誕生日会3
自然と皆の視線がミルフィアに集まる。ミルフィアは瞳を静かに閉じると頭上に広がる青空に向けて、彼女が好きという曲を歌い出した。
「おお、古き王よ。我らが主は舞い降りた。古の約束を果たすため」
それは歌というよりも詩のようだ。ミルフィアの美声に載って紡がれる言葉は耳に心地よく、青空に溶けていく。
「我らは仰ぎ天を指す。己が全て、委ね救済を願おう。
天が輝き地が歌う。黄金の時は来たれり。
おお、我が主。あなたがそれを望むなら」
ミルフィアの澄んだ歌声には意識を惹きつける魅力があって、つい入り込んでいた。
「なあミルフィア、今のは?」
隣ではミルフィアが顔を上げたまま目を瞑っている。まぶたをゆっくりと開き、柔和な眼差しが向けられる。
「はるか昔に結んだ、約束の歌です」
「約束?」
浮かぶ疑問にミルフィアは微笑んだ。
「はい。いつの日か古の王が帰還して、新たな世界をつくる、そんな歌です」
ミルフィアは再び目を閉じ、片手を胸に当てる。
「この歌を歌うと思い出します。主の傍にこうしていること。その意義と喜びを。一緒にいる、それだけでどれだけ素敵なことか」
微笑の中、ミルフィアの瞳は閉じている。そっと開いた双眸からは安心に似た幸福が宿っていた。
「主。私は主の奴隷ですが、それでも幸せです。あなたの傍にいられるという喜び。それが主には、失礼ですが分からないでしょう。ですがそれでもいいのです。ただ、私の気持ちは変わりません」
片手を胸に当てるのは忠誠の証。ミルフィアの言葉にどれだけの思いが詰まっているのか、彼女の言う通り俺には分からない。だけど。
「こうしてあなたと共にいられること。私は、それがとても嬉しいんです」
彼女が本当にそう言っていることは、俺にも分かった。
「お、おお。うん。まあ、お前が幸せでなによりだよ」
「はい」
しかしそんなことを真顔で、しかも他の人がいる中で言われると困ると言うか、照れる。俺は視線を逸らしそんな様子を加豪が「フフ」と笑っていた。
まったく。でも嬉しいから、まあいいか。
それで俺は視線を中央に戻すが、そこで恵瑠が顔を埋めているのに気付いた。こいつ、まだ落ち込んでたのか。
「おい恵瑠、不貞腐れてないでそろそろ起きろ。悪かったよ透明人間とか言って」
俺は身を乗り出し恵瑠の体を揺らそうとする。手を伸ばすが、そこで信じられないものが聞こえてきた。
「ぐぅー……」
「寝てんのか!」
いつからだ、まさか顔をうずめてすぐ寝てたのか。
「あれ、ボク……。あ! 早く一等の宝くじ交換しないと!」
「安心しろ、それは夢だ」
「ボクが悪の怪獣を倒すのも?」
「それも夢だ」
「実はボクたちがライトノベルのキャラクターだというのも?」
「すべて夢だ」
「嘘だぁあああああ!」
恵瑠の悲鳴が屋上に響く。なんともこいつらしい反応に自然と笑みが零れる。
「ふふ」
その時だった。ふと隣を見れば、ミルフィアが笑ったのだ。
「ミルフィア、お前」
「? なんでしょうか、主?」
俺が名前を呼んだことでミルフィアは表情を整えて振り返る。そこにはさっきまでの笑みはなかったが、明るい表情にはちゃんと余韻が残っていた。
「……いや、なんでもない」
そう言って俺は内心微笑んだ。
やって良かった。まるで黄金に輝く昼下がり。太陽と青空。そして目の前にいる三人。
そして、隣にいるミルフィア。彼女の笑顔がもっと増えるようにと俺はみんなの輪の中で思っていた。
それからなんやかんや話し合った後で誕生日会はお開きとなり俺たちは教室に戻ることになった。そうなると必然ミルフィアは消えなくてはならない。
「なあミルフィア」
その前にぜひ知っておきたかった。
「どうだった、誕生日会は」
今日までいろいろあったけど、それも全部彼女のためだった。その彼女がどう思うか。
「はい。とても楽しかったです、主」
彼女は本当に、本当に嬉しそうに笑ってくれた。
「そうか」
その一言で、やって良かったと思えた。よかった。こいつにそう思ってもらえて。
それでせっかくなので教室前までは一緒に行こうと全員で廊下を歩いていく。まだ午後の授業には余裕がある。俺たちは誕生日会の流れで明るく話ながら廊下を歩いていた。
「なんだよそれ」
「そういうのもあんの」
加豪のとんでもトレーニングに驚きつつ教室の扉を開ける。残念だけどミルフィアはここまでだな。
「ミルフィア、お前は出来るのか?」
「主の命とあれば」
「マジ?」
「そんなのボクがしたら死んじゃいますよ」
「ははは、お前は無理だろうな」
「無信仰でも笑えるのかよ」
そこで声が入り込んできた。それはクラスメイトで見ればこちらを冷たい目で見つめていた。なんだよ、邪魔すんなよせっかくいい気分だっていうのに。
「ここが相応しくないってまだ分からないのかよ」「ほんとよね」「早く出て行けばいいのに」
それも一人だけじゃない。教室の連中から向けられる目は依然として変わっていない。ここに来ると現実ってやつを突きつけられるぜ。
恵瑠、天和、加豪。三人とは仲良くなれた。でも俺は未だに無信仰者で世界の敵なんだってことを思い出される。
そこでミルフィアが前に出た。
「我が主になにか言いたいことがあるようでしたら私が受けます。なにか?」
さきほどの和やかな雰囲気から一転怒気を隠さないミルフィアの剣幕がやつらを睨む。ミルフィアの強さはここにいる全員が知っている。それで連中は黙り込み視線を逸らした。
「ミルフィア、いい」
これ以上荒げる必要もない。そう言うと会釈してミルフィアは俺の背後へと移動していった。その表情は悔しそうだが反対に俺は嬉しかった。
「気にしてねえよ。不思議とさ、今はまったく気にならん」
本当だ。嘘じゃない。こいつらの罵詈雑言を束にしたって俺の心には響かない。
それはきっと、目の前にいる四人のおかげだ。
「ありがとうな、みんな」
こいつらが俺の傍にいてくれている。それがとても心強くて、その他なんてどうでもいいくらいに自信になっている。雰囲気はぶち壊しだけど、今も屋上でやった誕生会の気持ちは残っているんだ。
それはみんなも同じようで。
「いえ、感謝には及びません主」
「気にしないでいいわよ」
「そうですよ神愛君!」
「同志なら当然」
みんな俺を受け入れてくれている。一人だけ認識がおかしいけど今はいい。
ありがとう。心の底から、そう思えたんだ。




