もう一度言う、これは守るための戦いだ。これに破れて、慈愛連立が名乗れるか!
それからミルフィアは部屋を出て行き時刻は翌朝になっていた。早朝の四時に起床し食事を済ませる。すぐさまここを出発しサン・ジアイ大聖堂を目指すためだ。軍も聖騎士隊の連中も教皇宮殿の広場で黙々と準備を進めている。あいにくの曇り空に先行きは暗いが士気は高い。俺もすぐに戦えるよう腕を伸ばしていた。
そこへミルフィアや加豪、天和がやってきた。
「おはようございます、主」
「おう。加豪も天和もおはよう。よく寝れたか?」
「まあね。むしろあんたの方が心配だったけど、どうやら大丈夫そうね」
「迷いは晴れたの?」
「おお。やることは決まってるんだ、うだうだしてたらその隙に死んじまうぜ」
「その意気よ」
三人と少し話をしただけだがなんだか心強く感じる。ミルフィアも、加豪も、天和も、みんなそれぞれしっかりした表情をしていた。それを見て俺も自然と自信がついてくる。
軍や騎士たちがばたばた動いている広場には装甲車などの軍用の車が何台も停車している。その中に混じって学生服姿の俺たちはずいぶん浮いているように見えた。
「加豪と天和は俺たちとは別だよな?」
俺とミルフィアは一緒にサン・ジアイ大聖堂へと向かうが加豪と天和は別の車で出発だ。
「ええ。次に会うのはいつかしらね」
「もしかしたら永遠にないかも」
「天和。そういうこと言わない」
「そこは気づけなかったわ」
これから戦場に赴くというのにいつもの光景と変わらない……。なんていうかすごいな。
「それじゃ私たちはもう行くわ。ヤコブって騎士は遅刻とか絶対許さなそうだし。ほら、天和も行くわよ」
「それじゃ」
そう言って二人は自分たちの車へと向かうため踵を返す。
が、俺は二人を呼び止めた。
「加豪、天和」
「ん? なによ」
「なにかしら」
二人が振り向き俺を見てくる。加豪の黒い目と天和の赤い瞳が疑問を投げかける。
そんな二人に、俺は昨夜思ったことを実行した。
「今のうちに言っとくけどよ、ありがとな」
「は!? なにが?」
「宮司君大丈夫?」
「うるせえ! それにいろいろだよいろいろ」
お礼を言ったのになぜか心配された。どういうことだクソ。らしくないことをしている自覚はあるがこんな反応は予想外だぞ。
俺は頭をかきむしりながら顔を逸らした。そのまま二人にぶっきらぼうに言ってやった。
「それと、死ぬなよ」
それだけは、なんとしても回避したいことだったから。恵瑠を止めるための戦いで誰かを失ったら意味がないんだ。死んで欲しくない。それは本当に。絶対だ。
そう言うと加豪が俺に近づいてきた。なにかと思うと、加豪は俺に拳を突き出してきたのだ。
「神愛」
「……おう」
その拳に合わせ、俺も拳を作った。二人で拳をぶつけ合う。加豪らしい返答に俺たちは小さく笑った。
次に天和に振り向くがこいつはいつもの無表情だった。
「私は平気よ」
「その自信はどこからくるんだ……」
まあ、こいつがパニクった姿なんて見たくもないからいいけどさ。
「神愛。恵瑠のことは任せたわよ。その分、他は私たちがやる」
「興奮しすぎて自分を見失わないようにね」
「ああ、肝に銘じておくよ。二人も気をつけろよな」
それで今度こそ二人は去って行った。ここには俺とミルフィアがいる。
「よし」
俺は今一度気合いを入れ、隣にいるミルフィアに振り向いた。
「それじゃいこうか」
「はい、主」
ミルフィアも頷き俺たちは歩き出した。
これから俺たちは天羽軍と戦う。地上に生きるすべての人類の未来のために。
けれど俺にはもっと重要な目的がある。
恵瑠と話をつけてくる。いいや、そんな甘い話じゃない。
俺は、あいつと喧嘩をしにいくんだ。待ってろよ、最後まで付き合ってもらうからな!
俺はミルフィアと一緒に車に乗り込んだ。エンジン音が鳴り出し発車する。向かう先はサン・ジアイ大聖堂。天羽軍地上侵攻の本拠地。
いよいよ、決戦だ!
