今回は洒落で済まんぞ
エリヤたちを乗せた車が教皇宮殿に到着する。入り口前に停車した黒塗りの車から降りエリヤは宮殿を見上げた。まるで空に突き刺ささっているように頂上が見えない。このさきにマルタ女教皇がいるのを思うと憂鬱だ。よかれと思ってやった行動でお叱りを受けるのは日常茶飯事だが今回ばかりは気が重い。
「今回は洒落で済まんぞ」
「分かってるよ」
隣に立つラグエルから釘を刺されエリヤの顔が嫌そうに歪む。
三人は歩き出し教皇が待つ部屋へと向かった。正面広場からエレベーターで上に登り、一旦別の階で降りる。そこから職員専用のエレベーターに乗り換え教皇のいる場所を目指す。
エレベーターに乗っている間三人とも無言だった。エレベーターはぐんぐんと上がっていき目的の場所で止まる。扉が開くと白い廊下が続き奥には見張りの騎士と教皇広場に続く扉があった。
三人は歩き出す。二人は見慣れているがシルフィアは慣れない場所に緊張していた。
「シルフィア」
そこでラグエルから声をかけられ足が止まる。
「君はここで待っているように」
「でも!」
「待っていろ」
そう言い切られシルフィアは口を噤む。エリヤを見上げるがエリヤもそうするように頷いた。
「分かりました……」
シルフィアは寂しそうな表情で下を向くがここからさきにはエリヤたちしか進めない。
「そんな顔すんな、すぐ戻って来るさ」
「兄さん……」
不安げな妹にふっと笑みを見せエリヤはラグエルと共に扉を通っていった。
大きな扉が開く。荘厳な空間に重たい音が響きわたった。
扉が開いたことで広場に並ぶ大勢の騎士がエリヤに顔を向ける。海を割ったように両側に騎士が整列し雰囲気は緊迫としている。ここはエノクと試合をした時と同じ部屋であり高い天井と向かい側はガラス壁で、夕日の光が部屋一面に差し込んでいる。
その赤色の光を背中に受け女教皇マルタは立っていた。階段の最上段に教皇の椅子がありマルタは正面に立ち部屋に入ってきたエリヤを見下ろしている。表情は普段と同じ微笑を湛えているものの雰囲気は固い。階段の途中には他の聖騎士が立っておりその目は露骨にエリヤを侮蔑していた。
そこにはエノクの姿もあった。
聖騎士だけではない。この広場にいるすべての騎士がエリヤを睨んでいる。
容赦ない空気にエリヤは肩をすくめ前へと歩いていく。そして階段の手前で立ち止まった。
「エリヤを連れてまいりました」
エリヤの隣に立つラグエルが教皇へ報告する。
「ありがとうございます、ラグエル委員長」
柔らかい言葉遣いでマルタは返事をするがその目はラグエルを見ていない。美しいその双眸はずっとエリヤを見たままだ。
「エリヤ」
声が、広場に響く。
「なぜ、ここに連れてこられたのかは分かっていますね?」
夕日に塗れたその声は儚くも美しく、そして責め立てる強さを持っていた。
「まあな」
エリヤは悪びれた様子もなく答える。たとえなんと言われようと自分のやった行いが悪いなんて思えない。このままじゃいけないと、それを止めるためにとった行動が間違っているはずがない。
そんなエリヤの気持ちを知ってか知らずかマルタが聞いてくる。
「エリヤ。なぜこんなことをしたのですか?」
「決まってるだろ! このまま軍事予算が追加されたらスパルタを余計に刺激する。まだろくにやりとりもしてないのに先走り過ぎだ。だから止めようと、俺なりにがんばったんだよ」
自然と声に力が入る。なんとか伝えようと体が一歩前に出た。