狂信化
「言ってくれるわ。こっちは穏便にこと済まそうと頑張ってたんだけど、今のは私の信仰を否定する発言だわ。撤回するか、さもないと」
加豪がゆっくりと銀二に近づき、戦意を充満させた目で睨みつけた。
「力づくで後悔させるわよ?」
「おおっ!?」
いや、なんでお前がやる気なの!?
加豪からの挑発に全員が敵意丸出しだった。それでも加豪はやる気満々で「やれるものならやってみなさい、返り討ちにしてやるわ!」と望むところよという感じ。すでに加豪対銀二たちといった具合ですっかり喧嘩モードになっている。ていうか。
「あのー!」
片手を上げながら入り込む。
「なんでお前らがやる気満々なんだよ!」
俺いつの間にか蚊帳の外なんだけど!
「すっこんでて神愛。これはもう私とこいつらの喧嘩になったの。あんたは関係ないからどっか行っていいわよ」
「はああああ!?」
なんだそれ!? なんで俺とこいつらの喧嘩がお前のものになってんだよ!
「ふざっけんな! 後から来たお前になんで俺が指図されなきゃならないんだよ! お前が部外者だろうが!」
「あんたねえ、今のやり取り見てなかったの? いいからあっち行ってなさいよ!」
加豪は言い捨てると背を向けた。なんていうかアウト・オブ・眼中ていう感じ。
いいよいいよ、そっちがその気なら俺だって好きにするよ。
「あー、そうかいそうかい、分かりましたよ。加豪さんは人の喧嘩を横取りするほど喧嘩が大好きみたいだ。頑張ってね。ほれ、丸腰の相手だ。お前の得意な刃物ちらつかせて脅してやれよ、あれは効果的だぜ?」
「あんたも根に持つわね~!」
すると加豪が振り向いた。苛立ちを露わにしてるが、んなもんお前のせいだうが。
「当たり前だろうが! 子供の喧嘩に長物なんか持ち出しやがって、頭おかしいんじゃねえか!?」
「あれは! あんたが口で言っても聞きそうになかったし、下手に殴り合っても仕方がないから私なりに無傷で収めようと、別に喧嘩が好きとか頭がおかしいわけじゃないわよ!」
「頭がおかしい女はみんなそう言うんだよ」
「ああ!? さっきからいい加減なこと言わないでくれる!?」
「オウイェ~。なら話を整理するぞ? 君はぁ? 子供の喧嘩を終わらせるために刃物をチラつかせて脅してくるだけの、至って、普通な、女の子だよ~。ハッ、これで満足かよ刃物女」
「はあああ!? いい度胸してんじゃない、表に出なさい、速攻で叩き潰してやる!」
「すでに表だバーカ!」
俺と加豪で睨み合う。額が触れそうな距離まで顔が近づき、視線をぶつけ合った。
そんな俺たちに銀二が近づいて来る。
「おい、お前ら俺たちを無視して――」
「「うるさい、引っ込んでろ!」」
「ひっ!?」
二人同時に邪魔な銀二を怒鳴りつける。あまりの迫力に短い悲鳴が上がっていた。
その後俺たちは視線を戻すが、しばらくしてどちらからともなくスーっと顔を退いていく。
「まあいい、お前との決着は後だ」
「そうね、まずは片付けるのが先か」
と、互いに方針を確認し合って。
俺たちは並んだ。互いの敵を倒すべく、今まで睨み合っていた瞳が同じ方向を向いたのだ。
挑む姿は勇猛果敢。片や威風堂々。共通の敵を前にして、かつては喧嘩した者同士が共闘する。
「来いよ信仰者、神様に泣きつく用意はいいか?」
「琢磨追求は強くなることが目的だけど、それは誰かと比較して優位になることじゃない。己を鍛えろ」
負ける気など微塵もない。勝利を信じて疑わぬ意思で、俺たちは連中と対峙した。
「くそ、ふざけんなよ、こんなッ……! 舐めやがって!」
俺たちの態度に銀二が怒り心頭している。だが、言葉とは裏腹に声は震えていた。虚勢を必死に張っているが今にもメッキが剥がれそうだ。
「負けてたまるか! 強く、強く、もっと強くぅう!」
しかし、余裕で構えていたが銀二の上げた一声で雰囲気が豹変した。銀二は頭を抱え大きく体を振り始めたのだ。
「どうしたんだこいつ?」
銀二は狂ったように全身を動かし奇声まで出し始めた。かなりやばい雰囲気だ。
そこで加豪が叫んだ。
「こいつ、まさか『狂信化』してる!?」
「おい、なんだよ一体!?」
狂信化。聞いた事がない、どういうことだ?
「信仰心が自制心を超えたのよ! 信仰心が暴走して、理性が働いてない。その分信仰心が無秩序に増大するけど、とても危険だわ!」
耳をつんざく大声はもはや獣のようで、悪い何かに憑りつかれているようだ。暴れる勢いで銀二は叫ぶが、途端に片手を前に翳した。
「我が神リュクルゴスよ、我に力を貸し与えたまえ。至上の神理に、我が心を捧げん」
それは詠唱。神託物を出現させる時特有の準備動作。
「神託物、招来!」
銀二は現れる光の像を手に掴み信仰心を実体化させる。
「三牙槍!」
銀二は神託物を手に取った。そこにあるのは矛先が三つある長槍。刃が十字になっている。さらには刃を青い炎が覆っていた。
「強くならなければならない! 誰よりも強く! 俺より強いものなどあってはならない! 死ね、俺以外が死ねば、俺が最強だぁ!」
見開かれた瞳はもはや誰も見ていなかった。目につく者から襲い掛かり、仲間だろうがお構いなし。身近にいたというだけで斬りつけていく。
銀二の狂態に仲間は悲鳴を上げて逃げ出していった。
おい、かなりやばいんじゃないのか!?
銀二は逃げる仲間を追おうとはせず、今度は俺に向かって襲いかかって来た!
「死ねぇええ!」
くッ!
「雷切心典光!」
「加豪!?」
迫る十文字槍の刺突。それを止めたのは、横から入った加豪の雷刃だった。
「離れてなさい神愛! 本当に危険だわ!」
「でもそれじゃお前が!」
「私はいいから!」
俺の心配を払い除け加豪が銀二の前に立つ。俺を庇う形で、瞳には加豪の力強い背中が映っていた。
「シネエエエ!」
銀二は叫ぶと槍を構える。乱暴な言動は自意識があるのかも疑わしい。
「自分の弱さを認められないなんてッ。琢磨追求の一人として言うわ。あなたは間違ってる!」
信仰が暴走している銀二に加豪は吠えた。神の力を握る両手は力強く、目の前の狂信者に刃先を突き付ける。
両者の神託物が並ぶ。そして、激闘の火蓋が切られた。
加豪の剣撃と銀二の刺突が交錯する。舞台は渡り廊下の外、校舎間の固い地面に移る。剣風と熱波が空間をかき混ぜ炎熱と雷光が乱舞する。木々が大きく揺れ地面が焦げた。電撃の破裂音は離れていても凄まじく、鼓膜を太鼓のように叩いてくる。
「加豪!」
心配から声を掛けるが加豪から返事はない。それどころではないのは見て分かっているのに、なぜか口が動いてしまう。
「くそ、どうする!?」




