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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
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さきほどの炎熱の世界に場違いなプリーストが迷い込めば一瞬で蒸発だろうが、この死の世界に踏み込めば一瞬で衰弱死だ。

 ウリエルは苦しみながらも立ち上がった。じっとはしていられない。見られているだけで状況は悪化していく。体力の低下の度合いからして効果は二倍だと理解して、猶予も三十秒もないと察する。さらに空間すべてが視界となったことでサリエルの背後を取る戦術も通用しない。

 さきほどの炎熱の世界に場違いなプリーストが迷い込めば一瞬で蒸発だろうが、この死の世界に踏み込めば一瞬で衰弱死だ。体力と寿命を根こそぎ奪われ一秒も生存できない。この世界でこうして生きていられるのはウリエルだからこそ。その彼女でもタイムリミットの三十秒では殺される。


「無価値な(ファイア・オブ・ノーライフ)!」


 であるならばこれしかない。

 ウリエルは頭上に向けて無価値な(ファイア・オブ・ノーライフ)を広げた。それにより巨大な邪眼の視線を大部分消滅させる。だがすべてとはいかず視線は漏れる。そこからウリエルの体力と寿命を吸い取っていた。またサリエルの邪眼までは防げていない。完全な防御は不可能。


「くっ!」


 抵抗するも延命行為でしかない。もとの原因を断たねば命は尽きる。


「はあああ!」


 ウリエルは叫びを上げ再び炎の柱を打ち上げた。猛烈な勢いで立つ十を超える火柱が周囲を再び熱していく。それすら殺さんと死の空間は燃焼活動を停止に追い込む。ならばとウリエルは続けざまに火柱や炎を巻き起こした。

 この場は炎熱と死の簒奪が行なわれていた。勢いは拮抗し、空間の支配権を綱引きのように奪い合う。

 両者は突撃した。ウリエルは炎をまき散らし、サリエルは邪眼で見つめながら。


「はあああ!」

「うをぉおお!」


 宙で二人の刃が激突する。翼が空を疾走し、白い光となって二つの軌跡を描く。目まぐるしい高速戦、剣戟の音が空間を震わした。


「おらあ!」


 サリエルは大鎌を片手で横薙ぎした。槍と同じく刃ではなく柄での打撃、広範囲の攻撃をしかしウリエルは刀身で受け止める。だがこれで終わりではない。

 剣は振るう、槍は突く。そこに引くという攻撃はどちらもあり得ない。

 だが、サリエルは引いた。それにより刃が背後から襲ってくる!


「!?」


 ウリエルはすぐさましゃがんで回避した。白の長髪はふわりと滞空し、直後その場を刃が通り過ぎる。彼女の毛先が切断され風に流された。

 ウリエルは炎を巻き起こしサリエルを攻撃した。彼女が誇る、全力の火力だ。

 だが炎熱の猛威を振るうも牽制程度、この世界では瞬く間に線香花火のように儚く消えていく。さらに月の加護を得たサリエルの肉体強度はさきほどとは比べものにならない。仮に傷をつけても瞬く間に回復してしまう。

 やるなら一撃による必殺、それしかない。

 ウリエルは最大規模での無価値な(ファイア・オブ・ノーライフ)を発動させた。すべてを消滅させる脅威が街を覆い建物は灰も残らず一瞬で姿を消した。津波の如き消滅行動に彼女を中心として直径十メートルは無と化した。 

 防ぐ術はない。サリエルはすぐさま空間転移で距離を取る。これだけは警戒しなくてはならない。必滅の炎を受ければ戦況など関係ない、その時点が勝負がつく。

 ひりつく空気、下手をすれば一発で死亡という緊張感。けれど勝機はある、勝てるという可能性。それに向かってひたすら挑む。勝利に向かって走るのだ。

 因縁の戦いの最中、サリエルは高揚していた。

 楽しいのだ。楽し過ぎる。お前なんか嫌いだと思っているし、殺したいほど憎し現に殺し合っている。増悪だけで倉が収まりそうだ。

 なのになんだ、なんなのだ。この興奮、この歓喜。サリエルは叫び出しそうだった。


(最高だお前はよ!)


