みな、お前に期待している
心の底から。思った時には言っていた。それだけ素直な気持ちだった。
神愛は走り出した。母が天羽の動きを封じてくれている隙に大軍を押し退ける。道は開かれ先へと進んだ。
神愛が走り去っていくのをアグネスはじっと見つめていた。自分が彼にしてきたことは今でも許されるとは思っていない。嫌われて当然。それだけのことをしてきた。
けれど、彼は言ってくれた。
『ありがとう……。母さん、父さん』
ありがとうと、母さんと。
絆はまだ終わっていない。切れていない。
だからこうして自分は駆けつけ、彼は母と呼んでくれたのだから。
「頑張ってね。神愛……」
アグネスは優しく、走り去っていく息子の背中を見つめ続けていた。
神愛は走る。建物が続く道をひたすらに。天羽たちの大軍は突破した。このまま一直線に目的地まで進むだけだ。
神愛は走り続け二つのブロックを進んでいた。
「ここから先へは行かせません」
「くそ、ここもかよ!」
しかし天羽は尽きない。出力は制限されていても数は無限なのだ。
目の前には神愛の行く手を阻むため百にもなる天羽の部隊が広がっていた。さらに待ち伏せていたのか、数体の天羽で作り出す巨大な光球がすでに出来上がっていた。青白い光を放つ三メートルほどの力。威力を溜め込んだそれが、神愛目掛け放たれる!
「させるかぁ!」
「ヤコブ!?」
それを阻止したのは他でもない、聖騎士第二位、ヤコブ・ブルストだった。
空間転移から駆け付けた彼が放たれた攻撃に飛び掛かる。ホタテ貝を思わせる盾が開くとそこから光のベールが広がり敵の光球を無効化した。ベールがゆるやかに揺れるが青白い光は消滅している。
ヤコブは着地するとすぐに神愛へ振り返った。
「勘違いするなよイレギュラー! 俺はお前のことが未だに気に入らん! これだって本意ではないわ。しかしだ、甚だしいがこの戦いにはお前が必要だ」
ヤコブは正面に向き直り剣を抜く。背は小さいものの大きな体が天羽たちと対峙していた。
「だから進め! 世界を救ってこい!」
背中が行けと、そう言っていた。
「でもこの数、おっさん一人じゃ無理だぜ」
「おっさん言うな!」
ヤコブは大声を言うがしかし相手は百体にもなる天羽だ。これを一人で戦うとなると苦戦は必至。敵の増援もあるだろう。弱音は言っていられないが気合だけでは限度がある。
「ん?」
そこでなにやら気づいたヤコブが頭上を見上げた。つられて神愛も見上げる。
黒い雲に覆われた上空。そこには天羽たちが天の川のように広がっているが、そのさらに先。そこに一機の輸送機が見えたのだ。高度千メートル以上にもなるその場所には天羽はいない。黒塗りのいかにも怪しい機械が飛んでいた。
「あれは、デバッカー部隊? 誰が乗っている?」
神愛とヤコブが見上げる先、そこにあるヘリコプターにはパイロットと、もう一人が搭乗していた。
輸送機の中。見渡す光景は暗い空とミニチュアとなった街並み。そこでパイロットが唯一の搭乗者に声をかける。
「降下ポイントからだいぶズレていますが、ここでいいんですかヨハネさん?」
その声に男は答えた。微笑を浮かべ、ここまで無理を言って運んでくれたパイロットにお礼を述べる。
「はい、運んでいただきありがとうございます。あなたはすぐにここから退避してください。危険ですのでね」
ヨハネは扉を開けた。上空に吹く強風で髪が揺れる。天井を掴みながら体を前に出し、飛び降りる体勢に入る。
「どうか、ご武運を」
「はい。あなたにも神の祝福があらんことを」
パイロットに向けニコッと笑うと、ヨハネは真剣な顔つきで飛び降りた。
もちろんパラシュートはない。
猛速度で落下していく。頭を下に向けたままみるみると周囲の光景が背後へと流れていく。
天羽たちとの距離が近づいてくると重心を移動させ姿勢を足を下に変える。そのまま天羽に直行し、飛び蹴りならぬ落下蹴りをお見舞いした。
「上から失礼しますよ」
「ガア!」
天羽をボードにして降下していく。スノーボードさながらに天羽を操り周りの天羽に銃撃していく。何体もの天羽を重ねて落下していく様は座布団十枚のようだ。
