どうした、暗いじゃないか
自分のせいで部屋の空気を悪くしているのは自覚していた。どうも気分が暗い。それを心配されている。
エリヤは行く宛もなく町を歩いていた。曇り模様でもこの町の美景は変わらない。白を特色とした芸術的な町並みは見飽きたということがない。
そんな場所を散策しているにも関わらずエリヤの顔色は芳しくない。手に持つ袋の重みが自分が一人ではないことを教えてくれるが今はそれが少しだけ心苦しい。
自分は今、なにをしているのだろう。なにかしなくてはいけないことがあるはずなのに、それをどこかに置いて目を背けている。問題を無視して遠ざかるようにエリヤはいま漂っている。
「はあ」
くすぶった思いが漏れる。正しさだけで世の中が回っているわけではないと分かっている。いや、そもそも正しさの正体すらろくに分かっていない。そんな状態で自分になにができる? 誰にも迷惑をかけずに問題を解決できるのか?
すっきりしない。自分が最も苦手とする精神状態にエリヤの視線も下がる。
「どうした、暗いじゃないか」
そこへ声をかけられた。見れば腰の曲がったおじいさんがエリヤを見上げている。以前ウリエルとの人助け競争の際、荷物を運ぶのを手伝ってあげた人だ。
「よう、あんたの腰も元気ねえな」
「ほっとけ」
エリヤなりの強がりだったがおじいさんは軽く受け流してくれた。
「いろいろあってな」
それでエリヤとしても自然に話し出せる。弱音というほどではないが自信がないのは言い方からして分かる。
「お前さんはもう少し周りを見て動かなあかん。昔から暴れん坊だったからのう」
「自由人って言ってくれ」
「似たようなもんじゃ」
反省の色がないエリヤにおじいさんはやれやれと息を吐く。
「自分の行動が誰かの迷惑になったら駄目じゃろう。でもな」
「ん?」
てっきり説教でもされるのかと思ったが違うようだ。
「自分を抑えつけ過ぎるるのもやはりよくない。今のお前さんを見てるとこっちまで気が滅入るわ」
「そう言ってもよ、俺だって好きで塞がってるんじゃねえんだよ。ジイさんの言ったように周りに迷惑かけちゃ駄目だからよ、勝手しないよう抑えてるんだろうが」
「そうかい。あんたには珍しいな」
「賢くなったのさ」
自傷気味に笑う。これが賢さというものなのか実感がない。分かるのは賢さというものが自分を救ってくれるわけではないということだ。
これ以上話しても答えはきっと出ない。エリヤは話を切り上げた。
「じゃあなじいさん。重い物持つなら教えてくれや」
エリヤはまた街道を歩き始めた。顔は依然下を向いたまま、大きい背中は丸まったまま。
「エリヤ」
「ん?」
エリヤは顔だけを動かし背後にいる老人に振り返る。
「とりあえず、元気出せ」
「おう、ありがとよ」
老人からの声援に手を降りエリヤは歩みを再開させた。
「元気出せ、かあ」
しばらく歩いてからさきほどのことを思い出す。自分の気落ちした姿を心配され励ましまで受けた。以前助けた相手に心配されるとは情けないがそれほど自分は落ち込んでいるのだろう。
(なんとかしないとな)
今のままでは駄目だ。家にいても外にいても人に心配されている。問題はなにも解決していないが元気を取り戻す必要は大いにありそうだ。
「んなこと言ったってよぉ~」
が、その方法で悩んでいる。どうしたものか。思考は堂々巡りを辿っている。
ぐう~。
と、ため息の前に腹が音を上げた。
「……メシにするか」
曇っているため分かりづらいが時刻はもう昼になっていた。気づいていなかったがもうかなり歩いている。
エリヤは片手にぶら下げた袋に目を落とした。それから食べる場所をどうするか考える。
「…………」
思い浮かぶ場所は一つしかない。
エリヤは歩き出した。