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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
189/428

この『眼』にな

「人間なんか娶りやがって、変態ヤロー。そもそもてめえ、人間なんて眼中にねえみたいな素振りしておいてどういう風の吹き回しだ? ああ?」

「フッ、そうだな。過去の私の振る舞いについては訂正しよう。人間は美しい」

「そうかねえ~」

「お前も直視できれば気が付くさ」

「そりゃ嫌味か?」

「いいや、他意はない。私も聞かせてもらおう」


 久しぶりに出会った知人と交わす他愛もない会話。そんな印象を思わせる。だが、アザゼルは剣を抜き緊張感が跳ね上がった。赤い眼光が強烈な威圧とともに放たれる。

 神の如き強者、アザゼル。そうとまで呼ばれた彼が、本気の戦意をぶつけてきている。


「手を退く気はないか? お前たちのやっていることは弾圧だ、正義ではない」

「ハッ、吹かしやがる」


 それを軽々受け流すサリエルも流石だった。修羅場は何度も経験しているし殺し合いは数えきれない。なにより神のために創られた天羽が裏切っておきながら正義を語るとは片腹痛い。


「ならお前の正義を見せてみろ」


 悠長な話し合いはここでお終いだ。

あとは血なまぐさい戦いでしか終わらない。もとよりそのつもり、ここは戦場で自分は裏切り者を裁く処刑人。

 サリエルは肩に担いでいた大鎌を片手で振るうと、空いた片手を頭の後ろに回した。

 そして、包帯を解く。


「この『眼』にな」


 開眼される正真正銘の邪眼。視界は魔界だ、彼に見られた者はそれだけで寿命が減っていく。耐性のない者なら彼の支配下に置かれ洗脳することも発狂させることも一瞬だ。もし耐性があっても体力の減衰は免れない。力は制限され寿命は刻一刻と目減りしていく。最後に行きつく先は死に他ならない。

 彼最大の武器が解放されたことによりアザゼルから声が漏れる。逃げ遅れた堕天羽たちは悲鳴を上げながら墜落していった。当然のこと味方である天羽たちは撤退している。彼の邪眼は問答無用だ、巻き添えを食らってしまう。

 味方はいない。彼は常に一人。そして勝ってきた。

 その自負、その自尊。自分は強くそれゆえの四大天羽。最高位の天羽だという誇りがある。

 サリエルの邪眼に体を強張らせながらも、アザゼルの戦意は少しも衰えていない。


「この程度かサリエル!」

「抜かせ裏切り者!」


 二人は互いの武器を構え衝突した。同時に駆け出し刃と刃をぶつけ合う。サリエルの戦いはその性質上短時間で決着がつく。何故なら視認累積時間六〇秒で相手を殺す眼だ。相手は特攻して短期決戦に持ち込むしかない。それをのらりくらりとやり過ごし六〇秒相手を見るのが確実な戦術かもしれないが、それは彼の性格が許さない。相手が正面から斬ってかかってくるならそれをぶっ潰す。逃げて殺すなど臆病者のやることだ、誇りを持つ天羽のやることではない。

 よって両者の戦いは激闘必死。時間制限付のデスマッチだ、いきなり全力でぶつかり合っている。強者同士の戦いは拮抗し、戦いは五〇秒の終盤に差し迫った。

 二人は武器の間合いに入っていた。

 先手はサリエル。彼の大鎌の刃が差し迫る。それを、アザゼルは剣で受けなかった。刃はそのまま彼の胸に突き刺さる。激しい痛みに彼から苦鳴が漏れるがこれは覚悟の上、ここで我慢しても一〇秒後には死ぬのだ。ならば肉を切らせて骨を断つ。アザゼルはサリエルの鎌を封じ、心臓目掛け片手剣を突き刺した!


「ちぃ!」


 アザゼル必死の反撃。サリエルは咄嗟に片手を大鎌から放すと突き出される刀身を掴んだ。止めるだけの余裕はない、出来て狙いを外すことだけ。

 アザゼルの剣はサリエルの腹部を突き刺した。


「くっ」

「がは」


 刃が突き刺さる苦痛をサリエルもアザゼルも堪え手は震えていた。


「相打ち、か」

「アホ、てめえだけ死ね」


 サリエルの怪我は致命傷ではなかったが放っておけば死ぬ傷だ。それでも決め手を欠ける今、トドメを先に刺すのはサリエルだ。


「一分だ。あばよアザゼル、くたばっちまいな」


 邪眼のタイムリミット。段階的に呪いを上げていく死の視線(イービル・アイ)の終着点。決まっていた時がくる。死だ。


「アザゼル様!」


 だが両者の間に突如堕天羽が割り込んできた。次々と迫り来る堕天羽たちにより視界からアザゼルが消える。


「クソがッ」


 突き刺さっていた刃は抜けサリエルとアザゼルは離れた。サリエルは大鎌を振るい襲ってくる堕天羽たちの相手をする間、アザゼルは膝を付き他の堕天羽たちに支えられていく。


「アザゼル様、撤退を!」

「……仕方がないか」


 アザゼルは翼を広げ浮上した。その姿がちらりと見えるがすぐに堕天羽の翼によって隠されてしまう。


「てめえ! 逃げてんじゃねえぞ!」

「さらばだ」


 アザゼルは数体の堕天羽たちを引きつれ飛び立った。邪眼の効力が視認累積時間とはいえ長時間離れればリセットされてしまう。すぐにでも追いかけ息の根を止めたいところだが、彼の仲間が立ち塞がる。


