神の家
まるで忘れ去れたかのようなそれは老朽化が激しい。天井には大きな穴が開き木製の壁にはツルが走っている。人々から捨てられ森と一体化したた神の家だった。
「見た目はブサイクだが休むだけなら十分だ。慣れればうまくつき合えるさ」
そう言いながらおもむろに教会の扉を開ける。ぎぎぎと錆び付く金具が音を立てエリヤは中へと入っていった。ウリエルは辺りを見渡しながら慎重に歩く。
中は参拝者が座るためのイスが並び正面にはステンドグラスがはめ込まれた壁がある。椅子はいくつか崩れているが使えるものもありそうだ。穴の開いた天井から差し込む光がステンドグラスに降り注いでいた。
「しばらくはここで身を隠せばいいさ」
エリヤは手近な椅子に腰を下ろした。ウリエルははじめこそ心配そうだったが見ているうちに落ち着いていき、足を止めステンドグラスを見上げると表情を穏やかにさせていた。
「落ち着いていて、いい場所だな」
「だろ?」
ウリエルはステンドグラスを見つめている。ひび割れていているそれは素敵とは言い難いが、それでも損なわない輝きがある。
それを見上げる彼女の姿は、まるで神聖な存在のようだった。
しばしその横顔に見入る。別に惚れたというわけではない。ただ彼女には人を引きつける力があった。儚い雰囲気だからだろうか、その美貌と合わさり繊細な美しさがあったのだ。
少しして、ステンドガラスを見終わったウリエルが振り向いた。
「エリヤ、なぜお前はこうまでよくしてくれる? 慈愛連立だからか?」
「なんでかな」
エリヤは目を周囲に走らせた。考えてみるがこれといった理由は思いつかない。
「特に考えや思想があるから、ってわけじゃないんだよ。ただ、そうしたいと思ったからかな。だからなのか分からないけど考えなしだとよく怒られる」
思わず苦笑する。振り返れば人には褒められたことよりも叱られた方が多い人生だった。
「確かに、見ず知らずの追われている者を助けるなんて危ない行いだな」
「…………」
ムスっと表情が変わる。なぜ自分の欠点というのは自分で言う分にはいいのに人から言われるとイラッとくるのか。
「だけど」
そこで、ウリエルは笑った。
「私は感謝しているよ。ありがとうな、エリヤ」
天井から差し込む光に白い髪を照らされて、笑うウリエルはまるで少女のようだった。可憐で、無垢で、愛らしい。とても人から責められるような罪があるとは思えない。
彼女の笑顔は、ほんとうにきれいだった。
「なあ」
だからか、エリヤは声をかけていた。
「なんか困ってるなら力貸すぜ? 訳ありなんだろ? なにしたか知らねえし聞く気もねえけどよ、なんかほっとけねえよ」
「ふ、なんだそれは。新手のナンパか?」
「期待したか?」
エリヤは小さく笑い両腕を広げる。
「馬鹿は口だけにしとけ」
それをウリエルも小さく笑って否定した。
ウリエルはステンドガラスに向き直る。幻想的な輝きに目を向け、その笑顔を寂しく染めあげた。
「お前は、後悔したことはあるか? 人生をかけて償いたい。もしくは、人生をやり直したいと思うほどの後悔を」
「しょっしゅうさ」
「ふざけるな」
背後から聞こえてくるエリヤのちゃちに一旦嘆息してからウリエルは再び前を向く。
「どうなんだ?」
緊迫した雰囲気はない。ただ、その質問が真剣味を帯びていることは分かる。
雰囲気が明るくない。それだけ彼女のまとう空気が引き締まっている証拠だ。
「うーん、どうだろうな」
聞かれエリヤは考える。が、すぐには浮かばなかった。つい最近考えなしに行動しひどく後悔したばかりだが人生をやり直したいほどか? と聞かれればそこまでではない。
「なあ、それって死にたくなるほどのことなのか?」
「死、か」
エリヤからの質問に今度はウリエルが唸る番だった。
「そうだな。そう思ったことはないが、それほどのことを私はしたのだと思う」
「ならねえわ」
ウリエルは過去を述懐する。そこには積もり積もった重苦しい思いがあったが、エリヤの陽気な声に暗い雰囲気はかき消された。
「死んだらなにもできねえじゃねえか。酒も飲めねえ。メシも食えねえ。楽しくねえ」
「お前は気楽だな」
過去の罪に悲観的なウリエルとお気楽なエリヤでは対照的だ。太陽と月を対比したような二人だった。