やはり、私は今でも反対です
「次お弁当を渡すときはよろしく言っておいてくださいね。私の兄がお世話になっていますって」
「…………」
「兄さん?」
返事のない兄にシルフィアは下げていた顔を上げる。エリヤはもう正面を向いていた。
その後ろ姿は、どこか寂しかった。
「あいつとは、もう会わないんだ」
「そう、ですか」
喧嘩でもしたんですか? なんて普段なら笑って聞くところだったが、エリヤの浮かべる悲しげな雰囲気に躊躇った。
「兄さん? 大丈夫ですか?」
つい聞く声も慎重になってしまう。
シルフィアには兄とその相手の間でなにがあったのかは知らない。でも喧嘩したという感じでもない。単純に別れの時がきたのだろうか。それでもこうした兄は珍しい。別れるなら別れるでエリヤなら笑顔で見送りそうなのに。
なのに、今の彼は沈む太陽のようにたそがれている。
シルフィアから心配されエリヤも口を開いた。胸の内とは裏腹に、その声はいつも通りだった。
「おう。絶好調よ」
*
スパルタ帝国による軍事行動によって世界は二柱戦争以来初の緊張状態となっていた。ゴルゴダ共和国もその一つではあるが、ここはまた別のことで緊張した空気となっていた。
「堕天羽ウリエルを確保した。これは重要な鍵だ」
サン・ジアイ大聖堂の会議室、そこでミカエルは同胞たちへと告げる。
「彼女はヘブンズ・ゲートを開くために必要になる。これですべての鍵は揃った。が、彼女は我々を裏切ったことで堕天羽となっている。鍵としての資格を失った」
会議室にいるのはいつもの面々。慈愛連立の信仰者は地上に数多いが、かつてからの仲間である天羽であるのは限られている。その数少ない仲間がこの部屋に集まっていた。
「よって、彼女は処刑することにする」
「処刑!?」
その発言に座ったラグエルの表情が強張った。いきなりのことにミカエルを驚いた顔で見る。
「なぜですか? 確かに彼女は裏切りました。ですが今更処刑など」
「ラグエル。君の優しさは認めるがやや過保護じゃないのかい? 彼女の裏切りは二千年も前のことだ。それだけ見逃されてきたんだ、今やっても遅すぎるくらいだ」
「ですが」
ラグエルはミカエルから他の三人に視線を移した。突然の処刑発言に驚くのは自分だけではないはず。
しかし、ガブリエルもサリエルも、ラファエルまでもこのことは知っていたように取り乱すことはなかった。
それもそのはず。堕天羽復権には人間による死がなければならない。ウリエル捜索からこの流れは分かっていた。唯一ラグエルだけが復権方法を知らされていなかった。
反応のない三人にラグエルは再びミカエルを見る。
「お待ちください。処刑するにしてもどうやって」
「処刑自体は司法局によって行う。なに、理由は適当で構わん。彼女は人間の手によって死んでもらう」
「そんな」
彼女は人間を愛していた。その人間の手によって処刑されるなどどれだけ胸を痛めるか。
「ミカエル様」
確かに彼女は裏切り者だ。だが、処刑されるほどとは思えない。
「あなたはヘブンズ・ゲートの鍵のためにウリエルの捜索を始めました。ですが堕天羽だと資格がないのだとしたら、なぜ捜索なんてことを?」
「ふふ」
ラグエルの質問にミカエルが笑う。知っている者からすれば当然の成り行きではあるが知らない者からすれば不思議でしかない。
「実はねラグエル、彼女の処刑はヘブンズ・ゲート運用において必要なことなんだよ」
「処刑が?」
「このことは君は知らなくていい。四大天羽の秘密事項だ」
そう言われてはラグエルも引き下がるしかない。悔しいが自分は四大天羽ではない。
だが、やはり胸の内では未だに納得出来ない。ウリエルの処刑、なによりヘブンズ・ゲートを開くため用意をするなんて。
「やはり、私は今でも反対です」
慎重に、けれど確固たる意思でラグエルはミカエルを見る。