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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
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なんだよ恵瑠、ずいぶんと危険なものを隠してたじゃないか。必殺技はピンチになってからしか使わないのか?」

 さらに、強化の属性は妨害の威力をも強化し、その呪縛はさきほどよりも飛躍的に上がっていた。

 ウリエルは神愛から離れた。

 それを、神愛は逃さない。


「はあ!」


 神愛がウリエルに向け右手を伸ばす。それに合わせ黄金の光がウリエルに伸びた。彼女に纏わりつき十字架のように固定したのだ。


「く!」


 油断した。敵対行動に対し自動的に反応するだけでなく、遠隔操作もできるのか。振り払おうとするもすぐには出れない。


「うおおおお!」


 神愛は走り出した。相手は身動きを封じられている、さきほどの意趣返しだ。

 神愛はウリエルの前に立ち両手で殴りつけていく。何度も何度も、高速で打ち出される拳がウリエルを叩く!


「ンンンンンンンンン――オラぁ!」


 最後に大振りの一撃を打ち付けた!


「がああ!」


 神愛の最後の一撃は妨害の光ごと破壊しウリエルを吹き飛ばす。彼女の体が地面に叩き付けられ転がっていく。


「まだだ……まだ……」


 ウリエルがゆっくりと起き上がる。その表情は苦悶を浮かべダメージが積もってるのが分かる。しかしその意志は未だ健在。折れていない。尽きていない。

 彼女の想いはまだ、神愛を救うと諦めていない!


「私はまだ、負けていない!」


 ウリエルは浮上した。左手を天に掲げ、そのさきには破滅の火球が浮かんでいた。さきほどよりも大きい、全長二メートルはあるか。その熱と放射能に駅周辺の草花は全滅する。


「私は負けない! 負けたくない!」


 けれど、その熱にも負けない想いが叫んでいた。


「君を、失ってたまるかぁああ!」


 破滅の星を希望に変えて。

 救済の祈りを戦意に変えて。

 投げる。失いたくないと叫びながら、本気の攻撃を打ち下ろす。

 彼女の想いは届くのか――


「オラぁ!」


 神愛殴り返す!


「ふん!」


 それを叩き返す!

 二人の間で火球が行き来する。


「オラぁ!」

「ふん!」

「オラぁ!」

「ふん!」

「オラぁ!」

「ふん!」

「くたばれぇえ!」

「がああああ!」


 打ち負けた。火球はウリエルに命中し吹き飛んでいく!

 自身が作り出した破壊力に大きく飛ばされる。空中を十数キロ飛んでいるが勢いはまったく止まらない。

 そのまま落下していき、たどり着いた場所はゴルゴダ美術館前広場。最初の場所に戻ってきた。

 神愛も上空から着地する。ウリエルが墜落した場所は陥没し煙が上がっていた。スタっと地面に足を乗せ煙の先を見つめている。


「ぐ、うう……」


 煙の中に影が見える。煙は晴れ、ウリエルは苦しそうな表情で立っていた。剣先は下を向き反対の手を肘に当てている。

 これまでの戦闘で負ってきたダメージは大きい。ここは畳み掛け決着を付ける。神愛はすぐに走った。助走をつけ勝利に向かい突き進む。

 黄金を纏う拳がさらに輝く。

 神愛の勢いは止まらない。二人で交わした約束を叶えるまで。

 しかし、

 ついに、

 現した。


「無価値な(ファイラ・オブ・ノーライフ)!」


 目の前に噴出する青白い猛炎に神愛の足が止まった。直感で感じ取る、これはまずいと脳が警報を鳴らした。神愛はすぐに後退する。


「なんだ?」


 見たこともない炎に眉間にシワが寄る。分からないが全身があれを拒絶している。

 青白い炎は神愛とウリエルを隔てるように出現していた。その炎は他の炎をすら燃やし尽くし、触れた地面すら抉られたようになくなっていた。まるでゼリーをスプーンですくったようにそこだけ地面がなくなっている。あり得ない。どれだけ高温であろうともこうはならない。