「四大天羽サリエル、アザゼル様がつけたその傷、無駄にはしない。その命、この場でもらい受ける!」


 一斉に剣を構える。その気迫もそうだが彼の視線に耐えているだけで雑魚ではない。手練れの天羽。信仰者でいうところのスパーダクラスたちだ。

 頭に血が上っているサリエルとてそれは承知している。どんな状況でも彼我の差を見誤るほどサリエルの戦闘能力は低くはない。だがあえて叫ぶ。


「ザコ共が……! 舐めてんじゃねえぞこの俺を! アザゼルの居場所を教えろや。あいつはどこにいる、なにしてやがる、死に方はなにがいいか聞いてこい!」


 腹に突き刺さった痛みを無視して大鎌を構える。かなり痛いしほっとけば死ぬがまだ耐えられる。その間にこいつらをやる。そしてアザゼルの居場所を聞き出し決着をつける。アザゼルを殺すまであと五秒見れば十分。そこまで追い込んだのだ、逃すわけにはいかない。それが出来ると判断し、サリエルは交戦の構えを見せる。


「なに?」


 だが、ここで急遽事態が一変する。

 目の前にいた堕天羽の一体、その足元から炎の柱が立ち上ったのだ。堕天羽の全身を覆うほどの炎柱は五メートルにまで即座に到達し、その燃え盛る炎の熱量に堕天羽は悲鳴を上げる前に蒸発していた。残った僅かな灰だけを残し、火柱は墓標のように燃え盛り聳え立つ。


「これは?」


 突然も突然。サリエルは当然のこと、敵である彼らもこの事態に唖然と炎の柱を見上げていた。なにが起こった? これはなんだ? 誰の仕業だ? 黙っていても相手が考えていることが分かる。ここにいる全員が同じことを考えていた。

 そこへ響くのは、美しくも冷徹な声だった。


「神に逆らう愚者どもよ、これは裁きだ。その罪は炎で浄化され、その魂は慈悲深き天主の元へ導こう」


 その声に導かれ全員が宙を見上げる。

 青空を背景に、日の光を受けて、そこにいたのは純白の八枚の羽を広げ立つ白髪の天羽だった。まるでウエディングドレスを思わせる優雅さに四肢に備わった防具、凛とした姿勢は女性ながらかっこよく、美しかった。


「我が名はウリエル。恐れることはない。死は、救済だ」


 言葉の後、いくつもの炎が柱となって燃え上がった。その直上にいた堕天羽たちは一瞬で燃やされ消滅していく。まさに瞬殺、戦場は炎が走り彼女を称えるように燃え盛る。

 白い髪の天羽。なにより比類なき炎の使い手。サリエルは驚愕するものの納得していく。


「ウリエルだと? こいつか、噂になってる天羽ってのは」


 彼女のことは彼の耳にも入っていた。いくつもの戦場で堕天羽討伐の功績を上げている白い髪の天羽がいるとか。どのような不正にも毅然と立ち向かう正義感と気高さ。もとから気品を備えた天羽たちからも尊敬される神の炎。

 ウリエル。彼女は次々と堕天羽たちを強力な炎で消滅させていく。


「消えるがいい、哀れな魂よ」


 一切の躊躇いなく、彼女は炎を振るっていった。


「おいてめえ! いきなり現れてなにしてやがる! 全員消すつもりか!?」


 淡々と作業をこなすウリエルだがサリエルからしてみれば堪ったものではない。このままではアザゼルの居場所を知る情報源が丸焦げだ。それで叫ぶのだが彼女から反応はない。まるっきり無視だ。


「シカトしてんじゃねえぞ!」


 サリエルは大鎌を投げつけた。ブーメランのように回りながらウリエルに迫る大鎌。手加減なしの一投にそのまま首が飛んでしまいかねない。

 よもや命中と思われたその直前、ウリエルは背負っていた長剣に手を伸ばした。純白と白銀で輝く剣を軽々振るい大鎌を弾き飛ばす。サリエルは空間転移を念じ弾かれた大鎌を手元に呼び戻した。

 この攻防の隙に生き残った堕天羽たちは逃げ出しここには二人だけとなった。


「逃げたか……」


 ウリエルはあくまで堕天羽狙いであり逃げ去った堕天羽たちの背中を見つめていた。すぐに追いかけんと羽を動かす。


「ちょっと待てや」


 その前にサリエルは制止をかけウリエルの動きが止まった。その後今まで動かなかった青い瞳がサリエルを見下ろした。


「……なんだ?」


 本人にその気があるかは知らないが、その視線は強烈な戦意と威圧感に満ちていた。断固とした決意は怒りにも似ている。それは正義感か。悪を許せないという彼女の怒りが、激しいまでの戦意となって滲み出している。


「なんだじゃねえだろアホ、なに俺の邪魔しておいて追おうとしてんだよ」


 サリエルは大鎌を肩に担ぐと空いた手で包帯を転移させ掴んだ。目を瞑りその上に当てると包帯が自動で巻き付き頭の後ろで結ばれる。

 ようやく落ち着いて話せる状況になったわけだがサリエルは苛立った様子で話しかけた。


「あいつら全員消したら聞きたいことも聞けなくなるじゃねえか。それをてめえ、ご丁寧に一体残らず灰にするつもりか?」

「これは正義だ」

「ああ?」


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