あなたはどう思う? この世界のことを。争いとか、平和を
だが数の劣勢は覆しようがない。なにより心配なのは天和のことだ。襲ってきた天羽はどうやらすべてプリーストクラスのようで高位者の加豪なら傷つくことはないが、戦闘要員でない天和が危ない。気を抜けばすぐにやられてしまう危険があるのだ。
そのため加豪は常に天和を背中に隠し戦っていた。襲い来る天羽たちと自分たちの立ち位置を頭の中に入れ、天和を庇えるよう戦闘を組み立てていく。
自分の命だけを心配すればいいだけではない。背後には大事な友人がいるのだ。他人の命を背負う重みに、加豪はいつになく集中する。
「天和、私の傍から離れないでよ?」
天羽を一体倒し、背中越しに背後の天和へ声をかける。一瞬でも気が抜けない。加豪の声からは焦りがありありと感じ取れた。
そんな中、天和は加豪の背中から目的地へと視線を移した。木々の向こうに教会の頭がうっすらと見える。情報によればそこにいるのは四大天羽ラファエル。ヤコブすら破った強敵だ。
「…………」
天和はその教会をじっと見つめていた。
それを知らぬ加豪は天羽と戦いながら背後の天和に気を配る。
「こんな状況で分断されたらすぐに各個撃破で狙われるわ。だから私の傍から離れないで。いいわね? 絶対よ? 絶対だからね!?」
前方から来る三体の天羽を放電でまとめて倒し、その後から天羽が突撃してきた。勢いのある剣撃をしかし加豪も雷切心典光の一閃で打ち合った。普通なら刀身同士で押し合いだが、電力を溜め込んでいた雷切心典光の刀身にはまだ十分な電気が帯びており、天羽は感電し悲鳴を上げた後その場に倒れていった。
五体目の天羽を倒す。高位者の力は伊達ではない。信仰者(プリ―スト)クラスならばどれだけ集まろうと加豪には敵わない。
そこでさきほどから返事がないことに気が付いた。こっちが守るために戦い心配までしているのに返事もないとは少し腹が立つ。
「ちょっと、天和聞いてるの!?」
加豪は必死に戦いながら振り向いた。
そこには、すでに天和はいなかった。
「えええええええ!?」
いない? いない。え、いない!? いない!
辺りを見渡しても天和の姿はどこにもいなかった。
「ちょ、どういうこと!? なんでいないの!?」
意味が分からん。どこに行ったのあの電波女と思い探してみるも見当たらない。
「あああ、もう! どっかでこうなるって思ってたわよ!」
困惑するが戦闘は続行中だ。天和の姿を追いかけている間も天羽たちは襲いかかってくる。加豪は応戦するがすでに辺りを囲まれてしまった。
「くっ!」
(まずい!)
すぐにでも天和を探しに行きたいが、そのためにはこの包囲網を突破しなければならない。
「天和、無事でいなさいよ……!」
焦りと祈りを持ち合わせ、加豪はいきおいよく雷切心典光の刃を天羽たちに振り下ろすのだった。
その頃。
天和は一人ヴァチカン庭園の敷地内を歩いていた。庭園というだけありアスファルトで固められた広めの道の両側には木々が整然と並び、木自体も枝を切り揃えられている。曇りなのが残念ではあるが、晴れの日では散歩をするのに絶好の場所だろう。
落ち着きと緑溢れる庭園。しかしここは敵地である。どれだけ優雅でも油断ならぬのであれば意味はない。そんな場所を天和はなんの感慨もなしに歩いていた。
支点、ヴァチカン庭園の教会に向かって。
「待って下さい天和さん」
天和が通ってきた道から声がかけられる。振り返れば護衛の騎士たちが慌てた様子で駆け寄ってきていた。彼らはどうやら天羽たちの包囲網を突破できたらしい。
「天和さん。単独行動は危険です。すぐに合流してください」
ここに来ている中で一番の戦力は加豪だ。その彼女から離れるのは危険が大き過ぎる。足止めを受けてはいるがもしかしたらヤコブたちも追いついてくれるかもしれない。
しかし天和はいつもの表情で気にしていないようだった。というよりも彼女がなにを考えているかは誰にも読めない。
「私は一人でいいわ。あなたちは加豪さんを手伝ってあげて」
「そう言われても……」
一番の戦力外がそう言われても困る。
騎士たちは困ってしまうが天和は歩き始めた。
「待って下さい!」
騎士たちの制止も聞かず、そのまま進んでいってしまった。騎士たちもなんとか説得させようとするがその前にたどり着いてしまった。
