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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
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ミルフィア、手を貸してくれ。あれを破壊するには俺だけじゃ無理だ。お前の力がいる

「主ー!」


 すると背後からミルフィアの呼び声が聞こえ立ち上がりながら振り返る。


「主、ご無事ですか?」


 二人の激闘によって荒れ果てた地面を器用に走りミルフィアは神愛の前に現れた。


「ああ、見ての通りさ。こいつも眠ってるだけで無事だよ」


 言われミルフィアも横になる恵瑠を見た。


「恵瑠……、そうですか」


 ホッと一息。ミルフィアは目を瞑り胸に手を当てる。神愛のことを信じてはいただろうが戦いの結末がどうなるかまでは分からない。彼女なりに心配していたが、こうして決着がついて安心している。

 ミルフィアは瞳を開けて微笑んだ。


「勝ったんですね」


 青い瞳が愛らしく見上げてくる。


「当然だろ?」


 ミルフィアの雰囲気に合わせ神愛は余裕っぽく笑ってみせる。実際にはどちらが勝ってもおかしくなかったが。もし神愛に恵瑠を助けるという思いがわずかに届かなければ神化が追いつかず敗北していただろう。

 けれど勝った。こうして無事にミルフィアと会えたことを嬉しく思う。

 そして、本当の決着はまだ終わっていない。


「そんじゃ、そろそろ終わらせないとな」


 神愛は振り向き上空を見上げた。先の一撃で青色を描く上空、そこに浮かぶ巨大な扉を。わずかに開かれた隙間からは今も天羽の部隊が流出している。


「あれを止めないとこの戦いは終わらない。なにも解決しない」


 神愛は右手を丸め胸の位置まで持ち上げる。


「この戦いにはいろんなやつの思いが詰まってる。俺の、みんなの。大事な思いが。だけど、相手は無限の天羽だ。このまま戦っててもキリがねえ」


 このまま長引けば地上はいずれ天羽に覆い尽くされてしまう。人々は破れいつしか天羽の支配の下生きることになる。戦争も飢餓もない、同時に夢も希望も持てないそんな世界へと。


「俺は嫌なんだ。俺はもっとあいつらと一緒にいたい。馬鹿なことしたり遊んだりしたいんだ。当然ミルフィアともな」

「はい、私も同じです。主」


 視線を動かせば彼女もまた力強い眼差しで応えてくれる。戦争を無くすこと。平和な世界にすること。それは素晴らしいことだし大切なことだ。でも、それで生まれる犠牲に耐えられない。一緒にいること、自由に遊ぶこと、笑い合うこと。

 彼女たちと過ごす未来を奪われたくないから。


「ミルフィア、手を貸してくれ。あれを破壊するには俺だけじゃ無理だ。お前の力がいる」


 神愛はミルフィアへと手を伸ばした。二人の目的を、ここで戦っているみんなの思いを叶えるために。強大な天羽の軍勢を打倒するため。

 この戦いに、決着をつける。


「主」


 神愛の真剣な眼差しと共に差し出される手。その手に彼女は優しく手を乗せた。彼の意思に賛同して。彼の気持ちに応じて。ミルフィアは小さく笑い、己の全身全霊を誓う。


「はい、あなたがそれを望むなら。私は、ずっと主のそばにいます」


 彼のそばにいること。彼のためになること。彼と共に目的に向かえる幸福に包まれる。

 これから先の未来で自分がどのように関わっていくのか。それは分からない。ただ彼のためにありたいと願ってる。それを阻むものがあるのなら容赦はしない。

 彼のそばにいることが彼女の望みであり幸せ。

 彼と一緒にいる未来を奪うことを、ミルフィアは認めない。

 だからこそ。

 進むのだ。

 未来永劫、彼のそばで仕えるために!


「戦いましょう、二人で」

「おう」


 二人は手を取り合った。天羽の管理による平和? そんなの願い下げだ。

 自分の未来は自分で決める。それを邪魔するものは踏み潰す! 神が創った世界を土足で荒す者たちを成敗するために。

 神が目覚める時だ。


「「憑依形態(デュエット・モード)!」」


 二人の声が天高くに届く。彼女が黄金の粒子となって姿を再構築していく。服装は純白のコートにミニのタイトスカート。コートには五つの黄色のボタンが二列に並び胸元には赤いリボンが咲いている。膝上まである白のブーツに足を通し、ミルフィアは新生していた。姿は半透明ではあるがその神聖は比べるもののない、正真正銘の神の傑作だ。