 それで理屈は理解できないが意味は理解した。

 あれは、触れたものを即座に消滅させるものなのだと。


「なんだよ恵瑠、ずいぶんと危険なものを隠してたじゃないか。必殺技はピンチになってからしか使わないのか?」

「これは、使いたくなかった……」


 神愛の軽口にウリエルは疲労の溜まった声で応える。姿勢も前屈みになっている。八枚の美しい羽も疲れたように下がっていた。


「これは、手加減ができない。触れたものをすべて消してしまう」

「だと思ったよ。文字通りの必殺技か」


 厄介なことこの上ない。攻撃面でも防衛面にしても触れてはならないという無価値な炎は。迂闊に近寄ることが出来ないのはもちろんのこと、離れたところで狙い撃ちにされる。ジリ貧だ。

 ウリエルは姿勢を正した。下がっていた羽も持ち上がる。表情は痛みに引き攣っていたがその眼差しには炎が宿っていた。


「私は負けない! 絶対に!」


 ウリエルは歩き出した。割れた地面を踏みつける。

 青い炎が彼女の周りを覆っていく。腰まで伸びる高さで燃え盛り段々と勢いを増していった。まるでウリエルの戦意と呼応するかのように、その高さを上げていく。

 ウリエルは壊れた地面から離れた位置で立ち止まった。


「神愛……」


 つぶやかれた名前はなにを意味していたのか。真剣な響きで吐かれた声にはしかし悲しげな色があった。


「私だって、本当は……!」


 彼女の唇が震えた。無価値な(ファイア・オブ・ノーライフ)を出した以上決着の時は近い。一撃で勝負が決まりかねない。

 終わりの予兆を前にしてこれが最後のやり取りになると悟ったか、ウリエルの本音がこぼれた。


「私だって……!」


 それは戦意の隙間から、決壊した洪水のように現れた。


「君と一緒にいたいよ!」


 言った。飾らない思いを。何度も口にした言葉を、最後の最後で今一度言う。

 まるで泣きそうな目で。泣きそうな声で。


「ずっと、ずっと。君と一緒に! これからも!」


 片手を胸に当て、必死な表情を神愛に向ける。そこに伝説とまで謳われた天羽の恐怖はない。少女と変わらない純粋な瞳だった。

 その目が下がる。変えられない現実に屈するように。

 変えられないのだ。今も曇天の下、ゴルゴダでは人類と天羽が争っている。この戦いを止めることも、ミカエルの野望を止めることも不可能だ。

 天羽は無限。目的を果たすまで終わらない永遠の戦奴。無限を前に、戦況を変えることは出来ない。

 故に、ウリエルは諦観の中必死の抵抗を続けていた。


「だけど。無限の天羽軍は止まらない……。そして、このままだと君はミカエルに殺される。無限の天羽と共に。そんなのは、絶対にいやだ……。いやなんだよ、神愛……」


 胸が引き裂かれるような思いが伝わる。自分を友達だと言ってくれた大切な人。なによりの宝物。それを失いたくない。それが死別など、想像しただけで涙が零れる。

 死んでほしくない。望みはそれだけ。他はなにもいらない。一緒にいる未来もなにもかも、すべてを諦めてもいいから。だから。

 神愛にだけは、死んでほしくない。


「負けねえよ!」

「神愛……」


 そんな彼女の諦観を、神愛は真っ向から否定した。

 ウリエルは顔を上げる。そこには激情を露わにし、ウリエルを見つめる神愛が立っていた。


(なぜ?)


 その姿勢に、ウリエルは胸の中で聞いていた。


(どうして、諦めない?)


 神愛は諦めていない。伝説の天羽を前にしても。無限の天羽を敵にしても。彼女が諦めたすべてを。

 彼女と一緒にいるという未来を、諦めていない!

 だからこそ!

 叫ぶのだ!

 進むのだ!

 心の底から望む、希望が差す未来へと!


「死んだりしない! お前のそばにずっと居てやる! 何度でも言ってやるよ!」


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