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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
197/418

弱いからそんな目に遭う? お前が口にしたんだ、文句ねえだろ?

 結界の支点が残り一つになったことで天羽たちの動きは二つに分かれていた。街全体を覆っていた天羽たちが二点に集中していく。一つは主戦力が集まる東広場。急激に増加する天羽の数に広場の戦況は一気に傾いた。なんとか拮抗していたのがこれにより押し返されそうになる。ペトロはもちろんのこと騎士や兵士たちも残るすべての力を注ぎ戦うが劣勢なのは明らかだった。

 そして、天羽たちが向かう二つ目。そこが、ヴァルカン美術館へと続く道。そこへ向かう神愛の妨害だった。



「くそ!」


 俺は大声で愚痴を叫んでいた。目の前の最悪な光景に堪らず口が動く。

 それもそのはずだ。俺の上空と視界を覆うのは純白の羽、羽、羽! その数は瞬く間に増えていき一万を突破している。包囲網などという生半可なものじゃない。まるで天羽の津波。空も地上も埋め尽くされている。

 天界の(ヘブンズ・ゲート)の扉が開いているのか。天羽が現れる数がどんどん増えていく。支点に行くために頑張っているんだが、さっきからぜんぜん進めない!


「どうしろってんだよ!」


 完全に囲まれている。後ろを見れば退路も封じられた。


「やるだけやるしかない」


 迷っている時間はない。俺は王金調律を纏い特攻した。阻む天羽たちを吹き飛ばし活路を開く。殴られた天羽は周りの天羽たちも巻き込みビリヤードのように弾け飛んでいった。際限なく強化していく王金調律のおかげでとてつもない力になっている。

 しかし空いた空間は瞬く間に新たな天羽によって埋められてしまった。


「ちぃ!」


 構わず攻め続ける。走っては前にいる天羽を殴り蹴飛ばす。天羽たちも剣を振るってくるが、今度は妨害の黄金光が許さない。接近してきた天羽たちを黄金のオーラで束縛し動きを鈍らせる。その隙に攻撃を加え殴り倒していった。剣を振り上げた天羽の腹を全力で殴り十メートルは吹き飛んでいく。当てられた他の天羽も吹き飛んでいく。迫り来る天羽たちを黄金で強化した体が弾きながら進んで行く。

 なんとかだが進んで行く。まとわりつく天羽たちを払い除け目的地へと走った。

 すると横から天羽が突撃してきた。切っ先を向け突きを放つ。即座に両腕を交差させガードした。強化によって硬度が上がっているのと、妨害によって天羽の勢いが落ちていることにより怪我はない。

 そこへ他の天羽が突進してくると、最初の天羽の背後へ突撃してきた。最初の天羽を後押しするようにぶつかり衝撃が届く。


「ぐ!」


 踏ん張る。妨害は効いているがこのままじゃまずい!

 天羽たちは次々と列を作るように突進してきた。その度に力が増し、十体目の突進でついに吹き飛ばされた。


「がああ!」


 来た道を戻される。すぐに体勢を戻し正面を見る。が、そこには複数の天羽によって形成された光の玉が浮かんでいた。でかい。三メートルはあるか? それを支えるように上下左右に天羽たちが浮かんでいた。青白い光を微かに放ち輪郭が湯気のように揺らめいている。


「執行対象です、排除します」


 光球が放たれる。それを黄金のオーラが妨害によって勢いを落とすものの突破されてしまう。「がああああああ!」

 爆発は地面を破壊し同時に俺も吹き飛ばされる。地面を何度も転がり体を叩き付けられる。気づけば俺はうつ伏せに倒れていた。


「く……そ……」


 固い地面の感触が全身からする。手の平からも、頬からも、胸からも、すべてだ。

 顔だけを上げれば、天羽たちがうじゃうじゃといる。これを一人で突破しなくちゃならないのか?


「ここから先は行かせません」


 天羽たちが言ってくる。俺もかなり倒したはずだが全然そうは見えない。それが精神的にもきつい。まるでゴールが見えない。

 剣を構え、中には弓を構える天羽もいた。これだけの数に突破口が浮かばない。力でのごり押しも数で押し潰される。

 どうする、どうすればいいんだ。時間がないってのに。

 なんとかしなきゃならない。早くここを通って先に進まないとならない。それは分かってる。

 でも、目の前にある現実に心が折れそうになる。くそ!

