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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第4章 それでも人生に遭難した時
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決別

「いい加減にしろよ、嘘つきが!」


 それが引き金だった。願いを裏切られた反動が、どうしようもなく、弾けたんだ。


「…………嘘?」


 俺の言葉に、ミルフィアの笑顔が一瞬で凍りつく。心外だったのだろう。表情は驚愕し唖然としている。


「俺のためならなんだってする? 嘘じゃねえか。お前が、一度だって俺の願いを叶えてくれたことがあるか!」


 俺には昔から欲しいものがあった。願いはそれだけだった。難しい願いでもなんでもない。


「わ、私は!」


 ミルフィアが慌てて口を動かす。俺を見上げる瞳が動揺している。


「主のためなら、なんだっていたします! 嘘ではありません!」


 必死にミルフィアが訴えてくる。俺のためならなんでもすると。

 でも、そうじゃないだろう? 俺がそんなのを望んだことが一度でもあるか? 

 俺は、友達になりたいって思ってんだよ!

 なのに、なんでお前が分かってくれないんだよ!?


「今までも、主のために頑張ってきました。そこに偽りなど――」

「うるせぇえええ!」

「…………」


 沈黙ができた。痛いほどの沈黙が。


 ミルフィアの言葉を、遮った。自制なんて出来なかった。俺の怒鳴り声は校舎の窓を震わせるほど大きくて。俺はなんとか怒気が抜けたけど、そんな俺に、


 ミルフィアは、明らかに怯えていた。


 もっと笑って欲しいと、幸せになって欲しいと願っていた女性が、俺を見て固まっているんだ。

 なんだ、なんだよこれ……。


 途端に、瞳の奥が熱くなった。気づけばもう駄目で、止めようと思っても涙が零れ落ちてきた。

 だけど、言わずにはいられなかったんだ。


「なんで、お前はいつもそうなんだよぉ!?」


 悲しくて、辛くて、怖がられると分かっているのに、叫ばずにはいられなかったんだ。


「俺が、こんッ、こんなに……、こんなにも心配してるのに、なんでぇえ!」


 ミルフィアとは、どうしても友達になれない。

 奴隷という生き方から、救うことが出来ない。


 こいつはきっと、これからも傷ついていくんだ。俺のために。

 その事実に、悲痛なまでの現実に、涙が止まらない。


「どうしてだ、なんで奴隷になろうとする!?」


 ずっと願ってきた。けれど、ミルフィアはいつまでも俺の思いには応えてくれない。


「お前には俺が奴隷を望むような酷いやつに見えるのか? 怖いのか? 俺が無信仰者だからかよ!?」

「それは違います!」

「じゃあなんでだよ!?」


 俺は涙と共に声を飛ばし、ミルフィアは必死に否定した。理由は少しの時間を空けてから告げられた。


「主が、王だからです」

「ッ!」


 また意味不明な言葉かよ。


 言いたいことを言い終え、熱い息が零れる。涙を拭き取る。それで考えた。どうすればミルフィアを救えるのか。


 そしてたどり着いた答えに、俺はミルフィアに聞いてみた。


「お前は、どうあっても奴隷を止めないのか?」

「……はい」


 返事は一言。その一言にミルフィアの決意を感じる。


「そうか。なら……」


 それで決断する。ミルフィアに奴隷になって欲しくないから。


「別れた方がいい。二度と俺に姿を見せるな」


 それは、決別だった。


「え……?」


 どのようにしてもミルフィアとは友達になれない。奴隷としてこのまま生きるなら、いっそ会わない方がいい。そう決めたんだ。


「消えろって言ったんだ」

「そ、それは……」


 震えた声が聞こえる。見れば、俺を見上げるミルフィアの瞳から、大粒の涙が流れていた。


「何が、お気に召さなかったのですか!?」


 輝く水滴が頬から落ちる。ミルフィアの悲痛な訴えがこの場に響く。


「あなたに尽くします。あなたに忠誠を誓います。ですので、どうかそれだけは。それ以外でしたら、私はなんでも、なんでもします!」


 泣き声は震えて、零れ落ちる涙が地面に染みを作っていく。


「今の、だけは撤回して下さい。お願いします……!」


 心痛な表情で、ミルフィアは俺を見つめていた。溢れる涙の数だけ心が裂かれているようで、哀訴の言葉は痛々しい。

 だけど。


「……命令だ」


 初めて、ミルフィアに『命令』した。


「もう、二度と俺の前に出て来るな」


 生涯で初めての命令。それは、二人の別れだった。


 痛みが全身を支配する。悲しみが心を染めていく。悲痛が涙となって零れそうになる。でも駄目だ、ここで泣いたら。ミルフィアに見られたら。

 泣くな、泣くな、泣くなッ! 絶対に泣くな!


「絶対に、俺の前に現れるんじゃない!」


 気持ちを隠して、ミルフィアに告げた。


 見ればミルフィアが唖然としている。泣き顔を晒し、生き甲斐を失くし、絶望しているはずの少女。しかし俺の答えを聞いたミルフィアはゆっくりと、微笑んだ。

 泣きながら。


「……はい。我が主……、あなたが……、それを望むなら……」


 初めての命令にミルフィアは声を震わし、泣きながら笑う。俯きその後、姿が薄くなっていく。空間に溶けていくようにミルフィアは姿を消していった。


 たった一人、この場に残される。無人の静けさにミルフィアが消えたことを実感した。


「……くっ」


 相手のためを思っているのに、実を結ばない。虚しさが胸をさざめく。遣る瀬無い憤りをどこにぶつければいい?


「くっそおおおおおおお!」


 ため込んだ感情と涙を、地面を蹴って吐き出した。

 そんなに嫌なら、反対すりゃいいだろうが!


 消えろと言ったが、本音では断って欲しかった。泣くほど嫌なら嫌だと言って欲しかった。

 けれども、ミルフィアは命令を優先して消えてしまった。所詮、二人の関係は友ではなく、主従なのだと言うように。


 握り込んだ拳をほどく。周りには誰もいない。散った桜の上で佇み、思い知らされる寂しさを感じていた。

 涙が、頬を零れ落ちていく。

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