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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
222/428

仕事の方はどうだ? 私でよければ力になるが?

 そんな彼を、宿舎の渡り廊下から遠目に見つめる一人の女性がいた。

 四大の天羽、ガブリエルだ。ちょうど渡り廊下を歩いていると聞こえてきた鳥の歌声に目を向ければ、そこに天羽長の後ろ姿を見つけ足を止めていた。花壇とは離れているが、彼ほど美しい者を見間違うことはなく、また花と鳥が彼を賛美しているのを聞き違うこともない。

 それは彼が持つ品性ゆえだ。尊敬に値する天羽であり、天羽長として申し分ない素養だ。ガブリエルは遠目に見えるルシフェルに向かい静かに会釈し、そのまま向かいの宿舎へと歩き始めた。


「行ってしまうのかい?」


 その足を、彼の一言が止めた。


「……すみません、失礼のないよう配慮したつもりでしたが。邪魔をしてしまいました」

「邪魔なんてことはないさ」


 ルシフェルはゆっくりと振り向きガブリエルを見た。彼は翼を広げ、乗っていたいた小鳥たちは飛び立った。ルシフェルは宙を浮かび彼女の目の前に着地する。


「一言声をかけてくれればよかったものを」

「いえ、ご友人たちと談話をされていたようなので。お邪魔かと」

「なるほど、それはそれで君らしいか」


 ルシフェルは少しだけ寂しそうに笑った。ガブリエルとはあまり打ち解けて会話をする仲ではなかった。会話をする機会そのものが少ないのも原因かもしれないが、彼女はこういう性格なのだろう。


「仕事の方はどうだ? 私でよければ力になるが?」

「いえ、天羽長の手を煩わせるほどのものでは。それに、これくらいのことが務まらなければ四大天羽の名が廃れますので」

「そうか。頑張っているんだな」

「いえ、それほどのことではありません。そもそも、天羽とは役割を持って生まれてくるもの。それを全うする使命と義務があります。私はそれに準じているだけです。それに、あなたほどではありません、天羽長」


 彼女の会話は丁寧だがやや固い印象がある。優秀な部下なのはルシフェルも認めているが、正直に言えばもっと距離感を縮めたかった。


「仕事熱心なのはとてもよいことだ。私もうれしいよ、ガブリエル」

「あなたからお褒めいただけるとは。光栄です」

「時に、君はどうやって息抜きをしている?」

「息抜きですか?」

「ああ。君がする楽しいことは? どんなことで笑うんだ? 君の笑顔を私は見たことが無くてね」


 ルシフェルは変に気遣っていると伝わらないよう、気さくに声をかける。


「いえ、特には」

「ないのか?」


 ただ、彼女の返答は期待したものとは違った。


「はい。必要だと感じたこともありません。私は自分の責任を果たします。それにやりがいも感じていますので。楽しむ余裕は私には不要です」

「そうか……」


 彼女の答えにルシフェルは残念そうに目線を下げた。

 ガブリエルは厳格な女性だ、他者にも厳しいが自分にも厳しい。それが彼女のいいところではあるのだが、もう少しだけ融通が利いてもいいだろう。


「しかし、そう区切るものでもないだろう。仕事をすることと楽しむ時間を持つことは両立できる。君もそうした時間を見つけてみてはどうだ? 私たちには生まれた理由はあるが、笑ってはいけないという理由はない。楽しみがないというのはそれだけで損というものだ」


 仕事だけの人生など歯車と同じだ。自分の役割を果たすだけの部品。天羽も本来はそうしたものかもしれないが、しかし機械とは違う。自分で物事を考え、楽しむ心を持つ。

 ルシフェルはそう思ってガブリエルに声をかけ、彼女は顎に手を添え考え込んだ。そのまま数秒してから口を開く。


「難しいですね」

「うーん。そう難しい話ではないはずだが……」


 考え方は天羽それぞれということか。ガブリエルは逡巡している様子だったが、けっきょく答えは出なかった。


「すみませんが、仕事の途中ですので。ここで失礼します」

「そうだったか。こちらこそ時間を取らせて悪かったね」

「いえ。それでは」


 ガブリエルは会釈し、宿舎へと入っていった。残されたルシフェルはしみじみとつぶやく。


「ふーん、難しいな」


 彼女と打ち解ける日は来るのだろうか。これも時間をかける必要がありそうだ。思えば四大天羽の面々はみな個性があるというか、クセが強い。

 元々気分転換が目的だった散歩だがどうにも怪しくなってきた。これは早々に部屋へと戻った方がいいかもしれない。

 そう考えて、行動に移す前。ルシフェルは自室とは違う方向を向いていた。


「ここからだと、遠見の池が近いか」


 ここで帰るにはあまり気分が晴れていない。最後に一つ寄って行くかとルシフェルは翼を広げた。

 宙を飛び別の島へと移る。ここより少し下の島に着地した。木々が生い茂る庭のような場所だ。

 ルシフェルは整理された道を歩いていき、洞窟の中へと入っていった。ごつごつとした固い地面を進んでいく。

 遠見の池と呼ばれるこの島には小さな池が一つある。それはただの池ではなく、そこの水面では天下界の様子を見ることができるのだ。そのため地上に降りることなく人々の姿や暮らしが見える。仕事で使うこともあるが、今回はあくまで気分転換だ。人々の幸せな暮らしを見て重くなった気分を晴らすことにしよう。

