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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
214/428

どうした、その程度かよ恵瑠。お前はもっと強いんじゃないのか? そんなんじゃ俺は止められねえぞ?

「神愛」

「ん?」


 そこでウリエルに声をかけられる。改まって聞かれ、神愛は振り向いた。

 ウリエルは、神愛を見つめていた。


「君と出会えて、本当に良かった」


 優しい声と優しい顔で。ウリエルは、炎に包まれた戦場で微笑んでいた。

 きれいだった。それは儚い線香花火のような、細く繊細な雰囲気だった

「ったく、なーに最後の別れみたいなこと言ってやがる。俺たち、これからだろうが」


 でも、神愛は認めない。ウリエルがなにを諦めようとしていても、自分だけは決して諦めない。ウリエルに理想があるように、神愛も求める日常を取り戻すまでは。


「いくぜ恵瑠、俺の全力を見せてやる」

「来い。それでも私が勝つ!」


 友との語り合いはこれまでだ。久々の再会に興じるのもここでお終い。

 これからは倒すべき相手。互いに望む未来を手にするため。

 友としての時間は泡沫のように消え、空気は再び戦意に震える。


「我が名はウリエル! その誇りに賭けて、君はこの場で倒す!」


 ウリエルは片手を上げる。すると曇天からいくつもの火球が降り注いできた。まるで隕石の襲来だ。衝突に建物は砕かれ破片が街に四散する。災厄だ、街ひとつ壊滅させんほどの大災害がこの場を襲う。これは世界の行く末を決める大勝負、空も大地も荒れ狂う。

 その中を、神愛は走っていた。天から降り注ぐ建物の瓦礫、地面は爆撃のように飛び散りひどい有様の中を。


「うおおおおお!」


 ウリエルに接近し拳を打ち出す。渾身の一撃。しかしそれはウリエルの刀身に防がれた。押し付け合う力に黄金の火花が散っていく。気炎の声を吐きながらいくつもの拳を振るい、ウリエルは華麗な剣技で拳を逸らし、もしくは受け止めた。

 彼女の振るう剣、それは剣術から芸術の域だった。洗練された力と技。計算された型と研磨された心は合一し彼女を炎の剣へと変えていく。神愛の妨害を一身に浴びながらも剣技に衰えは見えない。

 対して神愛の戦い方はまさにケンカ戦法だ。路上で行うものと変わらない。力任せに殴る、蹴る、技術も減ったくれもない。ただ強化した体で戦うだけ。それで駄目ならさらに強化して殴る。神愛らしい単純な戦法だ。だが、だからこそ強い。無限に強化されるその肉体は彼自身の想いと連動してどこまでも強くなる。

 相手の強さは関係ない。自分の想いが神化となり、相手の強さを上回れるかどうか。

 神愛の勝負はいつだって自分との戦いだ。

 ウリエルが剣を上段から振り下ろす。高速かつ力強い一撃。しかし神化を得ている神愛は体を横にずらした。見える。まるでスローモーションのように。次に横一閃の大振りがくる。それを背中を反って躱した。三撃目は強烈な突きだ。体ごと打ち込む片手突き。一点に収束された力が迫る。

 その脅威を前にして、神愛は同時に一歩前に出ていた。相手の技に怯まず前に出るのは誰にでも出来ることではない。体を剣線から外し、ウリエルの伸びきった腕を捕まえた!


「おらあ!」


 もう片方の手でウリエルの肩を掴み、彼女の腹部へ膝蹴りを行う。


「ぐ!」


 その威力にウリエルの体が浮いた。

 神愛はウリエルの腕を掴んだまま自分の体を回転させ彼女の腕を捻ると、彼女を回した。神愛の周りをウリエルが早足で歩く。神愛は手を離すもウリエルは体勢を整えられず、その隙に神愛は大振りの回し蹴りでウリエルのこめかみを蹴り飛ばした。強烈な蹴り技にウリエルはゴルゴダ美術館の入り口へと突っ込んでいく。扉のガラスが割れ中へと消えていった。


「どうした、その程度かよ恵瑠。お前はもっと強いんじゃないのか? そんなんじゃ俺は止められねえぞ?」


 神愛が両手を広げ挑発する。

 その直後だった。ゴルゴダ美術館の入り口すら覆う炎が噴き出し、その中からウリエルが飛び出してきた。剣を構え、飛んだまま神愛に打ち付ける。神愛は両腕を交えガードした。


「ぐぅう!」


 神愛の両足が地面にめりこんだ。


(マジかよこいつ!)


