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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
249/428

宙に立つのは一人きりの王

 彼らは不規則な隊列を組んだ。全員が上下左右に分かれ、頂点から底辺の一体の間をジグザグに並んでいく。それは、奇妙な木を思わせた。彼らを結ぶように白い湯気のようなオーラが溢れていく。

 それはただの隊列でも模様でもない。神聖な意味合いを持つ図形だ。全員で十体の天羽が織り成す神秘の図式。

 全体が光に覆われた。それぞれの天羽も光を発し、一つの図形が完成する。

 天羽長として長きに渡って天羽の長に就いていたルシファーを倒す手段。天羽軍の切り札にして最終兵器。

 それがこれだ。


「今日この日が! お前の最後だ!」


 部隊長が叫ぶ。


「開かれよ!」


 他の九つの天羽も叫ぶ。


「開かれよ!」


 それにより背後の上空に現れたのは巨大な扉だった。それが少しずつ開かれていく。

 それは扉。勝利を実現させる無限の光!


「「「「「「「「「天界の(ヘブンズ・ゲート)!」」」」」」」」」


 天界の門の空間転移。これほどの質量、また霊的質量を有するものを空間転移とはいえ移動させるのは容易なことではない。

 しかしそれを実現させた。すべては堕天羽の長、ルシファーを倒すため。

 天羽のかけ声に長大な扉が開かれる。隙間からは天界の光が零れ出し、闇に染まった大地を照らし出す。

 そして、光の中から無限の天羽が現れた。

 無限。

 無限。

 無限! 無数の天羽が無尽蔵に出てくる。空は瞬く間に純白の翼に飽和した。ルシファーの周りを完全に包囲している。

 無限対一人。多勢に無勢などという話ではない。むちゃくちゃだ、あまりにも不公平。数の暴力という表現すら生温い。数とは単純に足し算だ、多ければ多いほど力が増していく。それが無限となれば無限の力を持っているに等しい。

 これが天羽軍の力。あらゆる敵を圧殺する、無限の軍勢だ。

 しかし、これだけの数の差がありながら彼らには一人たりとも余裕を露わにする者はいなかった。


「なるほど」


 そして、


「死にたいやつはこれだけか?」


 ルシファーにもまた、絶望はなかった。

 宙に立つのは一人きりの王。だが油断してはならない。見誤ってはならない。彼は孤高ではあるが、その身に宿す力は無限を越える。

 瞳に宿るのは暗い殺意、すべてを飲み込む奈落の憎悪。全身から放たれる圧倒的敵意!

 彼の睨みが一層凄みを増した時、空に浮かぶ雲が動き出した。まるで彼から逃げ出すように。

 彼の敵意には、世界すら怯える。

 果たして不公平なのはどちらなのか。この時、真の強者がその所以を発揮する。

 無限の天羽を統べる力、理想と正義をかかげ未来に突き進む。これぞ天界に君臨した光の力!


「完全なる知識とは神に等しい(シークレット・ザ・セフィラー・ダアト)!」


 彼の力が発動される。瞬間、世界は逃げることを諦めた。

 ルシファーは片手を前にかざす。その視線に容赦はなく、慈悲もない。あるのは無限の天羽すら包む殺意の波動のみ。

 それは生命を司る、即死の力に他ならなかった。その名は――


「栄光へと至る第五の力(エイス・セフィラー、ホド)!」


 能力発動、その効力がこの場に伝播(でんぱ)する。念じただけで対象を殺害する力に触れて、無限の天羽が空から墜ちていった。

 死んだのだ、一瞬で。無限の天羽が。純白の羽を散らしながら。墜落する亡骸を死した大地が受け止める。

 敗者は地に伏し勝者は空に君臨する。

 宙に悠然と浮かぶのはルシファーだ。絶対王者の風格を保ち立つ、天羽の頂点!

 これがルシファーの能力、「完全なる知識とは神に等しい(シークレット・ザ・セフィラー・ダアト)」。それは知識を司る力。真の聖者しかたどり着けない次元に隠された神の意。これを得た者はすべての知識を得る。

