明日、すべてが決まる。
そこで再び天和が言ってきた。
「そういえば、ここを襲ったのも恵瑠を蘇生するための時間稼ぎだったな。やつらの動きが鈍いのも時間稼ぎか?」
「私はそう思う」
「なぜだと思う?」
天界の門は開いた。最悪の事態だ。それでも侵攻はまだ始まっていない。
その理由を、天和は言った。
「天界の門は開いたけど、たぶん、全開じゃない」
「全開じゃない?」
天和の言葉に全員興味深く耳を傾けている。そういえば前もこうして会議室で指摘をしてたよな。それまでは恵瑠の蘇生なんて誰も想像してなかった。無我無心だから状況を冷静に見れるのだろうか? それにしてもすごいと思うが。
「天界の門っていうのは、わかりやすく言うと水道の蛇口よ。捻れば水が無限に出てくるけど、少ししか捻らなければ水滴しか出てこない。無限の軍勢といっても出てくるのが少数なら意味がないわ」
「そうか!」
全開じゃないっていうのはそういう意味か。それに天和の言うことは状況に合ってる。
「てことは、やつらはまだ戦力が整っていない?」
「私はそう思う」
俺の確認に天和は無表情のまま肯定してくれた。今もなにを考えてるのか分からない顔しやがって、いいとこ突いてくれるよ。
もしそうなら一気に希望が広がる。相手は無限の天羽だが、その出現数が制限されているなら抑えられるかもしれない。その隙にすべての支点を破壊し、天界の門も破壊すれば俺たちの勝ちだ。
「でも、そうなると問題は時間だな」
「たぶん残り少ないわ。急いだ方がいい」
会議室がざわつく。天和の言っていることはあくまで推測だが希望の持てる話だ。計画自体に大きな変更はないが、手詰まり感のあった士気がここにきて前向きになっている。
問題は時間と、支点を守護する天羽の撃破だ。全員で一つずつ回っていては時間が足りないかもしれない。となれば一対一で倒していくしかない。
それで誰と戦うかだが、そんなのは決まってる!
「俺は恵瑠のところにいくぜ。そこで今度こそ決着をつけてやる」
*
決戦の日は明日に決まった。時刻は夜になり俺は一人自分に与えられた部屋で横になっている。俺みたいな部外者、しかも前科持ちに個室なんて贅沢な話だが役割が役割なので十分に休んでおいた方がいい、ということだった。
「…………」
部屋の電気はつけていない。窓から差し込む月光だけがこの部屋をわずかに照らし出している。俺はベッドに仰向けになり天井をぼうと見つめていた。
明日のことを思う。ゴルゴダ軍と天羽軍の激突。これは戦争だ。明日、人類の未来を左右すると言っても過言ではない戦いが始まる。
それは分かってる。俺も手を抜くつもりはない。そんなのごめんだし、やれることは全力でやるつもりだ。
だけど、それ以上に気がかりなのは。
やはり、恵瑠のことだった。
「フゥー」
吐く息が重い。あいつに会ったらなんて言おう。言いたいことは山ほどある。文句を言ってやると啖呵を切ったものの、本当になんて言えばいいのだろうか。
あいつの顔を見て、また友達ではないと言われたら? その時俺はちゃんと反論できるのか? そんなの信じないって。うるせえってはね除けて、自分の意地を通せるだろうか。
はあ。駄目駄目だな。天和に悩むなんてらしくないって言われてるのに、自分もそうだなと納得してもまだ悩んでる。俺、自分が思ってるよりも優柔不断なんだな。
ふとこんな月の光に照らされた夜のことを思い出す。恵瑠と一緒に泊まったホテルのことだ。あいつは大人の女性になっていて、妙に色っぽくて緊張したっけな。まったく。
あの時のことは今でもよく覚えてる。大変だけど、特別な夜だった。それだけじゃない。あいつといる日々のすべてが俺にとっては特別だった。
一緒にいる。それだけでいい。たとえここが地獄でもあいつらと一緒なら俺は笑ってみせる。
やはり、嘘なんて思えない。あいつは俺に友ではないと言ったが信じられない。
俺たちはまた昔のように戻れる。そう、自分に言い聞かせた。
「よし!」
俺は勢いよくそう言って寝返りをうった。今日はもう寝よう。明日だ明日。その時全力を出せるようにしないとな。
俺がそう考えると、まるで見計らったようにドアがノックされた。
トントン。
まったく誰だよ、こっちは今から寝ようっていうのに。
「主、私です。ミルフィアです」
ミルフィア?
