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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
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初めて会った時からお前も分かっていたはずだ。他の者は気づいていなかったようだが

 そう思って言おうとするのだが、ミルフィアにきっぱりと言われてしまった。


「彼女と二人で戦っていてはどの道手遅れです。直に見て分かりましたが、扉の開く速度が上がっています。今はまだ半分も開いていませんが、開くときはあっという間でしょう。私たちに時間はありません」


 言われて見上げるが、天界の(ヘブンズ・ゲート)の扉が開くスピードは少しずつ上がっているように見える。掛け算のようなものだろうか。今はまだ早くはないが、そのうち劇的に上がり瞬時に全開になるはずだ。


「それに」


 ミルフィアの声に俺は視線を元に戻した。ミルフィアの小柄な背中を見つめる。

 ミルフィアは小さく振り返ると、俺を見つめた。


「彼女が待ってます」

「ミルフィア……」


 その目が言っていた。行ってきてくださいと。そこで俺の想いを叶えて欲しいと、彼女の目は優しく、そして力強く言っていた。

 ありがとう。

 こいつはいつだって、俺のことを考えてくれる。俺が望んでいることを叶えようとしてくれる。

 その思いに応えるためにも、俺は決意した。


「……死ぬなよ」

「大丈夫ですよ、主」


 胸の中で感謝する。でも心配な気持ちはまだあって、それで声をかけたのだが。


「私、けっこう強いですから」


 こいつは、笑ってそんなことを言ってきた。微笑んだ顔は可愛らしくて、これから戦うなんてとても思えない。気が緩むというか、ホッとするような笑顔だったんだ。

 つられて俺も小さく笑った。すぐに表情を引き締める。


「行ってくる」

「はい、ご武運を」


 俺はミルフィアを広場に残し走り出していた。広場を出て東へと向かう。ミルフィアを心配する気持ちはまだあるがここは彼女を信じよう。

 俺は一人で街を走っていくが、天羽の群れが上空から襲いかかってきた。


「くそ、まだこんなにいんのかよ!」


 右手を王金調律で強化する。拳に黄金のオーラが集い、先頭の天羽を思いっきり殴りつけた。吹き飛んだ天羽は背後の天羽数体を巻き込み、まるでボーリングのピンのように弾け飛んでいった。しかし後続が続々と襲いかかってくる。なんて数だ、百体くらいいんのか?

 めちゃくちゃな数だ、多勢に無勢にもほどがあるだろ。でも、これでもまだ全開じゃないんだ。ほっとけば百なんて単位が可愛く思えるほどの大軍がやってくる。こんなのさっさと突破して、俺は俺のことをやらなくちゃ。

 みんな戦ってるんだ、


「そこどけてめえら!」


 俺は走った。目の前には視界を覆うほどの天羽が剣を振り上げ、俺は激突した。



 ミルフィアはサン・ジアイ大聖堂正面広場に立っていた。目の前にいるのは外務省長官、そして四大天羽ガブリエル。無限に存在すると言われる天羽の中でも最上位の四大を冠する天羽。弱いわけがない、落ち着きながらも秘めた力の強大さが伝わってくる。

