イレギュラー……。まさか、お前が最後の希望になるとはな
「お前は敵だった。しかし、大切な者を助けんとするお前の気持ちは分かっていた」
ペトロが背中越しに神愛に話しかけている時、三体の天羽がペトロに斬りかかってきた。同時に突撃し剣を振るう。それに対しペトロも剣を動かす。
一瞬の攻防。目にも止まらぬ速度でそれは行われた。
突撃してきた三体の天羽はみなペトロの横を通り過ぎていく。そして、地面に倒れ伏した。
ペトロは立っている。その後神愛に顔だけで振り向いた。
「行け! 成就しろ! 友を助けたいというお前の矜持、最後まで貫いてみろ!」
ペトロからの激励。熱のこもったその言葉に、神愛も同じく熱い言葉で返す。
「……おう!」
走った。目の前にいる大勢の天羽なんて気にしない。
神愛を阻まんと天羽たちも動く。だが、その直後には体は切り裂かれていた。
ペトロが剣を幾度も一閃する。その場から離れた相手を斬る、三次元の超越者でも高度な技術だ。神愛の邪魔はさせんと、追おうとする者から斬り伏せた。
ペトロの援護もあり神愛はここから離れていく。みるみると遠ざかっていく後ろ姿をペトロは感慨深い目で見つめていた。
「イレギュラー……。まさか、お前が最後の希望になるとはな」
誰しもが蔑み避けていた無信仰者が、世界を救うために走っていく。
神愛は走る。こうなれば恐れるものなどなにもない。だが敵も必死だ。東広場から一部が妨害に流れ神愛の前に立ちはだかる。
「まだいるのかよッ」
まだ目的地は先だ。建物に挟まれた通りが続く。壁のように立ち塞がる天羽は本当にきりがない。天羽たちは陣形を組み矢を構える、その時――
「雷切心典光!」
目の前に広がる敵を雷撃が襲っていた。
「加豪!?」
「私もいるわよ」
「お前もいたのか」
天和もいた。
加豪は路地裏から飛び出しその手には雷切心典光が握られている。天和はいつの間にか神愛の背後に立っておりボーとした顔で見上げていた。
「神愛、無事!?」
天羽を退け加豪も神愛へと駆け寄る。
「お前ら、無事だったか」
「あんたも無事でよかったわ」
加豪たちの姿を見れてホッとする。二人も支点を守護する天羽打倒のために戦っていた。もしかしたら取り返しのつかないことになっていたかもしれない。それがこうして再会できたことが素直にうれしかった。
「ええ」
そのことに天和も同意する。
「神愛、残る支点はあと一つ、この先だけよ」
「そうか」
神愛は道の先を見た。この戦いも終盤、すべてを終わらせるためにはここを突破しなくてはならない。
神愛は真剣な顔で加豪に振り返った。
「まかせていいか?」
この場にいる天羽を引き留めること。並大抵のことではない。困難であるしなにより危険だ。多勢に無勢、不利なのは言うまでもない。
「フッ」
けれど、加豪は笑った。
神愛の頼みを聞くと雷切心典光を肩に乗せながら道の中央へと歩いていく。天羽たちを前にして立った。
「行ってきなさい。今回はあんたに花持たせてあげるわ」
神愛に振り向いてそう言う顔は、不敵に笑っていた。
天和も歩き出し加豪の隣に並ぶ。
「宮司君、がんばってね」
天和も応援してくれる。
はじめてできた友人。その二人が自分を励まし、道を作ろうとしてくれている。その思いに感謝した。そして応えないわけにはいかない。
「ああ!」
神愛は加豪と天和と一緒に走り出した。天羽も迎い打ってくる。神愛の拳と加豪の刀身で敵を倒しながら進み道を開いていく。接近戦ではこの二人を止められない。
天羽たちは一度距離を取り弓矢で応戦する。
その隙を逃さず神愛は一点突破。強化した力を溜めた一撃で正面の敵を三十体同時に吹き飛ばす。矢を構える周囲の天羽は加豪が跳躍すると雷切心典光を回し全体に電撃を放った。
神愛、天羽たちを突破する。神愛の背中に天羽たちも目を向けるが、そのまま追おうとして彼女に背中を見せた者から感電するか斬り伏せられていった。
「行かせないわよ、あいつは約束を守るために向かってる。それを、邪魔するな!」
加豪は雷切心典光を振るった。気合は衰えない。むしろ上がっている。この場面にきて、一番戦意が昂っていた。
神愛が生きていた。そしてまだ諦めていない。
交わした約束を。
なら、それができるようにしてあげたい。彼女は加豪にとっても大切な友人だけれど、あいつに比べたら敵わない。あの男にとって、友達とは命の恩人みたいなものだから。馬鹿もした。まさに無謀。ゴルゴダ共和国に喧嘩を売って、パレードに乱入して、檻に入れられて。
