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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第4章 それでも人生に遭難した時
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誕生日会

 翌日、ついにこの日が来た。


 俺は屋上の扉の前に立っている。時刻は昼休憩。扉の曇りガラスが日差しを受けて明るい。電灯のついていないここでは目の前の扉は希望に繋がる光のようだ。


 そんな俺の横には、扉を開ける鍵とも言えるミルフィアが立っていた。


「あの、主。ご用件はなんでしょうか」


 俺の意図を測りかねているミルフィアは小首をかしげ少々戸惑っている。今日という日を考えれば察しはつきそうだが、ミルフィアは自分のことは本気で勘定には入れてないんだな。


「まあいいから。付いて来いって」


 ミルフィアの質問には答えず扉を開く。隙間から光が差し込み、俺たちを呑み込んだ。

 そして、その先へ。


 俺はミルフィアをつれ、光に満ちた屋上へと出た。青空から降り注ぐ日の光の下。白い地面の屋上の中央へと進んでいく。


 そこにはブルーシートが敷かれ、約束していた三人の女の子が座っていた。


「悪い、待たせたな」


 右には赤い髪を靡かせ足を折り畳んでいる加豪。奥の中央にはちょこんと緊張した様子で恵瑠が座り、左には苦しくないのか、涼しい顔で天和が正座していた。ここには俺たちしかいない。


 そして今回の主賓に視線が集まった。


「昨日ぶりねミルフィア、今日は誕生日おめでとう」


 加豪は気さくに、友達のように話しかける。


「そ、その、誕生日おめでとうございますミルフィアさん! ボクは、栗見恵瑠って言います! 恵瑠って呼んでください!」


 恵瑠はガチガチに体を固まらせ、精一杯の気持ちで見つめている。


「誕生日おめでとう。天和。よろしく」


 恵瑠とは対照的に、天和は簡素にそれだけを口にした。

 ミルフィアが見つめる先には、三人、同年代の女の子が座り、三者三様に歓迎していた。


「あの、主? これはいったい……?」


 状況が理解出来ていないミルフィアが俺を見上げる。そんな彼女に俺は笑った。


「なあミルフィア、今日が何の日か分かってるか?」

「はい。私と、主が出会った日です」

「そしてお前の誕生日だ」


 ミルフィアを見つめる。ショートカットの金髪はさらさらとしており、青い瞳は俺だけを見つめている。白い服を着た自称奴隷の少女は、今も俺のために行動してくれる。


 だけど今日は違う。特別な日を、もっと特別な日に変えるために。俺はなんとしてでも成功させないといけないことがある。ここまできて失敗なんて許されない。


「今日はお前の誕生日だ、だから決めたことがある」


 ミルフィアは優しい。けれど彼女には友達がいない。本当ならたくさんいてもおかしくないのに。


「お前の誕生会を開く。だからお前も参加してくれ」

「私の誕生会ですか?」


 ミルフィアにしては珍しい顔だった。目を少々見開いて、俺を呆然とした表情で見つめている。けれどすぐに陰が入った。


「ですが、私は」

「いいから。な?」


 ミルフィアは奴隷という立場を崩さない。奴隷という関係がミルフィアに後ろめたさを与えている。

 それは分かる。けれど、それでも、ミルフィアの忠誠を踏み躙ってでも、俺は誕生会を開くと決めたんだ。

 会話が止まる。俺たちはしばらく見つめ合うが、ミルフィアの口が動いた。


「……分かりました。主がそれを望むなら」

「マジか!?」

「マジです」


 困ったように笑い、ミルフィアは頷いた。

 ミルフィアが折れた。奴隷を信条として譲らないミルフィアが、どこか吹っ切れた笑みを浮かべ瞳を閉じていた。

 よっしゃあ! 


