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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
247/428

我々は自由のために立ち上がった

 そうして、この日から運命の聖戦は始まった。

 天界紛争。天羽長ルシフェルによって引き裂かれた天羽同士の争い。それは長く激しい戦いだった。大勢の天羽がこの争いで命を落とすことになる。天界における、最大の悲劇だった。

 神への反逆を掲げた堕天羽軍は最終的に天羽全体の三分の一にまで拡大した。それほどの天羽が天羽長ルシフェルに賛同を示し付き従った。それにより天界での指揮系統、ならびに各施設の運営は混乱。その隙に堕天羽軍は戦況を進めていった。

 天羽軍はミカエルを新たな天羽長とし天羽軍を再編。またルシフェルの人気を考慮し彼の名前からLを取りルシファーと改名させた。

 最初期による奇襲によって重要拠点である天界の(ヘブンズ・ゲート)を制圧した堕天羽軍が地上戦を有利に進めていく。補給を絶たれた地上天羽軍は苦戦を強いられることとなる。

 そんな絶望の地上にあって唯一戦勝を上げ続ける天羽がいた。それがウリエルだった。その戦意と圧倒的な戦果は地上に残された天羽の憧れと尊敬を集め伝説と語られるまでとなる。

 天界紛争から五年後。天羽軍は天界の(ヘブンズ・ゲート)奪還のための大規模作戦を決行する。地上部隊による一斉攻撃によりルシファーを地上へと向かわせたのと同時、天界側からガブリエルを筆頭に四大天羽が強襲。対して堕天羽軍もアモン、アザゼルなどの実力者で対抗した。

 激しい攻防の末、天羽軍は堕天羽軍を撤退させることに成功する。これにより主な戦場が地上戦へと移行する。

 天羽軍は天主イヤスへ後続の天羽増員を要請。これが通り事実上無限の戦力を手に入れる。これにより天羽軍が戦況を支配していく。

 堕天羽軍を着実に追い込んでいく天羽軍だったが、しかし堕天羽軍の砦、万魔殿(ばんまでん)パンデモニウムを崩すことが出来ず膠着(こうちゃく)状態となっていた。

 この状況を打開するために天羽軍が動く。物量によってパンデモニウムを攻撃する制圧作戦が立案された。

 決戦の地、パンデモニウム。堕天羽の本拠地を直接叩く総力戦が始まった。



 生命に乏しい荒野が広がっている。地面は乾燥した肌のようにひび割れ小さな枯れ木がぽつりと生えていた。地平線の彼方まで目に留まるものはない、死した大地だ。

 だが、そこには唯一の王国があった。壁に囲まれた城塞だ。十メートル近い断崖に囲まれた内側には城下町と城が建っている。かつては敵国に追われた者たちが築き上げた防衛の国だ。この土地を奪おうとする者はなく、またそれを許さない堅牢(けんろう)さがこの国にはあった。

 だが、それは大きく姿を変えた。

 ここは万魔殿、パンデモニウム。ひび割れた大地の隙間からは炎が噴き出し赤黒い空が世界を包む。さらには城の直上には一つの城が浮いていた。まるで天界の浮遊島を思わせる。漆黒に塗られた外壁は不気味さを漂わせるが、その外見と空に浮かぶ様はまさしく偉容。遙か高みに位置する壮大な景観は見る者の心を奪うだろう。赤黒い空にあってもその城は一際存在感があった。

 城は球状の結界に全体を覆われており、唯一の入り口は地上の城から伸びる螺旋階段だ。万魔殿を落とすならば空からではなく地上から侵攻しなければならない。

 これが、天界の軍を以てしても陥落せずにいる難攻不落の城、万魔殿だった。

 その王宮広場は豪奢(ごうしゃ)であるが静寂としていた。赤い絨毯(じゅうたん)が敷かれ両側には天羽の石像が立っている。しかしここに部屋を照らす光はなく、窓から差し込む赤い斜光(しゃこう)が不気味な影を作り出している。

 本当ならばここはもっと華やかだ。石像と共に大勢の兵士が並び、天井から降り注ぐ光は(きら)びやかで、時折地上からは人々もあいさつに訪れる。堕天羽はここを拠点とし人々に食料など日用品を配っていた。それを聞きつけ他の国からも食料や助けを求めてやってくる。それが誰であれ分け隔てなく求めるものを与えた。その時の彼らは笑顔を浮かべ、感謝し、堕天羽たちも喜びに満ちた顔をしていた。

 しかしここに光はない。歓声はない。以前の活気は消え、ここは静寂が降りている。

 王宮広場の奥は階段状の台があり、そこに一人の男が座っていた。ここには彼しかいない。他の者は出て行った。万魔殿の外へ。戦いに行ったのだ。

 ここには一人、台の一番上、豪奢な椅子に堕天羽の王、ルシファーは座っていた。甲冑に黒いマントを身につけ、その瞳は漆黒の炎をはらんでいた。静かだけれど触れただけで破滅するかのような、戦意と殺意が混ざり合った気迫。