 それは、すべてのセフィラーを使用できるということだった。

 ヘブンズゲートからさらなる軍勢が登場する。無限の天羽、第二陣だ。そのすべてが白い甲冑に青白い紋様を浮かべていた。小さな光を発している。

 それをルシファーは一目で看破する。


「即死耐性を施した鎧か」


 すでに用意していたのか即座に対応してくる。事前にあらゆる攻撃に対応できるよう装備を整えていたのだ。

 だが、どのような策を講じてもすべては無力。

 この力には、何者も敵わない。

 第二波がルシファーを囲い込む。三百六十度からの突撃と共に剣先が襲い来る。逃げる隙間はなくあらゆる死角を突いてくる。どうあっても対処は不可能。

 しかし、この状況を打破できるセフィラーが存在した。


「世界を構築する第九の(ナインス・セフィラー・イェソド)!」


 それは四大天羽ガブリエルが持つ力だった。それは基礎を司る力。世界とは質量、空間、時間でできている。

 その、すべてを操作する。

 この瞬間、時が止まる。

 ルシフェルの眼前には敵の剣先が見える。その距離十センチもない。息を吐けば当たる位置にある。他にも見れば、全員が口を大きく広げ戦意を漲らせた表情でルシファーを見ていた。

 だが、動く者は一人もいない。

 制止した世界の中でルシファーは柄にゆっくりと手を伸ばす。鞘から漆黒の魔剣を引き抜き、周囲に展開する有象無象を切り裂いた。剣を振るう。剣を突き刺す。乱舞する刀身が敵を甲冑の上から肉を絶つ。

 そして、時は動き出す。

 直後、同時に天羽たちから血が吹き出した。緊迫とした表情は唖然に変わる。いったいなにが起こったのか分からない。その正体を知らぬまま彼らは絶命していった。

 血が噴き出し地上に落ちるよりも前にルシファーは姿を消した。突如消えたルシファーに天羽たちが焦る。ルシファーは第九の力を使い空間を跳躍していた。空間転移を用い別の場所に現れると奇襲を行い次々に天羽たちを地上へと落としていく。


「ルシファー!」


 そこで頭上から声が掛けられた。

 ヘブンズ・ゲートから全長二十メートルはある大男の天羽が降りてくる。人間でいうところの三十代ほどの男だ。大地に足を下ろしてもまだルシフェルを見下ろすほどの巨体だ。翼を広げればさらに巨大になる。まるで大人と人形ほどの体格差だ。


「この裏切り者がぁあ!」


 男は剣と盾を装備しており、片手剣を烈火の気合いとともに振り下ろした。

 でかい。まるで壁だ、この男の剣撃は塔を引き抜いて振り回すのと変わらない。影はルシファーを覆い迫り来る。巨大さに裏打ちされた攻撃力は受け止めるだけで全身が破裂しかねない。

 だが、ルシファーの全身が赤いオーラに包まれた。まるで燃えているかのような闘気、それはルシファーの力を格段に上げていく。

 苦境を律する第五の(フィフス・セフィラー・ゲブラー)。痛みと引き替えに力を得る峻厳(しゅんげん)のセフィラー。後に聖騎士第三位、ヨハネ・ブルストの神託物が扱うセフィラーだ。しかし彼と違いルシファーは代償なしでこの力を使える。彼の生き様、それそのものがまさに峻厳の道だ、故に代償は決算済み。

 迫る超重量の攻撃。それを片手で、軽く跳ね返した!


「ぐおおお!」


 押し負けたのは相手の方。巨体が二歩、三歩と後ずさる。


「馬鹿な……!」


 その後驚愕の表情でルシファーを見つめた。自分が力で負けることなど想像すらしていなかったのだろう。無理もない。生まれてからこの巨体、負ける方が希有(けう)なことだ。

 だが、失敗を知らぬが故の突撃、その代償は大きかった。


「黙れ」


 ルシファーは第九の力、空間操作をしながら剣を振るう。刀身は虚空を斬るのみ。しかしその剣撃は空間を超越し、離れた場所にいる男を一方的に切り裂いた!


「がああああ!」


 巨体が倒れる。胴体にいくつもの刀創を刻まれて、大きな音を立て地面に倒れた。

 敵を倒す、打ち負かす。

 それでもなおヘブンズ・ゲートからは天羽たちが押し寄せる。

 終わりがない。底が見えない。なぜならそう、これは無限の軍勢。終わらない進撃がルシファーを襲う。

 再び囲まれた。視界を覆う幾層にもある白。

 ルシファーは敵を睨みつける。無限に沸いて出てくる敵たちを。憎しみに燃え、怒りに燃え、この手自らで地にたたき落としたいと願う者たち。

 しかし、その願いは諦めた。


「創造を司る第一の(ファースト・セフィラー・ケテル)!」


 ルシファーの背後から黒い霧が現れた。それはいくつも、この場に次々と出現する。それらの霧は広がっていき大きくなると、霧の中から黒の甲冑を着込んだ天馬と、それに跨がる天羽が現れた。いくつも、いくつも、いくつも、霧の中から地獄の騎兵が現れる。馬はひずめで宙を蹴り跨がる堕天羽は弓で天羽たちをねらい射ってくる。


「各自応戦!」


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