お前が普通の存在ではないことは分かっている。年は取っていないな。いや、外見上はあの時よりも若い。見た目を変えているのか、それとも転生かな?
そして、その者は目の前に。
「久しぶりだな、エルフィア。二千年ぶりか。まさかまたお前と会えるとは思わなかったよ」
ガブリエルは立ち止まる。眼前に立つ少女を押し潰すほどの目で見下ろして、ガブリエルは問い質す。
「そして聞かせてくれ」
大地が僅かに揺れていた。空気は振動し地面の砂埃を浮き上げる。
「お前は何者だ?」
「…………」
ミルフィア。記憶の中にある女性と瓜二つの少女。それはあり得ない存在だ。
他の者は気づかないだろう。気づいたところで他人のそら似くらいにしか思わない。しかしガブリエルは一目で看破していた。他人ではない、間違いなく本人だ。魂の色とでも呼ぶのか、そうした気配が完全に一致している。
これがガブリエルの狙い。地上侵攻よりもなお重要視しなければならない、大問題だった。
「人間じゃないな、私たちと同じ神造体か」
「…………」
ミルフィアは鋭い目でガブリエルを見上げるが口は固く結ばれている。百八十センチ近くある長身のガブリエルを真っ直ぐと直視した。
「黙秘か……。お前は誠実な女だった。それを信じて私は支点すら壊したんだ、答えてくれるんだろう?」
「……なにを言っているのか分かりませんが、あなたの言っていることはさきほど釣り合ったと思いますよ」
「なるほど、ロンギヌスか。失念していたよ。旦那が目の前で殺されたのは堪えたかね?」
瞬間だった。ミルフィアは弾圧の光線をガブリエルに撃ち放った。瞬時に発動したそれは回避を許さず、その規模はガブリエルの上半身を呑み込んだ。衝撃は大気を震わし手加減などない全力の攻撃だ。表情は怒りをあらわにし、殺気すら感じさせるほどだった。
「止めろ、無駄なことだ」
ミルフィアの攻撃後、ガブリエルを覆っていた煙が一瞬で晴れる。そこには無傷のまま立つガブリエルがいた。これが他の天羽ならば大怪我の攻撃だったがガブリエルはまるで意に介していない。
ガブリエルは戦っていない。ただ立っているだけだ。しかし無傷で立っているというその事実、それだけで強者の貫録が滲み出る。
「お前が普通の存在ではないことは分かっている。年は取っていないな。いや、外見上はあの時よりも若い。見た目を変えているのか、それとも転生かな?」
無傷のガブリエルにミルフィアは表情を苦くするがガブリエルは平然としたまま続ける。
「四次元の超越者なら若返りくらい出来るだろう。しかし二千年前のあの時代には神化もなければ神理もない。おもしろい。お前は人理時代から信仰者のような存在だったわけだ。これはいよいよ『創造論』も信憑性を帯びてきたな」
ガブリエルの口元が小さく緩む。おもしろいと言った言葉通り楽しいのだろう。この歴史的ミステリーを前にして興味を持たないわけがない。
神理が広がるよりも前の時代、人理時代。その時から存在する超越的な者。
それは一体、なにを意味するのか。
ミルフィアはガブリエルの問いには答えず背中を見せた。そのまま歩き出す。
「……どこへ行く?」
ガブリエルの呼び止めに歩みを止める。けれどミルフィアに話し合いをする気はなかった。賭けも支点破壊も相手が勝手にやったこと、それに付き合う必要はない。自分がやるべきことはなにか。
それは天界の門を阻止すること。
なにより、
「あなたに言っておきましょう、ガブリエル」
ミルフィアは背中越しに言う。一方的な言い方は話し合いを拒絶しながらも自分の考えを主張していた。
ミルフィアのすべきこと。それは今も昔も変わっていない。
「神とは唯一絶対」
「…………」
この世界を創造し、自分を創ったあの方へ尽くすこと。
それが、この世界ができてから五千年、ずっと続いている彼女の使命であり名誉。
「あなたたちでは、真の偉大さを知ることは出来ない」
あの方と共に過ごす時間の中で、あの方を支えること。
それがミルフィアのすべきことであり、そして、なによりの幸福なのだ。
ミルフィアは駆け出した。神愛の向かっていった東地区へと足を走らせる。
ガブリエルはミルフィアを止めなかった。彼女の背中姿を見つめ、今しがた言われた言葉を振り返る。
「ほう……真の偉大さか」