俺はベッドから起き上がりドアを開けた。
「どうしたんだよ」
「いえ、その」
ドアの前にはミルフィアが立っており、俺は聞くがうつむきなにやらもじもじしていた。
「明日のことでお悩みではないかと心配になり、いてもたってもいられず……」
「まったく……。お前も相変わらずだな」
なるほど。まあ、実際そうだったわけだけどさ。
「申し訳ありません。失礼でしたね」
「そんなことないさ。入るか?」
「はい」
俺は部屋の明かりを点けミルフィアを入れた。二人でベッドに腰掛ける。
「そういえば前にもこんな時あったよな。ほら、俺と恵瑠が囮になって敵を誘いだそうって日の前の夜」
「そういえばそうですね」
「その時もお前はこうして心配して来てくれてさ」
懐かしい。最近のことなのにもう遠い日のような気がする。
「まったく。あの時もいろいろあったよ。でも、そうか」
「?」
「ミルフィアや加豪に天和。いつも心配してくれたり助けに来てくれたりしたよな」
思えばいつもそうだった。俺が捕まった時も、メタトロンと戦った後も。三人は駆けつけてくれた。真剣な表情で。
俺は世界中の人から嫌われてきた。それが当たり前の世界だった。そんな俺にあいつらは本気で心配しにきてくれるんだ。感謝しても仕切れない。二人には次会ったら本気で言っておいた方がいいだろうな。
その前に、俺は目の前にいる一人に振り向いた。
「特にミルフィアにはさ。ありがとうな。いつも世話になってる。なんか、悪いな」
「主」
俺からの礼なんだか詫びなんだかよく分からない言葉を、しかしミルフィアは微笑んでいた。それだけでなく俺の片手を両手で握ってきた。
「そんなことありません。これは私の意思でしていることなのですから」
「そうかい」
そう言ってくれることが素直に嬉しい。ありがたいことだって分かる。俺は胸の内でもう一回お礼を言った。
ミルフィアに手を放してもらい俺は正面に顔を向ける。表情は真剣になって明日への意気込みを語った。
「恵瑠に会って、こんな馬鹿なことを止めさせる。こんなの、あいつだってしたくないはずだからな。だから、俺がやる。俺がやらなくちゃならないんだ」
あいつは俺に堕天羽であることを教えてくれた。不安と恐怖を耐えて俺に明かしてくれたんだ。それにあいつとの約束だってある。
だから、誰かじゃない、俺があいつを止めなくちゃいけないんだ。
俺の決意は固く、発した言葉にも迷いはもうなかった。
「はい。主ならできます。あなたなら。ですが主」
「ん?」
ミルフィアに呼ばれ隣を見る。ミルフィアは固くはないが真面目な口調で言ってきた。
「逸るお気持ちは分かります。ですが自分の身を軽んじることだけは」
「分かってるよ」
明日赴くのは戦場だ。これは戦争なのだから。どんな心意気や信条があろうと死ねばそれまでだ。敵は全開でないとはいえ戦力差は歴然。苦戦は必至。俺だって無事でいられる保証はない。判断を誤れば一発で死んでもおかしくない。
「死にに行くんじゃない。俺は俺のために行くんだ。死んでたまるかよ。問題は、ちゃんとあいつに会えるかかさ」
「そうですか」
俺の答えに彼女は頷き顔つきを柔らかくした。
「分かりました。主は主の目的を果たすために明日の戦いに赴かれるのですね」
納得したような表情で、ミルフィアは俺に言ってくれた。
「なら、私は主の望みを叶えるためにお供します」
「ミルフィア」
「明日、どうか主の願いが叶わんことを。そのために、私も全力で立ち向かいます、主」
力強い瞳が俺を見る。明日の戦い、すべての決着をつけようと。
その視線に、俺も力強く答えた。
「応!」
明日、すべてが決まる。




