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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
245/428

早速ですが本題に移らせていただきます

 明けの明星、ルシフェルよ。あなたは天から落とされた。

 知恵に満ち、慈愛に溢れ、すべての者から愛されていたにもかかわらず。

 なにゆえあなたは墜ちたのか。黎明の者、光を運ぶ者、ルシフェルよ。

 それは、あなたがすべてを愛していたからか。あらゆる者を救いたいと、願うがゆえか。

 けれどルシフェル、神が愛した傑作よ。

 すべてを救いたいというその傲慢。

 そのせいで、あなたは天から落ちたのだ。




 中央局の廊下に一人分の足音が鳴る。焦るわけではないが少々早い足取りで、足音の主であるサリエルは会議室への扉を開けた。


「遅くなった」


 部屋にはすでにガブリエルとラファエルが着席している。長テーブルが縦に置かれ左側の奥にガブリエル、手前にラファエルが座っている。サリエルは右側の席に向かう。


「新入りは?」

「今回あいつには席を外してもらっている」

「みたいだな」


 ガブリエルからの返事に応えつつ遅刻してきたサリエルは悪気を見せることなく着席した。


「ではこれより四大天羽緊急会議を行う。知っての通りだが、天羽長ルシフェルが裏切った。現在反乱軍による攻撃を受けている。それによる通信、地上への移動は不可。ここも襲撃を受けたが防衛に成功している。通信手段は飛脚(ひきゃく)を用いるのが現状だ」


 ガブリエルの口から簡単に現状の説明がされる。これほどの事態に立たされていながら彼女の表情に焦りは見られない。反対にラファエルの顔色は深刻だ。

 ガブリエルはサリエルに視線を向けると口調を尖らせた。


「サリエル、どういうことだ。ルシフェルの身柄は監査庁が預かっていたはずだが」

「どうも俺の中に裏切り者がいたらしくてね。そいつの手引きだ。ダンナの人気を甘く見てたわ」

「こんなことになるなんて……」


 ラファエルがつぶやく。いつもの穏やかさは消え沈痛な面もちだ。


「で、どうするつもりだよ。天羽長代行さんよ?」


 サリエルの顔がガブリエルに向く。責任など追及している場合ではない。どうするべきかを決めるべきだ。

 天羽長による反逆。天界は大混乱だ。

 ルシフェルが軟禁されている間指揮はガブリエルが取ってきた。形式上、ここで一番の責任者はガブリエルだ。

 ガブリエルは瞳を閉じる。静かに思案し、鋭さを増した双眸は開かれた。


「これほどの異常事態は天界の歴史上初だ。我々では判断できん。天主イヤス様にお伺いを立てるのが適切だろう」

「私も賛成だわ」

「……だわな」


 そもそもの天羽の長自体が敵に回ってしまったのだ、判断しようにもその責任者が不在。となればさらに上の存在、天主イヤスに判断を任せるのが一番だ。

 三人は席を立ち部屋を出ていった。

 謁見の間である最高位の島に三人は到着する。広げていた羽をしまい遺跡を見つめた。石造りのこじんまりとした遺跡だ。普段ならば近寄ることさえない謁見の間を前にして感嘆の一言でも言うのだろうが誰も口を開かない。表情を引き締め石畳の道を歩いていき階段を上っていく。両開きの扉は自動で開かれ三人を招き入れた。


「いくぞ」


 先頭をガブリエル、後ろにラファエルとサリエルが続く。ここは神域、入る間際に緊張をより一層高め三人は入室していった。

 天界と呼ばれる場所にあってなお特別、天上界に一番近い場所に三人はいる。次元を無限もまたぐほどの超高位次元。それだけで普通なはずがない。

 まず、三人を襲ったのは違和感だ。部屋の広さが外見とは大きくことなる。広い。三十メートルくらいはあるだろうか。空間が歪んでいるのか、空間である三次元よりも高位の場所なのだからこれくらいは当然なのだろう。なにより、この場所に天井はなかった。

 あるのは、星々が輝く宇宙だった。頭上は宇宙だ。時折流れ星が走り大小の輝きが暗い闇の中で光っている。大自然が作り上げる最高級の芸術だ。

 床や壁は石造りのまま。部屋の中央には磔に使う三メートルほどの丸太が奉られていた。両側には火が灯る台があり、まさしく聖火台としてこの場所を照らしている。

 ここが謁見の間。中央にある丸太は実際にイヤスが処刑される時に用いられたものだ。イヤスは民のために処刑され、死したことで神になった。そして頭上に広がる宇宙は天上界の断面。ここはいわば神の始まりの場所にして終点、その狭間にある場所だった。