言ってくれる。ガブリエルの胸中に静かな熱が渦巻いていた。小さな火が灯もる。
神造体である天羽に向かって、彼女は真の偉大さを知ることは出来ないと言ったのだ。
「ぜひ見てみたいものだ。だがな、覚えておくがいい、『ルフィアの系譜』」
それは最大限の侮辱。お前たちの神は偉大ではないという言いがかり。認められるはずがない。
真の偉大さだと? そんなものすでに知っている。誰よりも。その自負があるからこそあの捨て台詞は気に入らない。
ガブリエルは決意する。いいだろう、そこまで言うのならいつの日か。真の偉大さがどちらか決めようではないか。だが覚悟するといい。
ガブリエルはミルフィアの消えていった虚空へ向けて、冷ややかに言うのだった。
「私たちの父も、それはそれは偉大だぞ?」
北地区の支点はなくなった。残りの支点はあと三つ。
人と天羽の攻防は、まだ続く。
*
首都ヴァチカンを目指し飛行するいくつものヘリがあった。慈愛連立らしく白のカラーにハートの模様が描かれている。暗雲立ち込める空の下、突撃するのはゴルゴダ共和国軍の第二波だ。そこには聖騎士のヤコブと騎士が一人、さらに加豪と天和の姿もあった。これから戦場に向かう緊張感にこの場は静寂に包まれている。眼下の街並みを通り過ぎていき、向かうは結界の支点南区になる、ピストロ駅である。
「あれが……」
加豪は窓から外を見た。向かう先には地上から天まで続く薄い黄色の光でできた柱がある。その下にはサン・ジアイ大聖堂。そして上空には天界の門が収まっており、まさしく巨大な柱そのものだった。
「神愛たち、大丈夫かしら……」
第一波として突撃していった神愛たち。サン・ジアイ大聖堂正面にある北区は今や激戦だろう。無事に突破できたかどうか。心配から加豪の表情には陰りが見える。
そこへ対面ななめに座るヤコブが口を開けた。目は閉じ腕を組んでいる。
「今は自分のことに集中しておけ。いらぬ心配は心労を増やすだけだ」
北区にはペトロも戦っている。心配なのは彼も同じだろう。それでもヤコブは気丈としていた。また隣に座る天和からも励まされる。
「無事だと信じるしかいわ」
「……そうね」
二人の言葉に納得し加豪は表情を緩ませてからすぐに引き締めた。今は信じるしかない。言われた通りこれからのことに集中する。加豪たちの任務も他人を心配しながら達成できるほど簡単なものではない。
「敵影確認!」
パイロットが大声で叫ぶ。全員が即座に前を確認した。そこには白い羽を広げ向かってくる、天羽の大部隊があった。
「まずい!」
「まだ数が多い!」
北区でペトロたちが天羽を引き付けてくれているとはいえすべてではない。まだまだ制空権は天羽軍のものだ。十基にもなるヘリ部隊での突入にむこうも迎撃に出た。
ヘリから機銃を掃射する。天羽たちはすぐさま散開し襲いかかってきた。前衛に配置されていた三基のヘリに天羽たちが集中する。剣を突き刺し何体もの天羽が群がり、ヘリは制御を失っていく。時にはプロペラにわざと羽を巻き込ませ墜落させていった。
「ちぃ!」
ヤコブが盛大に舌打ちする。数の暴力とはこのことか。押し寄せる天羽たちに成す術がない。
「すぐ飛び降りてくれ! このままじゃもたない!」
パイロットが叫ぶ。このままでは全滅だ。加豪たちは扉を開けるが、ヤコブは振り返りパイロットを見た。
「お前は!?」
ヤコブからの声に、パイロットは小さく顔を向けた。
「……お願いします、ヤコブ様」
「……まかせておけ」
彼の覚悟は受け取った。ヤコブは隣にいる騎士を掴むと飛び降りた。
「天和! 掴まって!」
加豪も天和を片手で引き寄せると飛び降りた。ビルの屋上よりも高い高度から地上を目指す。パラシュートなどの類は一切ない。手ぶらでの落下だ。
加豪は落ちながらさきほどまでいたヘリを見上げた。そこには七体もの天羽が一斉に襲いかかり爆発し、煙を上げて墜落していくヘリの姿だった。その光景に悲しみが込み上げるがそのような気持ちに浸っている余裕はない。
空中という身動きの取れない隙を突き加豪の周りにも天羽たちが襲ってきた。落下中とはいえ関係ない。翼のある者たちは剣を振り上げる。
「雷切心典光!」
表情を歪めながらも神託物を出し右手で掴む。左手で掴む天和を離すまいと力を入れ、正面から襲ってきた天羽の攻撃を雷切心典光で受ける。