 そして神愛も姿を変える。学園の制服は白のロングコートと長ズボンに変わった。前はコートを折り重ねボタンで留めてある。

 ミルフィアは浮遊し神愛の背後に立つ。後ろから見ればミルフィアの姿が透けて神愛の背中が見える。

 ここにいるのは神と神造体。神気一体となり至高の存在が地上に降り立つ。規格外の神格に大気は爆発しオーラはこの街全域へと伝播していった。ここで争う者たちは知る。今、とてつもない何かが生まれたのだと。

 それは当然、サン・ジアイ大聖堂にいるミカエルにも伝わっていた。座っていた椅子から立ち上がる。なによりこの場所を覆う五次元結界が消えていく様を信じられない目で窓越しから見つめていた。


「馬鹿な……」


 地上から空まで伸びる光のベールが消えていく。それは自分を除く四大天羽の敗北を意味していた。


「負けたのか?」


 ミカエルの胸を驚愕が打ち抜く。サリエルとウリエルはともかくとして、ラファエルやガブリエルは万全の状態だったはず。実際にガブリエルは破れたわけではないが、それにしても、五次元結界の崩壊はまったく予想だにしていないことだった。

 彼らが負けるなど、信じられない。

 表情からは余裕が消えていた。勝利を確信した戦い、天界の(ヘブンズ・ゲート)が開いた時点で決着済み、しょせんは消化試合だと思っていた争いがここにきて急展開を迎える。

 さらに今しがた伝わってきた濃密な神気。全宇宙すら覆い尽くして余りあるオーラを一点に収束したかのような、膨大という言葉でも言い足りない圧倒的な存在感。


「くっ」


 ミカエルは確信する。こいつをなんとしなければこの戦い、負けるのは我々だと。そしてこのオーラ、感じたことがある。


「イレギュラー……!」


 侮蔑を込めて、怒りを込めてその名を口にする。

 イレギュラー、宮司神愛。間違いない、やつだ。どうやってこれほどの力を身に付けたかは分からないがあの男なのは疑いようがない。

 五次元結界が破れた今、要の天界の(ヘブンズ・ゲート)は無防備にその威容を晒している。このままではあの男に破壊までされてしまう。

 もう、傍観しているだけで勝てる戦いではなくなった。


「残念だよ」


 つぶやかれた言葉は本心だが皮肉った響きは一切ない。あるのは目前に控えた戦いに挑む全力の戦意だ。

 ゴルゴダ美術館広場で立つ神愛は天界の(ヘブンズ・ゲート)を見上げ浮上していった。足が地面から離れ猛スピードで目標へと飛んでいく。ゴルゴダの美景を支える白い建物群を一瞬で抜き去り街の中央にて頭上、中心部へと現れた。

 人々は見上げた。羽を持つ者たちでさえ驚愕の眼で彼を見る。彼が放つ黄金の粒子は今や街の全域へと降り注いでいたのだ。まるで雪のように。気づかぬ者などいるはずがない。この光景に戦うことも忘れすべての者は見上げていた。


「これは、いったい……?」


 街道の大通りで天羽と戦い続けていた聖騎士ペトロも困惑の表情で降り注ぐ黄金の粒子を見ていた。手をかざし粒子を手のひらに乗せてみる。瞬間だった。光に触れた途端、傷は癒え痛みが退いていったのだ。


「これは?」


 奇跡の光だ。勝利へと導く栄光の光が地上を満たしていく。

 ペトロだけでない。天羽に囲まれながらも戦っているヨハネや彼と共に戦うヤコブもその恩恵に驚いていた。


「なんだ、これは?」

「この光は」


 これに見覚えがあるヨハネは頭上を見上げるとその口元を持ち上げた。

 その光は大勢の天羽の身動きを封じながら自身も戦っていた神愛の母、アグネスにも届いていた。長年のブランクもあり心身疲れ果て、額には玉のような汗を浮かべ苦悶の表情を浮かべている。もともと戦闘経験自体が少なく病み上がりの体だ。それを神愛への思いだけで奮い立たせてきたが限界がきていた。天羽の小隊が迫るが精神操作が間に合っていない。

 やられる。アグネスは覚悟を決めた。

 が、そこで彼女の体に黄金の粒子が舞い降りた。体の負担はなくなり気持ちまでもがフッと軽くなる。


「え」


 突然の事態に驚くがそれも一瞬。力を取り戻し迫る天羽たちの動きを止める。疑問はあるがそれは後、今は目の前の戦いに集中しアグネスは戦闘を続けていった。しかし、頭のどこかで感じていた。


(神愛。あなたなの?)


 関係性などどこにもないのに、アグネスは不思議とこの光に息子の気配を感じていた。

 大通りで戦う加豪と天和も神愛の黄金の粒子に気づき頭上へと視線を上げていた。


「これは?」

「宮司君のね」


 二人は一度体育館でこれと同じものを見たことがある。だからこそ分かる。この光が降ってくるということは、


「神愛、やったんだ」


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