聞こえない
「無理よ。これは、私にしかできない、私がしなくてはならないことだもの」
声には寂しさと罪悪感のようなものが混ざっていた。
「二千年前の贖罪。それを果たすまで、私は戻るわけにはいかない」
「二千年?」
訳が分からない。いったい彼女はなにを言っている? しかし嘘とも思えなかった。それほどまで彼女の言葉は真剣だった。
「倒す前に言っておく。すまない。お前に恨みはないがここで倒れてもらう」
女性はそう言うと全身に炎を纏った。熱風にローブが揺れる。揺れる前髪の奥で青い視線がエリヤを貫いていた。
「おいおい、言ってくれるぜ。知らないようだから教えてやる」
倒すと言われてはエリヤも黙っていない。どれほどの信仰者か知らないがエリヤも強さには自信がある。
「教皇軍聖騎士隊所属、かっこ元かっこ閉じる十三位のエリヤだ。てめえが誰だか知らないがこの俺様を倒すって?」
聖騎士の称号は伊達ではない。騎士としての名誉はないが強さなら誰しもが認める最強の騎士だ。
「その通りだ」
そのエリヤを前にして彼女は言いのけた。倒すと。最も強いと名高い聖騎士をいったいだれが倒せるというのか。
その名を彼女は言った。
「ウリエルの名にかけて、お前は倒す!」
その名もウリエル。美しく、可憐で、そして壮烈に。炎をまとう白髪の剣士は剣を構えた。
「お前、ウリエルって名前なのか」
「しまった!」
エリヤの指摘にウリエルが驚いている。その後悔しそうに睨んできた。
「くそ、高度な戦術を使うのか……!」
「そんなん初めて言われたわ」
褒められているのだろうがぜんぜん嬉しくない。
「とりあえず、えーと、ウリエルさん? ちょっと落ち着いてくれる? 俺はあんたに危害を加えるつもりなんてないんだけど?」
「そう言って私を騙すつもりだろう。誰の入れ知恵だ、ミカエルがそうしろと言ったのか?」
「誰だよそれ! いいからその剣をしまえ。さもないとこっちだって」
そう言いながらエリヤは背中に手を伸ばす。向こうがその気ならこっちだってやるまでだ。それで大剣を掴もうとするのだが、そこで気がついた。いつもならあるはずの大剣の感触がない。そういえば先日教皇宮殿に置いてきたばかりだ。
「くっそ……」
後悔後に立たずだ。
「お前に恨みはないが、ここで倒れろ!」
ウリエルが剣を振るってくる。
「うをおお!」
それを慌てて回避した。
「ちょっと待て待て待て! なんでこんなことになったんだ? 俺がなにをしたっていうんだクソ!」
よかれと思ってやってみればこの始末だ、嫌になる。どうしていつもいつもこんなことになるのか。
「お前なにか勘違いしてないか? とぼけるとかじゃなくて、この状況をはっきりと認識してないのはお前の方だからな!」
「聞く耳を持たないお前の方だろう!」
「なに?」
「子供の言うことを素直に聞いていればこんなことにはなっていなかっただろう!」
「なに!?」
「もういい!」
ウリエルは剣を宙に一閃し怒りをぶつける。
「しかし私は寛大だ、おとなしく退くのなら見逃してやる」
「お気遣いどうも、クソッタレ。お前は絶対連行してやるからな」
「ならばここで倒れろ!」
ウリエルが剣を突き出す。突進とともに放たれる剣先を回避し次々と振るわれる剣を右に左にとかわしていく。
その剣筋はエノクに通じるものがある。流麗でかつ力強い、真面目さを感じさせる剣の振り方だ。
「ちっ」
いつまでもかわしきれない。
「ふん!」
エリヤは拳を放ちウリエルは表情を変え刀身で受け止めた。
「く!」
勢いにウリエルの体が後退していく。両足が地面に跡をつけながら滑り数メートルのところでようやく止まった。