 ウリエルの剣は妨害の黄金に阻まれ神愛の体には当たっていない。そのため体は切れていないが、問題はその衝撃だ。斬撃はないがその剛剣、山すら砕かんほどの威力が体に響く。華奢な体からは到底想像も出来ないが彼女の神化は超越者(オラクル)だ。弱いわけがない。神化された神愛の体でも、一撃一撃が鉄バットで打ちのめされるように痛む。ガードした両腕が痛みに震える。

 ウリエルは着地すると次々に剣を打ち付けてくる。速い。神愛は前をボクシングガードするも体がよろめく。


「はああああ!」


 そこへウリエルは突きの連撃を打ち込んできた。その速度はまるでマシンガンだ。腕に感じる衝撃がまるで同時、点ではなく面のように痛む。今どこを突かれたのかも分からない。ウリエルの連撃に身動きが取れず、その間にウリエルは突きをしている腕を引いた。大きく溜め、最大の一撃を放つ。


「ちぃいい!」


 その威力に今度は神愛が吹き飛ぶ番だった。両足が地面から離れる。すぐに両足をつけさらに片手を地面に突き刺す。それでも勢いは止まらず、神愛の体がひと回転してようやく止まった。


「このぉ!」


 神愛は走った。今のお返しをせんと離れた距離を勢いよく走る。


「ファイヤーウォール」


 それを阻まんとウリエルは片手を小さく上げた。地面から彼女を囲うように炎の壁が噴出する。二人を隔てるように。それはいくつも現れた。あらゆるものを阻む猛熱が近づくことすら許さない。

 が、


「ワンツー! ワンツー! ワンツー!」


 神愛の左ジャブ、右ストレートが次々に炎を打ち消していく。


「なにッ?」


 数千度の壁をいとも容易く突破してウリエルの前に現れる。神愛は左手を振るい、ウリエルは剣で防御の構えを取った。


「デス――」


 神愛の左アッパーが刀身と激突する。強い。ガードが崩される。それだけでなく体が浮かんだ。


「トロイ!」


 その無防備な体へ、背中まで振り被った右ストレートを叩き込む。

 ウリエルの体はまたしてもゴルゴダ美術館へと激突していった。建物の三階に吸い込まれるように消えていく。建物が壊れる豪快な音がなる。しかしそれだけでない。建物を貫通してさらに奥へと飛んでいったのだ。


「ふん!」


 神愛は後を追う。両足に力を入れ、一回の跳躍でウリエルが激突していった三階までジャンプする。破壊された建物の入り口に着くと、反対側の壁が空いているのでそこへ走る。ゴルゴダ美術館の裏の先は庭園になっていた。それはラファエルが守護していた結界の支点の場所でもあった。そこにウリエルの姿を見つけ神愛は飛び出す。その跳躍の飛距離といったらもはや飛行のレベルだ。今の神愛なら高層ビルでも飛び越えていける。

 ウリエルは神愛に殴られ数百メートルも吹き飛ばされていた。起き上がったばかりか剣を地面に突き刺し顔が下がっている。そんなウリエルの頭上から、神愛は拳を振り下ろさんと降下していく。


「終わりだぁ!」


 これが決まればトドメの一撃だ。


「くっ!」


 神愛の襲撃にウリエルが顔を上げた。すぐに体を起こす。そして四枚の羽を動かした。羽の先を前に出し、それぞれが神愛の手足に巻き付いた!


「なに!?」


 白い羽がツルのように巻き付き動きを封じる。神愛は空中に固定されてしまった。

 ウリエルの残りの羽が地面に突き刺さる。それは彼女の体を支える杭であり、ウリエルは左手で右手首を掴み、右手を神愛に向けた。手の平のさきでみるみると炎が膨れ上がっていく!

 神愛はもがくが振り解けない!


「倒れろぉおおお!」


 逃れられない神愛へ、ウリエル渾身の爆炎が放出された。反動が羽を伝って地面を砕く。


「があああああああ!」


 全身を覆う業火、魂を焼却するほどの炎熱が襲う。それはウリエルの羽の先を一瞬で燃やし尽くし、神愛ははるか彼方へと飛んでいった。

 神愛は飛んでいく、文字通り空を飛んでいた。体の上には黒い雲、体の下には街の建物が見える。

 ウリエルは灰になった羽の先をすぐさに復元し、地面に刺していた剣を引き抜いた。そしてその場から姿を消す。

 空間転移によって神愛の頭上に現れ、両手で握った剣を振り下ろす!


「ぐぅう!」


 なんとか両腕でガードするが神愛は急降下、地面に落下した! 衝撃に爆音が起こる。


「なんだ、なにが起こった!?」「何事だ!?」


 そこはゴルゴダ軍と天羽軍で大混戦のサン・ジアイ大聖堂前だった。突然空から落ちてきた神愛に周りが騒然としている。

 神愛は煙が舞う地面から起き上がる。落下の衝撃で地面は砕け瓦礫の上に立ち上がる。

 見上げれば、空からゆっくりとウリエルが降下してきていた。


「ウリエル様?」「ウリエル様だ!」


 彼女の登場に天羽たちからも声が上がる。

 この場で一番の激戦区に現れた二人に人も天羽も驚いていた。みなが彼らに注目している。

 その中で、二人は激突した。

 全力で行われる拳と剣のぶつかり合い。その衝撃が生む空気の渦に騎士と天羽が吹き飛ばされる!


「ぐあああ!」「離れろ! 危険だ!」「退避ぃ! 退避ぃ!」


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