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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
250/428

そうだな。だがどうやって私を倒す? 君たちは、これほどまでに弱いのに

 天羽たちが驚く。突如空間から現れる闇の軍勢に彼らの隊列は崩され混乱していた。無限対一体という構図から一転混戦となっていた。

 創造を司る第一の(ファースト・セフィラー・ケテル)。それは文字通り創造の力、生命や無機物の区別無く、想像したあらゆるものを実体化させる。

 そこに、制限はない。

 無限の軍勢をルシファー一人で作り出していた。


「なんと……」


 敵の部隊長が唖然とこの場の光景を見つめていた。空中を走り回る無数の白と黒の兵士たち。至るところで雄叫びと剣と剣がぶつかる音、さらには爆発が起こり余波がヘルムから露出する頬を殴りつけた。

 彼ら天羽の作戦は、敵の司令官であるルシファーを前線までおびき出し、ヘブンズゲートを移転するとともに増援を送り続け倒すというものだ。無限の数で圧倒し、押しつぶす。それがこの作戦の基本戦術。

 だが、これはなんだ? 圧倒? 押しつぶす? 頭を抱えたかった。戦況は今や互角、いや不利と言わざるを得ない。ヘブンズゲートが絶えず送り出す無限の増援は健在ではあるが、同時にルシファーが創造する無限の軍勢もまた稼働中。

 無限対無限。作戦は根底から破綻した。


「馬鹿な……!」


 部隊長の額から汗が流れた。強いとは思っていた、相手はかつての天羽長、そこに油断はなかった。だからこそヘブンズゲートを移転するという大空間転移術式を組み事に当たった。どれだけ強い相手でも無限にかなう者などいないと思っていた。

 想像を越えていたのだ、麓では山頂を見ることが出来ないように。

 並の者では、頂点を測ることは出来ない。


「ん?」


 黒の騎兵を創造しながら戦うルシファーは頭上に浮かぶヘブンズゲートを見た。能力を使わなくても分かる。来る。離れていたも伝わってくる存在感があった。

 それは、ヘブンズゲートの奥から車体を擦りながら現れた。

 白い、丸を横に引き延ばしたかのような、それは天界の輸送艦だった。卵のように滑らかな外観には両サイドに四枚の有機的翼を有し、マンタのひれのように優雅に動かしては空中を泳いでいる。後部にある扉が下がると、中から白い小型廷がいくつも展開し天羽輸送艦の護衛についた。

 輸送艦から重力リフトの光がいくつも放たれる。それは負傷した天羽たちを包み込み船内へと運んでいった。

 また背部には白い光弾を発射する砲塔三十六基、腹部には機銃がいくつも備わっていた。

 それらが一斉に火を噴き堕天羽たちを一掃していく。弾幕が堕天羽たちを打ち落とし連続で放たれる光弾が空中を走る。それらは万魔殿に直撃し城を揺らした。


「く!」


 奥歯を噛みしめた。この火力はまずい。結界が壊れる。ルシファーはすぐさに羽を広げ突撃しようとした。だが、敵はそれを許してはくれなかった。

 輸送艦から重力リフトの光が三つ、ルシファーの前と左右に照射された。光のトンネルを一つずつ一体分の影が下りてくる。

 ルシファーは表情を引き締めた。これだ。さきほどから全身を刺激する存在感の正体。それは輸送艦の登場でもその火力でもない。

 真の脅威が三つ、ついに決戦の地へと現れた。

 正面から。


「久しぶりだな、ルシファー」


 その一つ、ガブリエル。


「あれから五年、探したわよ」


 右側、ラファエル。


「よう、ダンナ。殺しに来たぜ」


 左側、サリエル。

 全員が白衣の上から甲冑を着込み、八枚の羽を広げていた。

 天羽九階級ヒエラルキーのピラミッド、その頂点が天羽長であるならば、次点はこの三体だ。天羽長を含めた偉大なる称号を持つ者たち。

 四大天羽。いずれも天界を代表する実力者が三体、ルシファー打倒のため立ち塞がった。

 ガブリエルの肩まで伸びた水色の髪が宙に泳ぐ様は優雅だ。白いコートの裾も揺れている。もともと静寂とした雰囲気を好む彼女は凛とした態度を保っているが、しかし、その目だけは別だった。鋭い。矛先を向けるかのような視線を送っていた。


「落ちぶれたな」


 ルシファーを直に見るのは五年ぶりだ。黒いマントを羽織り、憎しみと怒りに満ちた瞳を向けるかつての天羽長の姿。再会してみた率直な感想だった。


「これが、花を愛で、歌を愛した男のなれの果てか。ずいぶんと変わったものだ。以前の私は想像すら出来なかったよ、あなたが天羽を裏切り反逆を起こすなど」


 あの頃は誰しもが彼に憧れていた。その威光に全員が目を輝かせていた。それだけの素質と器量がルシファーにはあった。

 だが、そうはならなかった。彼は神の敷いたレールを走る道具ではなく、自分の意志を持って自分の道を歩み始めた。それが反逆の道であっても。


「あなたは善性の化身とまで呼ばれた天羽だ。ゆえに善において完璧だったのだろう。しかし、僅かな犠牲すら認めないその傲慢。故にお前は墜ちたのだ、ルシファー。堕天羽として処刑する」