 そうしてルシフェルはしばらく歩いていくと遠見の池が見えてきた。洞窟は行き止まりとなり、ドーム状の洞窟の中央に池はあった。

 ここなら変なトラブルに見舞われることなく落ち着けるだろう。

 だが、そこには先客がいた。ルシフェルが来たことに気づいた天羽がこちらを見てくる。


「天羽長?」


 天羽は遠見の池に映っていた映像を消し、彼に会釈した。


「すみません、今退きますので」


 天羽はそのままこの場を立ち去ろうとする。


「いや、構わないよ。よければ一緒に見ていいかな?」


 そんな彼女をルシフェルは呼び止めた。一人でなければならないという理由はない。それにせっかく出会ったのだ、相手さえよければ、このまま二人で水面に映る光景を見ていたい。 

 ルシフェルは立ち去ろうとする天羽を止め、その名を呼んだ。


「ウリエル」


 呼ばれ、白髪の彼女は振り向いた。

 白い長髪が揺れる。着ている服も純白のワンピースだった。清楚さと品を併せ持ち、しかしその内向的な性格のせいだろうが、彼女は落ち着いた、弱気のような印象がある。

 それはその通りらしく、ルシフェルを遠慮がちに見つめていた。


「いえ、私は」

「これから用事でもあるのか?」

「そういうわけでは」

「では少しだけつき合ってくれ。そう時間は取らせないさ」

「……はい」


 天羽長からの頼みとあれば断るわけにはいかない。ウリエルは渋々といった感じで受け入れた。乗り気ではないのはルシフェルも知ってはいるが、こうでもしなければ親しくなれないのならば強行もやむなしだ。

 相手が誰であれ、ルシフェルは仲良くなりたいと思っていた。


「なにを見ていたんだい?」

「いえ、その」


 ルシフェルはウリエルの隣に立つ。緊張しているのかつき合いが苦手なのか、ウリエルは顔を下げ口ごもっている。

 しかしいつまでも質問に答えないというのは失礼だ。ウリエルは躊躇いがちに、今は透明な水が揺れる水面を見て言った。


「人の暮らしを」


 ウリエルは恥ずかしそうだった。一人で人の暮らしを見つめていたことが後ろめたそうに。暗い趣味だと思われるのが嫌なのだろう。

 そんなウリエルに、ルシフェルは明るく話しかけた。


「いいじゃないか。恥ずかしがるようなことじゃないさ」

「しかし」


 ルシフェルは微笑みながら水面に手をかざした。すると水面に天下界の様子が映し出された。そこには昼の時間、街の中に並ぶ露店を行き交う人々がいた。


「大勢の人が暮らしているな」


 そこに映る人々には活気があった。賑やかで、元気な姿がある。人々が平和に暮らしている光景に二人の表情は柔らかくなるが、ウリエルは少しだけ残念そうに歪めた。


「はい。ですが、ここから探し出すのが大変で」


 あくまでも今は全体を目で撫でているだけだ。それも一部に過ぎない。ここからピックアップしようとすればかなりの労力になる。ルシフェルが来るまでは、きっと一人で四苦八苦していたことだろう。

 その苦労はルシフェルにも分かる。


「なら、これでどうだい」


 ルシフェルはさらに手をかざした。

 すると、池の水に動きがあった。


「これは……」


 その変化に彼女から驚きの声が出る。

 池の水が山のように盛り上がったのだ。どんどんと水が上がり、空中に集まっていく。池の水は球体となり宙に浮かんでいた。さらに、ミラーボールのような多角面になり、その一面一面に人々が映し出されたのだ。三六〇度、そこには別々の場所が映し出されている。

 水の投影機はゆっくりと回転を始める。映像の一部は画面から飛び出し、空間に映し出されていた。


「すごい……」


 ウリエルは感嘆する。空間に浮かび上がる人々の、それも喜ばしい場面の数々が目の前を横切っていく。目移りし、ゆっくりと顔を動かしていく。

 その顔は、まるで純粋な乙女のようだった。


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