 まだだ、まだ終わってない。こんなところで休んでられるか! 

 あいつのとこへ、俺は、


「絶対に、行かなくちゃならないんだよ……!」


 追い詰められてもなお消えない思いに、俺は無意識につぶやいていた。


「恵瑠……」


 彼女の、名前を。



 これは今よりも幾日か前の出来事。


 学校での昼休憩。俺は売店でパンを買った帰りで渡り廊下を歩いていた。パンをポンポンと浮かしてはキャッチしているとふと視界の端に恵瑠の姿が見えた。晴れた天気で、校舎の脇にある花壇の前でしゃがみ込んでいる。後ろ姿なのでなにをしているのかよく分からないが花でも観察してるんだろうか。


「なんだろ」


 俺は渡り廊下を出て恵瑠に近づいていった。


「どうした恵瑠、二次元の扉でも見つけたか?」


 背中へ声をかける。しかし返事がない。いつもなら「うお!」とか言って振り返るのに。


「恵瑠?」


 いつもと様子が違う。気になって背後から覗いてみた。

 恵瑠が見ている先。そこには二本の待ち針で刺されたカマキリが苦しそうに動いていた。きっと家庭科の授業で使った物だろう。誰かがそれを遊び半分で、たまたま見かけたカマキリに突き刺したらしい。


「恵瑠、それ……」

「うん、かわいそうですよね……」


 恵瑠は振り返ることなくじっとカマキリを見つめていた。声は寂しそうで、俺にはなんて言葉をかければいいのか分からなかった。

 恵瑠は優しい。こんな分かり易い暴力を見たら心を痛めるのは当たり前だった。


「どうして、ですかね」


 恵瑠が悲しそうな声でつぶやく。俺には恵瑠の後ろ姿しか分からない。でも、こいつの気持ちは伝わってくる。


「なんで、こんなこと」


 今にも泣きそうな雰囲気だった。まいったな、まさかこんな場面だったとは。こっちはメシを食べるつもりだったのに。えらい辛気臭いところに来ちまった。


「簡単だろ。たのしいからだよ。誰が悲しくてこんなことするか」

「うん、そうですよね」


 改めて恵瑠を見るが、いつまでそうしているのか離れる気配はなかった。


「なあなあ、たしかこの辺だろ? お前が刺したカマキリ」

「そうそう、まだ生きてっかな?」


 声が聞こえてきた。振り返るとちょうど渡り廊下に出てきた男子二人組が楽しそうに談笑していた。

 俺が振り返ると同時だった。恵瑠は立ち上がると彼ら二人に駆け寄ったのだ。


「おい恵瑠!」


 あのバカ、走りやがって。それにあいつら腕章赤じゃねえか。

 恵瑠は二人組の前に立ち両手を突き出した。見れば、すでにカマキリは動いていなかった。


「どうしてこんなひどいことするんですか!?」

「はあ? なにお前?」


 恵瑠の抗議に二人は不快そうな顔で見下ろしていた。それでも恵瑠は真剣な顔で見上げている。


「この子がなにかしたんですか?」

「うるせーな、別にいいだろ。そもそも弱いからそういう目に遭うんだよ」

「そうそう」

「でも!」


 相手は琢磨追求だ。そういう信仰なんだしそういう考えになるんだろう。だからってこんなことしていいとは俺も思わないけど。

 それは恵瑠も同じだ。男二人を懸命に見上げ、必死に声を出している。


「こんなの、ひど過ぎますよ!」


 そう言う恵瑠は、珍しく怒っていたんだと思う。いつもはおちゃらけて明るいやつだけど、誰かのために悲しんで、誰かのために怒る、そんなやつなんだ。

 ほんとうに、良いやつなんだよ。


「うるせえ! 力ずくで黙らせるぞ?」

「ほー、やってみろよ」


 俺は恵瑠の背後から近づいた。それで相手も俺を見る。

 琢磨追求のわりには体格は普通で、格闘漫画読んだだけで満足するようなチャラついたやつらだった。


「弱いからそんな目に遭う? お前が口にしたんだ、文句ねえだろ?」

「黄色のダイヤ!? こいつイレギュラーかよ!?」

「逃げろ!」

「おい! アイサツもなしかオラ!」


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