 ガブリエルは剣を引き抜いた。全身を覆うプレートアーマーが暗黒の空で輝く。八枚の羽は広げられ、戦意を発揮していた。


「ルシファー。正直に言うとね、あなたの気持ちは分からなくはないのよ。でもね、あなたのせいで多くの者が命を失った」


 声を掛けてきたのはラファエルだった。ルシファーは左側に視線を向ける。穏やかで上品な彼女の口調は懐かしい。だが、彼女は普段とは違っていた。声には戦意が充満し、表情は憎き敵を前にして怒りをあらわにしている。体中から闘気が溢れ、彼女の長髪を浮かせていた。


「ルシファー、あなたは絶対に許さない」


 漲る戦意が全身から漂う。


「君のそのような顔ははじめて見るな、ラファエル」

「なら俺の顔はどうだよ」


 視線を右側に向ける。そこにいるサリエルは口元を持ち上げていた。以前の戦闘で傷を負い厳密には四大天羽ではないのだが、堕天羽軍との決戦として復帰していた。飄々とした態度は相変わらずだ。だが声には棘が混じり、明らかに不機嫌な顔つきでルシファーを見つめていた。


「言ったはずだぜ、ダンナ。あんたの考えじゃ俺の仕事が増えるってな。見事にシカトぶっこきやがって、覚悟できてんだろうな裏切りくそヤロウ」


 眉間にシワが浮かぶ。手にした巨大なデスサイズを両手で回し鋭利な刃をルシファーに向けた。


「お前のそんな顔は見飽きてるよサリエル、ようやく踏みつぶせると思うと清々する」

「言ってくれるじゃねえか」


 ルシファーは改めて三体を見た。正面にガブリエル、左にラファエル、右にサリエル。三体対一。無限の天羽を相手にしてきたルシファーにとって驚く数字ではない。

 しかし相手は今までの有象無象などではない、どれもが一騎当千となる強者だ。

 四大天羽三体の登場。それにルシファーは緊張を高めていくが、心のどこかでホッとしている自分に気が付いていた。

 ここに、「彼」がいなかったから。

 四体がにらみ合う。ここだけ周囲との気圧が違っていた。大気が痺れるような震えを見せる。久しぶりに再会した喜びは四体にはなく、あるのは空気に混じり合う戦意のみ。

 かつての仲間は今は敵。打ち倒さねばならない裏切り者と、正義を阻む神の使者だ。

 ルシファーは駆けた。時間を停止させゼロ秒で接近する。同時にガブリエルも前に出た。『世界を構築する第九の(ナインス・セフィラー・イェソド)』を使えるのはルシファーだけではない、彼女もその使い手だ。

 互いの剣がぶつかり合い、間近で睨み合った。


「お前を倒さねば、この戦いには勝てん!」

「そうだな。だがどうやって私を倒す? 君たちは、これほどまでに弱いのに」

「黙れ! その傲慢、この場で絶つ!」


 激しい剣戟の音が響き渡る。衝撃波は

周囲で戦っていた騎士を吹き飛ばした、それほどの爆風が剣をぶつけ合うたびに発生している。どちらも本気の攻撃だ、元仲間だったという情けは微塵もない。あるのは純粋な戦意と殺気だけ。

 ルシファーが剣を振るう。全身を覆う赤いオーラが弾け、ガブリエルは吹き飛ばされた。


「ぐぅ!」


 鉄仮面のように常に平静な彼女の表情が歪む。全身が空気の壁を突き破る感覚の中、彼女はセフィラーを操りルシファーの時間停止を解いた。


「おらよ!」


 すかさず攻めるのはサリエルだ。黒い巨大鎌を振り回しルシファーに迫る。その最中、片手を瞼を覆う包帯に伸ばした。


「天主に文句があるってなら、俺の『眼』を見て言うんだな!」


 サリエルの邪眼が解放される。途端に破滅の邪気が世界に流れ出す。視認した者はすべて、敵味方の区別なく呪い殺す邪の極地。彼の視界に入った天羽たちは急激な脱力や精神汚染により次々と墜落していった。

 その中で、ルシファーだけは悠然と立っている。峻厳(しゅんげん)のセフィラーが強化だけでなく魔を払っていた。サリエルが振るう刃を見事に躱していく。頭上からの攻撃を体をわずかに横にずらし、横薙ぎの一撃を一歩後退する。その躱し方には余裕すらあった。サリエルは舐められた態度に怒りを増し、踏み込みながら鎌を振り下ろした。頭蓋から股下まで断ち切る全力の斬撃。

 それは、ルシファーが軽く振るった剣撃によって弾かれた。


「ぐあ!」


 鎌を持った両手ごと頭上にまで戻される。隙の出来た正面へ、ルシファーは躊躇いなく剣先を突き刺した。


「させん!」


 それを駆けつけたガブリエルが受ける。剣筋を外しルシファーの突きはサリエルの胴体側面を通り過ぎていった。


「ふん!」


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