 ガブリエルたちは中央へと近づいていく。静まり返った厳かな場所に三人分の足音が響く。神が処せられた丸太を照らす聖火が小さく揺れる。

 ガブリエルは丸太の目の前で足を止め片膝を床についた。頭を垂れ後ろの二人も後に続く。


「天主イヤス様、ガブリエルです。突然の訪問失礼致します」


 声を張る。自分たちの父にして神との謁見、表情は引き締まり全身に緊張が走る。この時ばかりは四大天羽といえど畏敬の念を抱く。

 天主がどのように応えるのか三人は知らない。姿を見せるのかどうなのか。

 瞬間だった。頭上の宇宙に一際大きな光が現れた。恒星の誕生か? いいや、そんなものではない。頭上の宇宙全体を一瞬で覆い尽くすほどの光だ。

 天井は闇から光に変わっていた。オーロラのように白い光が漂っている。

 そして、声が現れた。


「構わんよ」


 男の声。三十代ほどの、穏やかな声が頭上から下りてきた。その声には聞き覚えがある。誕生した時以来に聞くが間違いない。宇宙ですら覆えないほどの存在感と愛を持った声。

 天主イヤスだ。

 白い光の中からイヤスは声だけをかけ続ける。


「久しぶりだねガブリエル。こうして話をするのは君が生まれた時以来か。もっと頻繁に立ち寄ってくれればいいものを」

「ありがとうございます。しかし、そういうわけには。あなた様は至高の存在。神聖とは想像の中で保たれるもの。接触の機会が増えればそれだけ品位が落ちます」

「君は相変わらずだ」

「早速ですが本題に移らせていただきます」


 天主イヤスからの再会の言葉には親愛の温かさがある。三人にしてみれば父だが彼からすれば子供たちが会いに来たのだ。久しぶりの再会に言いたいことはたくさんあるだろう。

 そうしたい気持ちはガブリエルにもあるが、しかしそのために来たのではない。彼女はきっぱりとした口調で断りここに来た目的を口にする。


「天羽長ルシフェルが一部の天羽を引きつれ反乱軍を結成、現在多くの施設で攻撃を受けています。要求は地上侵攻の即時撤退。彼は、反逆者です」


 天界に起きている異常事態、天羽長の裏切り。それは子供が親を裏切ったという現実だ。

 その言葉に、イヤスは黙った。

 沈黙。重苦しい無言の間が流れる。まるで気圧すら変わったようだった。この事態にどう反応が返ってくるのか三人には予想も付かない。なぜなら自分の指示を造形物である神造体、天羽によって否定されたのだ。しかもこのような形で。その結果呆れが出るか怒りが出るか。三人は緊張し目線はじっと床を見つめ身動き一つ取れない。唾を呑み込むのも躊躇われる。物音一つ立てただけでしまったと心臓が跳ねそうだ。

 そんな心身を削られる思いに晒される。

 そこでようやくイヤスが口を開いた。だが、実際に沈黙していた時間は三秒にも満たないわずかな時間だった。


「そうか、残念だ」


 悲哀(ひあい)に濡れた、けれどどこか達観(たっかん)しているような声色だった。声しか聞こえないので表情は分からないが残念に思っているのは本当だろう。寂しげな雰囲気が伝わる。


「彼は、特に気に入っていたのだがな」

「心中お察し致します。我々も同じ思いです」


 誰しもが尊敬していた。誰もが憧れていた。快活(かいかつ)さと慈愛に満ちた完璧な善性。ルシフェル。その彼が自分たちに刃を向けている。その事実に胸が痛まないわけがない。気丈にしているガブリエルも本心では辛苦(しんく)に目を伏せたくなる。

 それは天主イヤスとはいえ例外ではない。子供に裏切られた。その痛みは計り知れない。

 しかし、決断しなくれはならない。事態はこうしてる今も進んでいる。手をこまねいているわけにはいかず、選択を迫られる。

 イヤスは、決断した。


「こうなっては仕方がない」


 その一言に、三人は落胆に似た思いが過った後、それを上回る覚悟を抱いた。


「胸が痛むが、彼は倒さねばならない」


 イヤスの選択。それは対決。相手が天羽の長であろうとも敵対するのならば容赦はない。天羽の未来のために、反逆者には退場してもらう。

 これが神の意思。天主イヤスは裏切り者を倒すと、そう言った。


「はっ」


 答えは出た。決まった方針にガブリエルの脳裏ではこれからの作戦行動を高速で組み立てていく。各施設の奪還と分断された地上部隊との交信、やらなければならないことは山ほどある。それを最短で、かつ確実な道筋を模索する。

 彼女は聡明(そうめい)で冷静だ。だからこそ天羽長の代行を任されてきた。

 だが、そんな彼女でも次の展開は予想できなかった。


「しかし、それは君ではなさそうだ」

「?」


 天主イヤスから言われた一言に顔を上げる。どういうことか分からなかった。

 その時だ、この場に一つしかない扉が開かれた。外からの斜陽(しゃよう)が遺跡に差し込まれ光の中に一人の影が映し出される。

 その人物が、三人と一柱に声をかけた。


「待ってください」


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