ヨハネは天羽十体を踏みつけたまま着地した。天羽でできた山の上からクルクル回りながら飛び降り、神愛とヤコブの前に現れた。
「いや~、お待たせしました。思った以上に長引いてしまいましたが、なんとか間に合ったみたいですね」
「ヨハネ先生!?」
その登場に叫ぶ。さっきから全員登場の仕方が急過ぎる。
神愛の驚愕をよそにヨハネはマイペースを崩さす、別の意味で申し訳なさそうに頭を掻いている。
「いはやは、教師である身で遅刻してしまうとは。このことは秘密にしておいてくださいね、宮司さん?」
この状況でいつもと同じ調子で話しかけてくるのだからすごい。神愛もどう答えればいいか分からず苦笑いである。
「ヨハネ! 貴様なにしに来た?」
そこへヤコブが怒鳴り込んでくる。裏切りをしただけでなく重傷であるはずの弟が戦場に出てきたのだ。注意もあれば心配もあるだろう声は荒れている。
それで動じないのはさすがヨハネであり、彼は堂々と答えた。
「それは当然」
微笑を浮かべた顔を神愛に向けて。
「頑張っている生徒を応援するために」
「先生……」
「ふん、好きにしろ」
それでヤコブは折れた。そんな顔をされたら何も言えなくなる。
ヤコブはヨハネから顔を背けるとそのまま背中を向ける。神愛から見て左を向いた。それに合わせてヨハネはヤコブと背中合わせになるように右を向く。二人の背中には神愛が通れるスペースができていた。
ヨハネとヤコブ。二人の兄弟が道を作ってくれた。
「宮司さん。ここは私たちが。さきを急いでください」
「さっさと行けイレギュラー。こんなザコ共、俺だけで十分だ。『俺だけでな』」
「嫌ですね~、まったくこの人は。後ろから撃たれても知りませんよ?」
「おいヨハネ、それはどういう意味だ!?」
「分かった分かった、兄弟コントの続きはあとで見させてもらうわ」
二人は相変わらずだ。仲が良いのか悪いのか。
でも、きっといいのだろう。素直ではないだけで。
神愛は小さく笑った。その後二人を見つめる。
「ありがと、二人とも」
「いえいえ」
「フン!」
神愛は二人の背中を通って行った。背後ではすでに戦闘が始まりヨハネの銃声とヤコブの剣戟が聞こえてきた。
進めている。天羽の妨害に遭いながらも少しずつ。みなの力を借りながら。
神愛はさらに進む。そこにも天羽が待ち受けていた。さらに今度はさっきの倍はあろうかという数だ。地上に立って剣を構える者、浮遊しながら弓を構える者。すべてが神愛を倒さんと戦意を放つ。
「次から次へと!」
神愛は構えた。ここを突破するために。
天羽たちから矢が放たれる。一斉に放たれるそれは雨滴のように降り注ぐ。
「ここまでだ」
それが、すべて切り裂かれていた。
「ペトロ!」
「ここは私が受け持とう」
急いで背後に振り返る。そこにいたのは聖騎士第一位、ペトロだった。赤いマントを翻し、そこには剣を振るった姿勢のペトロが立っている。剣撃を空間転移で飛ばすという絶技を以て、天羽たちの矢をその場に居ながら斬り落としていた。
「お前、広場は大丈夫なのかよ」
ペトロは東広場の主戦力だ。彼がいたからこそ広場の戦況は保たれていたというのに、天羽の増援と相まって彼が離れればゴルゴダ軍にとって大きな負担だ。
しかし、ペトロは言い切った。
「優秀な部下たちが持ち堪えると、私にそう言った。お前が気をもむことではない」
「でも」
「みな、お前に期待している」
ペトロは歩き前に出る。神愛の横を通り過ぎ天羽たちと対峙した。神愛にはペトロの背中が見える。この国を守ると決意した騎士の背中が。
大きい。同じ人間なのに、その後ろ姿は大きく見えた。
神愛は、今までこんな人物と戦ってきたのか。初めは敵だった彼と何度も戦って。
それでも、今ではこんなにも頼もしい。
「思えば、お前とは不思議な縁だったな。誰よりも多く戦っていたはずなのに、今ではこうして共闘している。そして、さらに不思議なのは、お前をいつしか受け入れている私がいたことだ」
そう、戦った。誰よりも。敵として出会った。それがいつの間にか仲間として一緒に戦っている。絆は広がる、味方敵区別なく。