それでもまだ――
「あいつはまだ、諦めてなんかいない!」
だから、ここが正念場。この場にいる天羽は一体たりとも追わせはしない。
加豪の気迫に触発されてか、天和は隣で佇みながらも天羽を見て言った。
「そう、天羽の使命だがなんだか知らないけど、私たちにはどうでもいいことだもの」
二千年の使命と名誉? 天羽の存在意義? 知ったことじゃない。そんなことよりももっと分かり易く単純なことがある。
「彼、泣いてたから」
二人の友人が喧嘩して、別れてしまった。だから仲直りしなくてはならない。
「笑ってる方が、私はいいと思う。だから退いて。邪魔なのはあなたたちの方よ」
天和は言い切った。
共通の友人のために加豪と天和は天羽と対峙する。相手はまだ百体以上はいるが怯えはない。それを上回る熱が胸で燃えている。
加豪は雷切心典光を構え切っ先を天羽に向ける。そして隣に立つ天和に言い掛けた。
「いい天和? もう一度言うけど絶対離れないでね? フリとかじゃないから。本気だからね!?」
「大丈夫、今度は消えないわ。…………たぶん」
彼女の答えに加豪は一抹の不安を覚えつつ、それもすぐに切り替えて。
加豪と天和は走り出し、天羽たちと戦った。
神愛は走る。目の前に現れる少数の天羽を薙ぎ倒しつつ進んで行く。建物に挟まれた通りからついにヴァルカン美術館が見えてきた。ヴァルカン共和国を代表する施設とあって大きい。以前も来たから知っているが相変わらずの広さだ。敷地を覆う壁の向こうには上部がドーム状になっている巨大な建物が見える。そこが最後の支点。
その正面、正門前はまさに最後の壁だ。天羽たちも全力で阻止してくる。
しかし、そこはすでに片付いていた。天羽たちは壊滅状態。地上で多くの天羽たちが倒れている。
その場に立つのはただ一人。
金髪の少女が、神愛を待っていた。
「お待ちしていました、我が主」
ミルフィアは神愛が到着すると片膝を付き恭しく頭を下げた。右手は心臓の位置に置き、奴隷の姿勢を見せる。
辺りに散乱する天羽たちは先に駆けつけていたミルフィアで倒したのか。神愛が来ることを信じ、たった一人で戦っていたのだ。
「ここは私が。あなたの邪魔は誰にもさせません。さあ、お早く」
なんて強い女性だろう。なによりその心が。来るかも分からない相手を信じ、これだけの相手を戦い続けることが出来る者がどれだけいるだろう。
それも全部、神愛のため。彼女は戦い、待っていてくれた。
「ありがとな、ミルフィア」
神愛の言葉にミルフィアは顔を上げた。その表情は真剣だったが、ふっと崩すと、柔らかな表情になった。
それは奴隷としてのミルフィアではなく、一人の友人としての、そんな表情だった。
「恵瑠のこと、お願いしますね」
大切な共通の友達。それに決着を付けるのなら、相応しい人物は一人しかいない。
今の今まで、最初から全力で頑張ってきた男に託すのが一番だ。
それを神愛も分かってる。ミルフィアから託された想いに、神愛は勢いよく答える。
「おう! まかせとけよ」
そのままミルフィアの横を通り門を潜っていった。
正門前のこの場所から神愛がいなくなる。ミルフィアは静かに立ち上がり消えていく背中へと言葉を贈る。
「頑張ってきてください、主」
優しい声と眼差しで、彼の背を見送った。
ミルフィアは振り返る。その表情は引き締まり、目は鋭く戦意を向き出しにしていた。見上げればそこには天羽の増援がミルフィアに切っ先を向けていた。
ミルフィアは一歩、天羽に近づいた。
「イヤスが生んだ神造体。人を総べようなどというその傲慢」
神が己のために創った者、すなわち神造体こそ天羽だ。人ではない者たち。
ミルフィアは知っている。イヤスの正体を。人がなんのために生き、なんのために生まれたのか。
ミルフィアの接近に天羽が警告を発する。だが、それを無視してミルフィアはまた一歩進んだ。
「私たちは神の教えを示す者。従わない者は執行対象です」
「人はあなたたちのものではない」
宇宙の創造。人類の誕生。それらはすべて、『あの方』がしたこと。
断じて、奪われることなどあってはならない。
ミルフィアは天羽に手を向ける。戦意を漲らせ、背後へと消えた彼を想い戦いへ望む。
「来るがいい。私のすべてを賭けて、ここから先へは行かせない!」
思想統一の光線が幾条も輝いた。