いつまでも、馬鹿にするな!
メタトロンの拳が通過する。とてつもない風圧だ、快速の乗り物が通れば強風を受けるように、それ以上の大質量が移動しているのだ。触るどころか近づくだけで吹き飛ばされる。
その猛威を突破して、エリヤはメタトロンの腕を横から攻撃した。
それにより、メタトロンの腕が払われたのだ。
なんということだ。この出来事を見ていた者はみな目を丸くしていた。それでも今起きたことが信じられない。小人が集団で人間を地面に縛り付けた童話はあるが、小人が人間を動かした話など聞いたことがない。
仕事を終え落下していくエリヤをサンダルフォンが受け止めた。手のひらですくい持ち上げていく。
するとそのまま胸にいるエノクをも手の平で包む込んだ。二人を掴んだサンダルフォンは教皇宮殿最上階へと目掛け投げつける。
二人は壊れている壁から決闘場へと戻ってきた。うまく着地を決める。しかしエリヤは納得がいかないようで乱暴な返却方法に両腕を広げ抗議していた。
「ヘイ! 助けた礼はないのかよ?」
もともとエリヤが乗り込んできたのが原因なのだが。サンダルフォンもジト目でエリヤを見下ろすと背を向けてメタトロンの元へと行ってしまった。
「んだよせっかく助けてやったのに薄情なやつだな。それとも照れてんのか? 照れてんだな、分かったよ」
大剣を肩に担ぎ余裕綽々といった具合でエリヤは一人で話をしている。
それに比べエノクは着地した姿勢のままだった。地面を見つめる表情は深刻そうに張りつめている。
「メタトロンの攻撃を、防いだだと?」
エノクの思考はさきほどのエリヤの攻撃に支配されていた。
神託物の攻撃を、この男は変えたのだ。
神託物とは自分の信仰が神に認められた証。そして自分の信仰心の強さそのもの。
それが防がれたということは、自分の信仰が及ばなかったということに他ならない。
「ふざけるな!」
エノクは怒鳴った。至る解答にしかし納得なんてできない。この男に力だけならいざしらず、信仰ですらも負けるというのか。
「彼は私の神託物。私の信仰の形だ! それが、それすらも、兄さんに届かないというのか!」
敗北よりも辛い。エノクは地面を殴った。
拳が悔しさと怒りに震えている。
「今のは気にすんな」
そこへエリヤが声をかける。壊れた壁を向いたままなんでもないことのように言う。その声はどこか寂しそうで、なんとも複雑なものだった。
だが、そう言われてもエノクに出来るはずがない。
「気にするなだと!? するに決まってるだろう!」
信仰者として最も価値を持つもの。すべての基準である信仰心。騎士としての技量でもなく、強さでもなく、それでも負けてしまったら。
こんな不祥な兄に、なになら勝てるというのか。
「私はもう、兄さんの後を追いかける子供じゃないんだ!」
エノクは立ち上がった。勝たなければならないという意志だけで。この壁を越えなければ自分が目指していたものすべてが否定されてしまう。
だから、勝たなくてはならない。
エノクは剣を構えた。必死だったがけれど感情に精彩を欠くことなく。烈火の意思と研磨した集中力を両立させて、エノクはエリヤを倒すべく突撃した。
「いつまでも、馬鹿にするな!」
接近するエノクにエリヤが振り向く。その表情からは笑みが消えていた。無表情ではないがどこか冷めた、それでいて強い意思を感じさせる顔がエノクを見る。
そして肩に乗せていた剣を下ろした。
「そうかよ」
迫り来るエノク。それに対しエリヤは急ぐでもなくゆっくりと構えていく。
そこには勝利しようという意欲もなければ、敗北を恐れる素振りもなかった。
強いて言うのであれば、それは諦観。しかし勝利を諦めたのか敗北することを諦めたのか、それは端からは分からない。