ヴァチカン庭園にある教会。木々に覆われた教会の前は広い駐車スペースがありコンクリートで平らにされている。サン・ジアイ大聖堂と比べれば小さいものの穏やかな雰囲気に立つ、離れの教会といったところだろう。支点の紋様は入口前の地面に描かれていた。
「あれが支点か?」
騎士たちが騒ぎ出す。すぐに破壊しようと走り出そうとした。
「待って」
天和がそれを止める。直後だった。
暗雲から一つのまばゆい光が教会に落ちてきたのだ。光は突き出した一階部分の屋上に降り、光の量を減らしていく。
そこにいたのは黒い長髪を風に流し、白の制服に身を包んだラファエルだった。スカートの裾も小さく靡いている。背中にはすでに八枚の羽を露わにし右手には自身の身長ほどもある弓を持っている。なにより、その目はするどく天和たちを見下ろしていた。
そこに、普段の優しい彼女はいない。
決戦に赴く、四大の天羽として彼女は降臨していた。
「天羽!?」
ラファエルの出現に騎士たちが剣を構える。だが、直後彼らは糸が切れたようにその場に倒れてしまった。そのまま横になり一人も起き上がらない。
昏睡か。気絶か。
いいや、死んでいるのだ。天和以外、ラファエルに敵意を向けた騎士全員が一瞬で絶命していた。
戦いにすらならない。それほどまでにラファエルと騎士たちでは力の差があった。
天和は倒れた彼らに動揺することなくラファエルを見上げる。
そんな彼女に、ラファエルは話し出した。
「悲しいわね……」
厳しかった表情を、わずかに悲哀に染めて。
「ごめんなさい、そう言って済む話ではないし、ここでそんな言葉を贈るなんて偽善でしかないって分かってる。でもね、それでも思ってしまうのよ」
天和に向かって話す彼女は、やはりラファエルだった。そこには慈愛とそれゆえの悲しみがあった。
彼女は四大天羽のラファエル。誰よりも慈しみと癒しを与える、優しい天羽なのだ。
「ウリエル、ううん、恵瑠の友人として出会ったあなたたちと、今度は敵として出会うということ。……なんでだろうね。私はただ、苦しむ誰かが笑顔になれればそれでよかった。怪我人とか、病人とか。お腹が空いている人とか。そうした弱い立場にある人たちを救いたかった」
そう言うとラファエルは弓を持っている手とは逆の左手を見た。
「私が天主イヤス様から授かったのはね、生命を司る力」
自身の手を見つめ、そう言う時のラファエルは優しく、どこか誇らしげに見えた。
「怪我や病気を治して、人を幸せにする力。苦しい人たちを救い、笑顔に変える力。でもね、それだけじゃないの。死んだ人を生き返らせることもできる」
けれど、その表情は次の言葉で曇ってしまった。
「そして、念じただけで殺すこともね……」
生命を司るラファエルの力。それは癒しと救いをもたらすと同時に、破滅と死を与える最強レベルの力だ。
念じただけで死人を生き返らせる。それだけでも戦争では厄介だというのに、念じただけで殺せるとあっては勝ちようがない。
間違いなく、ラファエルは強者だ。
本人がどう思っているかは別として。
彼女の持つ力は絶大だ。しかしラファエルは誇示するでもなく、反対に泣きそうな顔を浮かべたのだ。
「見たでしょ。私が今したことを。分かってはいるんだけど、悲しくなるのよ。この力を、人を笑顔に変えられると思って、そう使おうと決めていた力を私は戦いに使っている。うまくいかないものね」
唇はわずかに震えていた。ラファエルは一旦瞳を閉じると湧き上がる感情を押し殺しているようだった。深い息を吐く。目を開けた時、だいぶ落ち着いたようだがそれでも悲しそうな様子までは消えていない。
「あなたはどう思う? この世界のことを。争いとか、平和を」
彼女の問い。この世界で繰り返される争いと平穏、流血と笑顔。なぜ人は平和に暮らせないのか。平穏な生活を望みながらも争いを起こすのか。そして、なぜ理想と手段は食い違ってしまうのか。平和を望みながら、戦うというその矛盾。
相反する現実と理想の乖離にラファエルは悲観する。
その問いに、天和が答えた。
「別に」
どうでもいいと、そう言ったのだ。
悲しむラファエルの顔をいつもの無表情で見上げながら答えていく。そこには、躊躇いも悲しみもなかった。
「世界なんていくつもの思惑で回っているものよ。時代が変われば形も変わる。今回のことにしたって、事が大きいだけで珍しいことじゃないわ」
そう言うと天和は目線を下げた。その仕草はやれやれといった具合で、世界の常態を冷ややかに捉えていた。