。


「しかし、彼女は裏切った」

「裏切った?」


 が、話が不穏な方へ向かう。


「なぜ?」


 自分の正義のため、みなから尊敬を集めるほどの彼女が裏切った。いったいなにが起こったのかエリヤには分からない。

 その問いに、ラグエルが答えた。


「……自分の正義が、信じられなくなったからだ」


 動機であり、理由でもある正義。そのものが信じられなくなった? そんなの、戦えるわけがない。


「彼女は戦った。そこで多くの敵を倒した。しかし、その敵もまた自分が守るべき人なんだと知ってしまった。その事実に、あの人は未だに苦しんでいる。幾多の年月が過ぎた今もなお。それが彼女。ウリエル。私のかつての上司だ」

「あいつが?」


 ラグエルはエリヤから見ても真面目で実直な男だ。仕事もそつなくこなしている。要は優秀な男だ。そんな彼をすら従わせるほどにウリエルは地位の高い人物だった。それほど威厳があったのだ。しかしそうは思えない。人助け競争の時無邪気に喜んでいた姿が浮かぶ。あのウリエルがそんな人物とは。ずいぶんと自分の認識との間に齟齬(そご)があるなとエリヤは思った。

 だがラグエルは真剣だ。嘘を言っているわけでも茶化してしるわけでもない。

 その顔は、深刻だった。


「……強く、美しい人だった。裏切ったことは認められないが、しかし、私としては。あの人には幸せになって欲しいと願っている。彼女は、それだけの功績と苦痛、贖罪を重ねている」


 珍しい。この男が表情に陰を差すこともそうだが、裏切り者に情をかけているなんて珍しいを通り越して不気味に見える。

 たとえ仲間だろうが汚職なんてしようものなら厳罰をなんら躊躇いもなく加える男だ、それが心痛に顔を歪めるとは。よっぽどウリエルの背負っている罪と罰は過酷なものなのだろう。

 裁く者すら憂いを抱くほどに、彼女の傷は深い。


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