そのどれもが大切な人たちだ。その絆の中には、お前だっているんだよ!
神愛はヴァルカン美術館の敷地を走っていた。ついに目的地に到達したのだ。あとはもう邪魔はない。このまま進んでいくだけだ。
不安はない。あるわけがない。
これだけ多くの仲間に支えられ、応援されているのだから。
神愛は走る。そこにいる、もう一人の仲間を目指して。
そして、ついにたどり着いた。
ヴァルカン美術館の入り口前広場へ。神愛は広場中央へと姿を現す。今まで多くの困難があった。大勢の天羽に阻まれて。
その度に、たくさんの仲間たちが助けてくれた。両親が、ヤコブが、ヨハネ先生が、ペトロが、加豪が、天和が、そしてミルフィアが。ここにいるのは一人の力じゃない。みんなの力だ。みんなが紡いでくれた想いのバトンで神愛は今ここにいる。
達成したのだ。不可能に近い困難を。
それに、彼女は驚いていた。
彼の登場をウリエルは階段のある入口前から見下ろしていた。彼の姿に驚きを隠せない。
「馬鹿な……」
ここに来るまで立ち塞がった天羽の数は百や二百ではない。それがこうして現れたこと。
なにより、彼女は戸惑っていた。
「どうして……」
彼の登場そのものに。
ウリエルは神愛を見下ろす。神愛も彼女を見上げた。暗雲立ち込める広場での対峙は再会した友人のものとは思えない。真剣で、緊張感の漂う雰囲気だ。
その中でウリエルは聞いた。聞かずにはいられなかった。
「どうしてここに来た? なぜ!?」
そう、ここに来た手段などもうどうでもいい。どうやって来たかなど問題じゃない。
知りたいのは、何故来たのかということ。
ウリエルは言った。彼に。
もう友達ではないと。
会いたくないと。
攻撃して、非難して、それでも信じてくれた彼に炎を浴びせて。
嫌われて当然なのに。憎まれて然るべきなのに。
なのにどうして。
「君になんか会いたくなかった。会いたくなかったのに!」
ウリエルは叫ぶ。神愛を睨んだ。
言葉も、攻撃も、すべて心の痛みに堪えて行った。涙を呑んでしたことだった。
神愛がここに来れば、ミカエルに殺される。天羽軍に処刑される。彼を救うにはここに来ては駄目だった。だから自分は気持ちを殺して彼を裏切ったというのに。
「なのに何故来た!?」
ウリエルは叫ぶ、想いを込めて。全力で神愛を非難した。あれだけ悲痛に耐えたのに、これでは水泡だ。すべて無駄になる。彼を裏切った痛みも、彼を救おうとしたこともすべて。終わってしまう。
「君がここに来れば、殺される……」
ウリエルは俯いた。こうなってしまえばもう手遅れた。約束通り神愛は処刑されるだろう。彼を救うということはここで潰える。
そんな彼女に、言うのだ、全力を込めて。
「やられねえよ!」
神愛は叫んだ。ウリエルを見上げて叫んだ。
「俺とお前の邪魔をする奴なら、誰だろうが倒してやる! 俺は絶対に諦めねえ!」
想いの籠った言葉だった。気迫のある声だった。
神愛は熱い視線でウリエルを見上げながらも、落ち着いた様子で話し出した。
「ここに来るまで、いろんなやつに助けられた。いくつもの絆があって、俺は今ここにいる」
ここに来るのを手伝ってくれた仲間たちへ、神愛は感謝してもしたりない。温かい熱が胸に宿っている。
「そのどれもが大切な人たちだ。その絆の中には、お前だっているんだよ!」
「神愛……」
彼の言葉がウリエルに突き刺さる。彼の想いと共に胸を打つ。けれどウリエルの考えは変わらなかった。
「……無理だよ。もう遅いんだ。ヘブンズゲートは完全に開く。どうしようもない」
「そんなことはない!」
弱気なウリエルに神愛は言うが、それでも神愛にどうにか出来るとは思えない。
「ここから逃げるんだ」
ウリエルは退避を進めるが、神愛は動かない。
「出来ない。お前を連れ戻すまで、俺は絶対にここから離れない!」
頑なに。どれだけ言われても退く気はない。
それがウリエルには分からない。
「どうして……? 殺されるって言ってるの! 神愛は天羽軍を甘く見ている! 止められない、君だって止められない! だから逃げてって言ってるの、なんでそんなことが分からないの!」
「お前を連れ戻しに来たからだ!」
「!?」
彼の言葉がウリエルの胸を貫いた。心が痺れる。まるで銃弾のように貫通し全身が痺れていく。
裏切った。傷つけた。
なのに、なのに、彼は言うのだ。
「分からず屋はお前の方だアホンダラ! いいか、よく聞けよこのアホ!」
言葉は乱暴だけれど。それでもはち切れんばかりの想いを乗せて。
その言葉は、ウリエルにとって歓喜そのものだった。
「俺は、お前を見捨てない! 友達だろうが!」
(神愛、君)
その言葉に、ウリエルは泣きそうだった。
『神愛君だって、ボクのことを知ったらきっと離れていく。ボクの味方になんて、なってくれるはずがない』
思い出せばいつだってそうだった。
『たとえなにがあっても、ボクたちは友達だって、そう言える?』
彼はいつだって言ってくれていた。
恐怖を、
不安を、
孤独を、
『たとえなにがあろうと、俺たちは友達だ!』
いつだって消し去ってくれた。
(神愛君……!)
ウリエルは言葉にはしなかったが、胸の中で感謝していた。溢れる想いが止まらない。
二人の約束。いつまでも友達でいてくれるかという。
彼は答えた。いつだって友達だと。
その約束は果たされた。彼の答えは本当だったのだ。こんな状況で、こんな立場で、それでも彼は約束を守ってくれた。
けれど、それは最悪の形だった。
「……そう、なら仕方がない」
彼の気持ちは分かった。ここまで来たという気概も見事としか言いようがない。彼を諦めさせるのは不可能だ。
だがしかし、ここにいてはどのみち殺される。その考えは変わらない。彼を救うためには、方法は一つしかない。
「君を倒して、ここから離脱してもらう」
ウリエルは力を解放した。折り畳んでいた羽を広げ、彼女の霊的質量に大気が震える。鎧とドレスが融合した姿は美しく、彼女は剣を引き抜いた。
ウリエルが剣を手にしたことで神愛も動く。第四の神理、王金調律を身に纏い、力づくでウリエルを取り戻す。
二人は睨み合う。ウリエルの周囲では地上からいくつもの炎が噴火のように燃え上がった。
負けず、神愛の背後でもいくつもの黄金の柱が上がる。
炎熱の火柱と黄金の火柱がぶつかり合う。飛び散る火花と金粉が風に乗って漂った。
「来いよ。俺が勝つ!」
「いいや、勝つのは私だ! 君だけは救ってみせる。それが!」
ウリエルは跳んだ。剣を両手に構え、階段から神愛目掛け剣を振り下ろす。
「君に返せる、想いのすべてだ!」
神愛は走った。黄金の拳を構え、飛び掛かってきたウリエルに突き出した。
「うおおおおおお!」
「はああああああ!」
剣と拳が衝突する。衝撃に地面はひび割れ、両者の想いが激突する!
二千年前の使命も名誉も関係ない。人類と天羽の決戦も関係ない。
ただ、大切な友を救いたい。それだけのために二人は戦う。
今、神愛とウリエルの激闘が始まった。