 威圧感は、あのメタトロンほどまで膨れ上がっていた。視線が重い。広場が狭く感じられる。

 それほどの敵を前にしてもミルフィアは気丈としていた。表情は引き締まり、いつ戦闘が始ってもいい体勢だ。


「話をしないか?」


 だからこそ、ガブリエルからの提案は意外であり、愚策だった。


「いえ、無駄に時間を費やす暇はありません」


 見え見えの時間稼ぎだ。天界の(ヘブンズ・ゲート)の全開を防ぐため、そして大通りで戦っている者たちのためにも時間の浪費は出来ない。

 よってやるなら初めから全力による短期決戦、そのためには先制攻撃。

 ミルフィアは構え、弾圧を撃とうとした。


「本気か?」


 そんなミルフィアの行動をガブリエルはいましめる。


「私と戦うつもりか? 分かっているはずだ、私が神徒(レジェンド)だと」


 神徒(レジェンド)。それは信仰者の階位において最上のもの。その者たちは信仰を極めたがために神となる。全能なのだ。

 出来ないことなどない。世界改変が最低ラインなのだから、望んだことがそのまま現実となる。また全能であるが故に傷もつかない。全能は全能でしか倒せないのだ。

 この時点で、ガブリエルはウリエルやラファエル、サリエルよりも強いということが確定していた。もしくは天羽長であるミカエルよりも強いのかもしれない。


「術はあります」


 それを承知でミルフィアは戦う気だった。勝算はある。彼女は片手を天に翳し、思想統一のもう一つの力を発動した。


「あなたの理に反する者へ、布教する!」


 ミルフィアの持つ布教の力。それは広場の上空を黄金の波紋となって走り、この場をまばゆい光で照らした。


「ほう」


 これにはガブリエルも声を漏らした。見上げるのは黄金の布が風に揺れるかのような光景だ、美しいがしかし、自身に起こる異変に片手を何度か握ったり開いたりした。


「これがメタトロンを弱体化した技か。なるほど」


 力が思うように出せない。それは神化の低下を意味しており、神理時代において脅威的なものだ。そうでなくとも神理がまだ存在しない人理時代では瞬く間に人々を洗脳してしまう。思想統一による弾圧と布教、それが持つ強力な攻撃と弱体化がミルフィアの戦術だ。


神徒(レジェンド)すら弱体化させるとなると相当だな。しかしこれでは時間がかかる。この程度ではメタトロンは倒せまい」


 ガブリエルは自身の手を見つめていたがミルフィアに視線を戻した。弱体化は効いている。今もガブリエルの力を減らしているが、それはガブリエルからしてみれば微々たるものだった。彼女の強大さはこの程度ではビクともしていない。ミルフィア単体での布教では時間がかかる。


「どうだ、賭けをしないか?」

「賭け?」


 ミルフィアはいつでも攻撃できるよう片手をガブリエルに向けている。ただしガブリエルの言う通り、今攻撃してもダメージは望めないだろう。ミルフィアの布教を持ってもガブリエルの神化にはまだヒビ一つ入れられない。


「もしあの小僧がウリエルを説得、もしくは倒せたのなら、私も支点を壊そう。ただし戦うのはやつ一人だけだ。そして、お前には私と話をしてもらおう」

「信用できませんね」

「そうか」


 ガブリエルからの申し出を断る。ミルフィアとずいぶん話がしたいようだがそんなことは知ったことではない。神愛がウリエルを説得、もしくは倒せたなら支点を破壊できるならその方が戦って勝つよりも可能性が高いかもしれないが、それが果たされる保証もない。

 戦いは避けられない。それで勝つ方が確実だ。


「ではこれでどうだ?」


 そこでガブリエルが思いもよらぬ行動に出た。

 ガブリエルは振り返ると右手を支点である柱に向け、白光する球体を打ち出し破壊したのだ。


「な!?」


 まさかのことにミルフィアも驚く。支柱は砕け散り紋様は消える。ほのかに光っていた輝きもなくなり、結界の一つ、支点は間違いなく消え去った。


「これで話す気になったか?」


 いったいどういうことなのか。ミルフィアには本気で分からなかった。結界の支点守護は天羽たちにとって要も要、最重要任務のはず。

 それを、こうも容易く放棄するなど信じられない。

 嬉しい誤算であることは間違いないが、それ以上に意図が不明であり不気味だ。ミルフィアは閉口したままガブリエルを驚きの表情で見つめた。

 その彼女が正面を向く。その顔は平静としており躊躇いや後悔の類はまるでない。


「なぜこのようなことを?」

「正直に言おう。私は今でもこれには積極的になれなくてね。それよりも、私の関心は『お前だよ』」

「…………」


 ガブリエルが強調する『お前だよ』という台詞にミルフィアの目が鋭さを増す。

 ガブリエルは地上侵攻を本気で考えていない。彼女の意識は初めから別のものを見ていたのだ。

 それをようやく前にしてガブリエルの空気が変わる。

 今まで伝わってきたのは力だ。大きな物を見た時に問答無用で感じる存在感。だが、ここで初めて敵意が混じる。そう思えるほどの強烈な意思。絶対に逃がさないという想念が伝わってくる。

 ガブリエルが、本気で迫ってきていた。


「初めて会った時からお前も分かっていたはずだ。他の者は気づいていなかったようだが」


 ガブリエルがミルフィアに近づいてくる。


「かつて、そう、かつてだ。我らが父、天主イヤス様がまだ人の身であったころ。その最後は柱に括り付けての火刑によるものだった。経緯はこの際置いておこう。ここで重要なのは、その火を点けた者だ」


 優雅な足取りでガブリエルが過去を語り始める。神理慈愛連立を生み出したイヤスの死に際。それは彼ら天羽たちからしてみれば憤慨する場面だろうが、ガブリエルが言いたいことはそこではない。


「名をロンギヌス。そして、その妻の名が――」


 そう、重要なのはそこではないのだ。

 それもそのはず。何故ならば、歴史的場面において重要な存在であるロンギヌス、その妻こそが――


「エルフィア」


 エルフィア。似ている、その名前。誰かのものとほぼ同じ。

 そう、同じなのだ。名前だけでなく、その姿形すら。


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