「うおおおお!」


 憎い敵に斬りかかりながらサリエルの表情は輝いていた。最大の困難を乗り越えてこそ、その先に栄光が手に入る。怒りも、憎しみも、名誉心も、すべてが歓喜になっていく。

 サリエルの猛攻にウリエルは苦戦していた。二つの邪眼に対処は困難、無価値な(ファイア・オブ・ノーライフ)で防いでいくもジリ貧だ。刻一刻と迫る終わりの時、これ以上は続けられない。

 ウリエルは無価値な(ファイア・オブ・ノーライフ)を攻防両面に用いながらサリエルに接近していく。長剣を構え、突撃した。

 必死な彼女をサリエルは歓迎する。


「そうだ! それでいい、それしか方法はないんだ。攻めて攻めて、俺の元に来い! 相手になってやるぜウリエルゥウウウ!」


 ウリエルが振るう大剣をサリエルは大鎌の柄を両手で持って受け止めた。ウリエルはすぐに左手を向け無価値な(ファイア・オブ・ノーライフ)を放つも躱される。空間転移で真横に移動すると大鎌を回転させ、ウリエルもそれを体をわずかに横にずらして回避した。

 武器を構える。次の一撃を放つため。正面にいる敵を睨みつけ、ウリエルもサリエルも刃を振り被り、同時に振るった!

 迫る刀身と大鎌の刃。先に到達するのは大鎌の刃だ、先が相手に向いている分早く届く。

 しかしウリエルは振るった剣で防御せず、刃はすれ違い、


「ぐぅう!」


 大鎌の刃はウリエルの左肩付近に突き刺さった。激しい痛みに声を噛み殺して我慢する。

 このことにサリエルの顔がハッとなるがもう遅い。

 ウリエルの攻撃は大鎌を受けたことで止まっており、左手で大鎌を掴んだ。そして右手で扱う長剣を突き刺し、サリエルの腹を貫通した。


「ぐああ!」


 腹部に走る激痛に叫ぶ。


「また腹かよ!」


 懐かしい痛みに忌々しい記憶までも蘇る。

 しかしこれで空間転移は扱えない。痛みと引き換えに好機を得て、ウリエルは剣を引き抜くと同時に左手をサリエルに向けた。


「無価値な(ファイア・オブ・ノーライフ)!」


 猛る青白き炎。必滅の火が彼の中心に直撃し、サリエルは胸から下を失った。


「な、にぃい! ……ガァ!」


 そこへウリエルは大剣を投げつけた。サリエルの胸を捕らえそのまま飛んでいくと建物に突き刺さった。


「ガッ、ああ……!」


 サリエルから虫の息が漏れる。

 ウリエルは地上に降りた。サリエルに刺された肩口の傷に右手を添えながら、外壁に磔にされたサリエルを見上げる。


「クッ、ククク……引き分けだな、ウリエル……」


 サリエルの損傷は致命的でありもう助からない。にも関わらずサリエルは笑い、目を伏せて話していた。そこに悲観な響きはない。


「俺が死んでも当分その邪眼は終わらねえ。それで終わり。てめえはここで死ぬんだよ……」


 頭上から空間全土を見下ろす最大の邪眼。その効力は今もウリエルの体力を奪っている。それにより彼女の表情は苦々しい。

 ウリエルの苦しむ姿。確約された死。決着はついた。それを見れないのが残念だが、これが答え。

 二千年もの間置き去りにされた決着の結末を知り、サリエルは満足そうな笑みを浮かべていた。


「お前を、お前をようやく……! はっ、はは、は、は、は…………は…………」


 笑い声は次第に弱くなっていき、最後には途切れ終わっていた。

 七大天羽サリエル。最後まで恍惚とした表情で、彼は意識を失い頭を下げた。体は光の粒子となって風に運ばれていく。

 彼は答えを得た。結果に不満がないといえば嘘になるが、それでも。

 その退場は、清々しいものだった。

 彼が消えるのをウリエルは黙って見送っていた。彼の消滅を確認する。それでもウリエルの表情は晴れない。脅威はまだ去っていないのだ。

 見上げればそこには禍々しき月の邪眼。誰かに監視されるのが不快なように、その究極とも言えるこの邪眼が放つ精神攻撃は信仰者でも耐えれない。ましてや見るだけで相手を殺すなどデタラメにもほどがある、隠れても無駄などめちゃくちゃだ。

 サリエルとの戦闘を経て、タイムリミットはあと、五秒に差し迫っていた。

 サリエルの言う通りこの邪眼は未だに消える気配を見せず健在している。自然消滅するにはまだ時間がかかる。

 タイムリミットまであと四秒。

 邪眼の視界の外まで空間転移しようかとも考えるがすぐに無駄だと分かる。視界そのものが結界のようになっており外に出ることが出来ない。空間が固定されている。

 このまま死ぬのを待っているしかないのか。

 ぎり、と拳が握り締められる音がする。

 まだだ。死ぬわけにはいかない、こんなところで。

 まだ理想は道半ば、愛する人の明日も守れていない。

 ウリエルは背中を大きく反って、月を見上げた。

 タイムリミットまであと三秒。

 ウリエルは八枚の羽を動かし、パイルバンカーのように地面に突き刺した。八枚の羽がそれぞれ地面に穿たれウリエルの体を固定する。彼女は左腕を月に向け、右手で左手首を持った。青白い炎が手の平に出現し、その量を増やしていく。

 あと二秒。


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