 安心して表情から力が抜けていく。。これで誕生会が出来る。それにミルフィアに友達が出来るかもしれないんだ。


「それじゃ、始めるか」

「はい」


 俺は靴を脱いでシートに座る。その後でミルフィアも靴を脱ぎ、俺の靴を揃えてから正座で座り込んだ。

 俺の右隣に加豪がおり、正面には恵瑠がいる。その横に天和が座り、俺の左にはミルフィアが座っている。


 用意してあった紙コップにジュースが注がれ皆に手渡された。それを受け取り、ここにいる面々を一人ずつ確認する。これまでのことを思い出し、元気よく切り出した。


「みんな、彼女が言っていたミルフィアだ。知っている人はいるかもしれないが話したことはほとんどないだろう。そんな彼女のために集まってくれてありがとう。本当に感謝している」


 本来、こんな顔見知り程度での誕生会なんてないに違いない。俺もだいぶ無理を言った。それでも集まってくれたみんなに本当にありがとうと思う。


 加豪、恵瑠、天和。ここには約束してくれた三人がちゃんといる。みんなで一つになっているんだ。

 そこでふと思った。ここにはそれぞれの信仰者が輪を作り、そこに俺までもいるんだ。

 こんなこと、今までの人生であっただろうか。


 ずっと、ずっと、ずっと、このまま皆から嫌われて生きていくんだと思ってた。なのに、今、誰かと一緒に過ごしている。まるで――

 俺にも、友達ができたみたいだ。

 あれ、なんだろうな、これ? 胸から、何かが込み上げる。


「…………」


 視界に映る三人。誰かと一緒にいるという現実に、俺は胸が熱くなった。


「? ちょっと神愛! あんたなに泣いてんの?」

「え?」

「主? 大丈夫ですか?」

「いや、泣いてねえよ!」


 加豪から言われ慌てて目を擦る。ミルフィアも心配してくるが追い払った。


「神愛君どうしたんですか? 理由もなく死にたくなったんですか? 大丈夫です! ボクも時々ありますから!」

「ちげえよ。そしてお前は病院行ってこい」

「宮司君、私のことをうさぎさんだと思って抱き付いていいわよ」

「いやだわ」


 俺はなんとか気持ちを落ち着ける。こいつらのギャグなのか本気なのかよく分からないやり取りに助かった。……心配は増えたが。


「それじゃあミルフィア、お前からなにかあるか?」

「それでは」


 俺は左隣にいるミルフィアに話を振ってみる。それでミルフィアは背筋を伸ばし、顔を皆に向けた。


「はじめまして、ミルフィアといいます。この度は私のために素晴らしい場を設けていただき嬉しく思います。こうして皆さまとご一緒出来ることは光栄です。ありがとうございます」


 そう言ってミルフィアはゆっくりと頭を下げた。


「…………」


 どう反応したものか困る。


「ま、まあこういう奴なんだ。分かり易いだろ? それじゃあ早速次にいこうか。こういうのってあれだろ? 初めにやっとくんだよな。えっと、そうだよな?」


 俺はコップを持つがなにぶん初めてのことで自信がない。


 かっこが付かないが、けれど返ってきたのはそれぞれに個性のある、温かな声援だった。


「はい、主。間違っていないと思います」

「そうよ。てか準備出来てるんだから自信持ちなさいよね」

「神愛君、ガンバです」

「宮司君……、早くして」

「あー、もう! 分かってるよ! それでは」


 いろいろ思うところはあるが、コップを持ち上げた。それに倣い全員がコップを掲げる。そして、皆で当て合った。


「ミルフィア、誕生日おめでとう!」


 乾杯。


 明るい一声が青空の下に広がると共にジュースを皆で飲んでいく。その間俺は感じていた。こうしてミルフィアの誕生会を開けたこと、そこに俺がいること。これがどれだけ素晴らしいことか。


 傍から見ればちっぽけな集まりだろうさ。でも、これでいい。ワイングラスが響き合う高級さもなければ洒落た音楽もつまみもない。けれど十分なんだ。


 こうして誰かといるってだけで、ずっと一人だった俺には幸せだって、そう思えるから。

 だが。

 そう思った瞬間、希望溢れる記念日は圧倒的絶望に変わっていた!


「…………え?」


 あれ、なんだろう。誕生会ってあれだろ? 会話が弾み明るい笑い声。そんな感じだろ? 

 しかし皆は黙ったまま。無言。無口。沈黙。この場を覆う、圧倒的沈黙!


 しまった! 何を話すのか考えてねえ! 

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