俺はエリヤ
少年の境遇を受け入れたような、そこにあった不幸を受け止めたような。軽く目をつぶって言う彼の仕草はそういう思いを感じさせた。
「気にすんな。俺も親はいねえ。いや、そう呼ぶ人はいるが本当の親って意味じゃない。お前と同じさ」
けれど次に瞳を開けた時にはなくなっていた。明るい声をかけ、今も俯いている少年に話しかける。
「俺はエリヤ」
青年はエリヤと名乗り自分の境遇を明かした。少年と同じ一人となった者。
少年は顔をゆっくりと上げた。
そこには騎士が立っていた。黒髪で鎧を着ていて。背中には見たこともないほどの大剣を背負っている。
「腹は減ってるか?」
「…………」
少年は視線を下げた。顔を縦にも横にも振らず、答えることをしなかった。
ぐうう。
だが、ちょうどその時腹の虫が空腹に鳴いた。
「はっはっは! 腹は正直だな」
少年は恥ずかしさに顔を伏せる。エリヤはそんな彼を笑い飛ばした。
「こい、飯が食えるところに連れてってやるよ」
エリヤは食事に誘ってくれる。食べ物などもう三日も食べていない。そんな少年にとってエリヤの誘いは救いそのものだった。
けれど、自分がこのまま食事を恵んでもらっていいのだろうか? 自分はなにもしていない。それに助けてもらっても自分がなにかできるとは思えない。そうした後ろめたさが腰を重くする。自分に、助けられる価値なんてない。
「なんだ、お前死にたいのか?」
そんな少年に、エリヤは責めるような口調で言ってきた。
「腹いっぱい食って、ベッドの上で寝て、めいいっぱい遊ぶ。そうしたいとは思わないのか?」
それは、できればそうしたい。親を失って、住む場所も失って。食事すら失った。親戚もなく、引き取り先だった施設も今は余裕がないらしくはした金だけ握らされ断られてしまった。
望んでこうなったわけじゃない。できるなら、自分だってそんな生活をしたい。
「こんなところで一人っきり、腹空かしたまま死んでいく。そんなくそったれな最後でいいのかよ?」
いいわけじゃない。いいわけがない。ただ、仕方がないと受け入れただけだ。誰も悪くなかった。恨む相手なんていない。
仕方がなかったと、心の整理をつけたのだ。
「諦めるな! お前はまだ生きてる。なら生きろ。諦めるのは死んでからでいいだろう」
そんな彼を、エリヤは叱りつけた。
「望んでもいないのに死ぬ必要がどこにあるんだよ」
エリヤの顔は真剣だ。真剣に怒っていている。会ったばかりの少年に、彼は本気だった。
「もう一度聞くぞ。お前、死にたいのか?」
力強い質問に、少年は、ゆっくりと顔を横に振った。
「生きたいのか?」
顔を縦に振る。生きたい。本当は生きたかった。諦めて、受け入れて、これでいいやと自分を納得させたけど、本当は生きたかった。
こんな辛い最後から、目を背けていただけだった。
「よし。なら助けてやる。お前、名前は?」
「……エノク」
白髪の少年エノクは、虫のような声でそう言った。
「エノクか。立てるか?」
言われエノクは立ち上がろうとした。が、もうそれだけの体力すら失っていた。全力で腕に力を入れるのに震えて立ち上がることすら出来ない。
すると、エリヤの両腕が背中と両足に伸びエノクの体を持ち上げた。
「!」
エノクは驚くがエリヤの表情は陽気なまでの笑顔だった。