 ルシファーは、変わっていた。もう五年前の彼はどこにもいない。天羽長ルシフェルは死んだのだ。

 ここにいるのは堕天の王、ルシファー。万魔殿の主だ。

 ルシファーは首もとに片手を持っていく。彼の首もとには白い羽をいくつも連ねた首飾りがあり、その中でも一番大きな羽を撫でた。


 十六時間前、万魔殿王宮広場。


 光が降りる王宮は穏やかではない空気に包まれていた。

 そこには大勢の兵士たちが集まっていた。皆が甲冑を身につけ剣や槍などの武器を装備している。ここは兵士で埋め尽くされていた。

 そこにいたアモンはいつになく険しい顔で最上段で座るルシファーを見上げる。彼も甲冑を付けてはいたが武器は持っていない。自分の肉体こそが最も優れた武器だと自負している彼に剣は無用の代物だった。


「兄貴、天羽軍がこちらに向かっていると連絡があった。かなりの大規模だ、いままでとは違う。連中、総力戦だ」


 アモンからの報告にまわりはざわついた。今まで敵がこの城を落とそうと攻め込んできたことはあったがそれらはことごとく返り討ちにしてきた。それにしびれを切らしたのか、ついに全軍を投入してきたのだ。

 決着の時だ。どちらかが勝ち、どちらかが破滅する。そして、これは多くの者が感じていたことだったが、この戦い、天界紛争で勝てる見込みは、かなり低い。それは始める前から分かっていたことであり覚悟はしてあったが、その終わりがついにやってきたのだ。

 広場の話し声が消える。兵士たち一同は王を見上げる。迫る決戦を前にして、我らの王がなにを言うのか見守った。


「我々は自由のために立ち上がった」


 彼の言葉に、みなが気を引き締めた。鋭い、戦意に満ちた言葉がこの場に広がる

「押しつけの平和とは幻想であり建前でしかない。やつらは我々から、地上に暮らす者から、多くのものを奪っていった。平和という欺瞞(ぎまん)の旗により彼らは自由を失った。我らが退けば、それは神の傲慢を認めたことと同じだ。一人の身勝手を許すことになる」


 ルシファーは立ち上がった。


「我々は自由のために立ち上がった。ゆえに無理強いはしない。ここから離れたい者は今出て行ってくれ。責めることはしない」


 ルシファーからの催促に、しかし出て行く者は一人もいなかった。みなが鋭い視線を彼に向け、扉を見る者すら一人もいなかった。

 ここは以心伝心、運命共同体。一つの大きな意志に包まれていた。

 それを受け取って、ルシファーは答えを出す。


「我らは戦い続ける! この正義が折れるまでだ!」


 ルシファーのかけ声にみなは拳を振り上げ声を叫んだ。近づいてくる決戦に戦意を鼓舞し合う。


「各自戦闘配置に付け!」


 アモンが振り返り指示を飛ばした。王宮の衛兵を残しみなはここから出て行く。そんな彼らをアモンは見送った。いい表情だ、臆している者はいない。最後の一人が出て行くまで扉を見つめていた。その後ルシファーに振り返る。


「兄貴、あんたはここに残っていてくれ」


 アモンが言った。


「やつらの狙いは兄貴をここから引きずり出すことだ。なにを仕掛けてくるか分からないが、連中は兄貴を倒す手段を用意しているはず」

「俺に黙って見ていろと?」

「あんたは俺たち最後の希望なんだ」


 アモンの力強い目が、次第に悲観的な憂いを帯びていく。

 これから先堕天羽軍は苦戦を強いられるだろう。さきほどまでいた大勢の兵士たちも、いったい何人が生き残れるのか。


「俺たちの誰かは死ぬだろう。だけど兄貴が生きていれば俺たちの勝ちだ。反対に、兄貴が死んだら俺たちがどれだけ生き残っていようが負けなのさ」


 アモンはそう言うとふっと笑った。それから扉をへと歩いていく。

 ルシファーは台の上から彼の後ろ姿を見送っていた。彼はすぐにでも「私も行く」と言いたかった。この戦い、彼らだけでは厳しい。ただでさえ戦力が足りていない状況だ。だができなかった。それはアモンが言ったとおり、天羽軍の狙いが自分の討伐にあるのが分かっていたからだ。総力戦をしかけてきた以上、なにかしらの手段があるということ。それが分かるまでは動くわけにはいかない。

 冷静な判断を下す自分にルシファーは苦虫を噛んだ顔になる。大局を見ればここで自分が前に出るのは早いと分かっている。

 けれど、共に戦うべきだと別の自分が言うのだ。それは理性ではなく直感だった。

 直感ではなく理論で動いたこと。

 もし彼に非があったのなら、それはこれだったのかもしれない。

 ルシファーがアモンと話すことは、もう二度となかった。


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