*
神官長ミカエルが率いる天羽軍とゴルゴダ共和国の決戦が間近に迫っていた。共に譲れぬもののために、そこに多くの想いを乗せて。
曇天が空を覆い、不穏な空気が首都ヴァチカンを包んでいた。サン・ジアイ大聖堂正面、北の区画に立つガブリエルは目を瞑りながらその時を待っていた。剣で武装した多くの天羽が宙と地上で待機している。その最前線、正面にガブリエルはいた。
その彼女の目が開かれた。
「……来たか」
*
首都奪還作戦。天羽たちに奪われたヴァチカンを取り戻すべく、そして地上侵攻を阻止すべくペトロが指揮するゴルゴダ軍はヴァチカンに向け進軍していた。兵士たちはハートがモチーフの国旗が描かれたジープに乗り込み、道路を埋め尽すほどの量で目的地を目指す。距離が近づくにつれサン・ジアイ大聖堂の威容と天高くに現れた天界の門が大きくなっていく。首都に入る前に車から降り装備を確認する。これからは徒歩だ。車中にいては襲撃に対応できない。兵士は軽装の銀色の防具をつけ肩からサブマシンガンをぶら下げる。対して騎士たちは接近戦を想定した厚い鎧に身を包み剣を腰に差し盾を持っていた。
ここに教皇派と神官長派という隔たりはない。皆が慈愛連立として、ゴルゴダの者としてこの決戦に挑んでいる。
ペトロたちは北の区画へと足を踏み入れていた。サン・ジアイ大聖堂まで一本道の大通りには純白の建物が並んでいる。染みすらないほどの白の町。
そこで、大勢の天羽を背後にガブリエルが立っていた。
両軍が対峙する。共に大軍だ、それが一つの町に集い雌雄を決しようとしている。
遠目に見えるガブリエルの姿と天羽たちが街を占拠しているのは異様な光景だった。まるでおとぎ話のような絵が実際に広がっているのだ、背中から羽を生やした聖なる存在がそれも大勢。
この光景に圧され、戦意が揺らいでいた者はいたかもしれない。それも当然だ、聞くと見るとでは大違い。お怖気づく者がいても仕方がない。
「聞けぇ!」
その時、今やゴルゴダのすべての戦力を預かる聖騎士第一位、ペトロは大声で叫んだ。背後へと振り返り、己の敵と直面した仲間たちへと告げる。
「この戦いは我々慈愛連立だけのものではない、天下界に生きるすべての者たちを守るための戦いだ」
改めてこの戦いの意義を伝える。それは大義であり、この戦いに挑む理由だ。
「そこには、お前たちの家族もいる。愛すべき者がいる。この戦いに破れれば我々はすべてを失う。なにより、己の信仰を無くすことになる!」
ペトロの言葉を誰しもが聞いていた。死ぬかもしれないという極限の状況、これは戦争だ。その中で、彼らはペトロの言葉に耳を傾け鉄の意思を固めていく。
「我々は慈愛連立だ、人を助けることを尊ぶ信仰だ。そこに教皇派も神官長派もない、この信仰を信じる者たちがこれほどまでいるのだ。この神理ならば身を捧げていいと、そう思えるほどの思想がそこにはあったはず。そこに費やしてきた、今こそ信仰を示す時だ。もう一度考えろ、なぜ戦うのか。そして思い出せ、今まで信仰に尽くした自分を!」
首都ヴァチカンで行われる神官長ミカエル率いる天羽軍とゴルゴダ共和国との戦い。それは人類すべての危機に他ならない。
これは守るための戦いだ。それは慈愛連立の本質、これを達成できなくば慈愛連立ではない。そこに費やしてきた時間も努力も無駄に終わってしまう。
それを決して無駄で終わらせないためにも。
今こそ、己が信じ費やしてきた、信仰が試される時なのだ。
「もう一度言う、これは守るための戦いだ。これに破れて、慈愛連立が名乗れるか!」
ペトロは剣を引き抜き正面を向いた。遠目に見えるのは大通りに立つガブリエル、その背後には数えきれないほどの天羽たちが待ち構えている。
けれど不安はない。怯えもない。胸には生まれた時から共にある、信仰が迷いを払ってくれる。
地上最大の危機に、彼らは立ち向かっていった。
「いくぞ、開戦だ!」
『うおおおお!』
ペトロは走り出した。彼の後に続き大勢の兵士と騎士が走り出す。
ゴルゴダ軍が走り出したことにより天羽軍も動く。
「ふん。行け」
ガブリエルからの命令に天羽たちが一斉に動き出す。翼を羽ばたき、低空を疾走、もしくは上空から襲いかかる。
白い大通りで両軍が激突した。まるで津波と津波の衝突だ、間では火花のように戦いを繰り広げている。兵士は銃口を宙に向け、騎士は正面から来る天羽たちと戦っている。
まさに乱戦、銃声から剣と剣がぶつかり合う音が響き合う。