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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
184/418

ここは悪を滅する焼却所。赤とオレンジに変色した世界に焼かれ罪業よ浄化されるがいい


「始まったな」


 それを察知したガブリエルが小さく呟いた。ウリエル同様結界の支点守護に当たっている彼女は街並みの中一人立っていた。その視線が横を向く。建物の先で起こっている出来事を見つめるように。


『どちらが勝つと思う?』


 彼女の耳にささやくように声が入ってきた。声はラファエルのものだ。超越者(オラクル)の空間転移を応用すれば自分の声を相手に転送することもできる。


「さて、私はどちらでも構わんが。しかし」


 同僚からの問いかけに小さく肩を竦ませた後、ガブリエルは表情を醒めたものへと変えていた。


「厳しいだろうが、せいぜい奮闘するがいい」


 それは誰に宛てた言葉だったのだろうか。つぶやきは、しかし当事者には伝わらない。

 それでもささやかに祈るように。ガブリエルは天を見上げた。


「二千年ぶりだ、せいぜい悔いのないようにな」


 ウリエルとサリエルの出会いを知っている、そんな彼女だからこそ。

 その声は激闘の予感に反して、穏やかなものだった。



 二人の因縁の戦い。それは激突必至の戦闘だ。サリエルの執念は常軌を逸している。並大抵の意志ではない。そんな男が挑む相手はウリエルだ。伝説と化した天羽との戦いとなれば本気にならざるを得ないし、ウリエルも仲間を殺めたサリエルに手心なんて加えない。無慈悲なる正義の炎が仲間殺しの罪業を焼き滅ぼすだろう。

 ゆえに、この戦いは激戦。もともとサリエルの特質上長期戦はあり得ない。全力の戦意がぶつかり合うのだから当然だ。二人の戦いがどのような展開を見せるのかは誰にも予想がつかない。

 だとしても、そう、だとしてもだ。いったい、どこの誰がこのような戦いを予想できただろうか? 戦いは始まってまだ一分も経っていない。

 にも関わらず。

 戦いは、サリエルの防戦へと追い詰められていた。


「ぐっ! ガッ? ああああ!」


 上がるのはサリエルの叫び声。全身を襲う痛みに絶叫を上げていた。

 ウリエルは、直径二メートルはあろうかという火柱を次々と起こしていたのだ。


「はあああ!」


 翼を広げ宙に浮かぶ彼女が烈火の声を叫ぶ。それに連動してサリエルを狙い撃つ火柱の発生。それをみすみす受けるサリエルではない。空間を自在に飛行し時には空間を転移して回避する。

 が、意図してなのか偶然の産物なのか。火柱の乱立、それによって起こるのは空間レベルでの燃焼だった。周囲の温度が、急激に上昇している!

 地上から噴火の如き勢いで聳える火柱。町に無秩序に立つその数は三六を超えていた。暗黒の空とマグマのような地上は星の原始を連想させる。まだ生まれたての星のよう。絶え間ない噴火と豪雨を繰り返す原初の時だ。

 だが、それは同時に無、生命が生まれる前を意味する。このような環境で命が生まれるはずもなく、また、許すはずもない。

 周囲の温度は、数千度を超えていた。


「グゥウウ!」


 それが最もサリエルを苦しませていた。攻撃を躱しても躱せるものではない。火柱の直撃は未だゼロだがこれだけは防げない。彼の死の視線(イービル・アイ)もこと範囲と厄介さならば指折りだがこれには及ばない。

 視界を上回る、これはまさしく空間攻撃だ。空間そのものが攻撃、ゆえに死角など存在しない。

 激しい熱によりさらなる異変が発生する。この場にいくつもの竜巻が発生していたのだ。

 火災旋風。激しい火災現場で見られる現象。熱は上昇気流を起こす。それは竜巻になり周囲の炎を巻き上げ猛り狂う。いくつもの炎の竜巻が、まるで生き物のように揺らめいていた。

 灼熱の世界。あらゆるものすべて灰に帰す非情な正義。

 その世界で八枚の羽を出し、優雅に浮遊するのはここの主ただ一人。

 天羽軍四大天羽ウリエル。彼女の全力が、世界となってサリエルを襲う。

 膨大な熱にその身を焦がされながらサリエルは突撃していた。宙に浮かぶウリエル目掛けサリエルも翼を広げる。黒の大鎌を両手に携えて、妨害してくる火柱を掻い潜る。戦いは明らかに劣勢だ、戦場すらいつの間に相手のホームになっている。いや、ウリエルにしてみればどこだろうがすべてを燃やしてホームにするのだろう。

 そんな困難を踏破して、ようやくたどり着くものの、


「フン」


 ウリエルは彼の背後へと転移した。

 みすみす相手の攻撃を受けぬのはウリエルも同じ。サリエルが見れば炎で隠し近づけば背後に回る。戦いが始まってから、死の視線(イービル・アイ)の視認累積時間は三秒も経っていなかった。


「あ、アアアア!」


 その逆境、地形まで変える激闘にサリエルは吠える。見て殺す、そうでなくば斬り殺す。連続する空間転移と高速移動で撹乱し、妄執的な観察眼を働かせ、ウリエルの隙を見つけ出す。

 その気概は実り、サリエルはウリエルの背後を取った。すぐさま鎌を振るって一撃のもと命を刈り取る。

 それを読んでいたか、ウリエルは振り向きざまに大剣を振るってきた。両者の刃が激突する。


「うおおお!」


 間合いに入った。サリエルは攻める。空間転移させる暇など与えない、押して押して押し通す。

 サリエルが振るう大鎌の烈風とウリエルが突く大剣の轟風。それは地面を抉り亀裂を入れ大気に乱気流を生んでいた。サリエルが操る大鎌は独楽のように回転し死を振り撒く風車と化している。それを捌くのは至難の業だ。

 だが、それを見事ウリエルは受け切った。剣技においてもウリエルは一流だ。対処の難しい鎌の軌道を見切り、自身の身長ほどある長剣でいなしては攻撃していく。

 両者の一進一退の攻防。剣戟の音が鍛冶場のように鳴り響く。武器による戦いは互角だ、どちらが勝っても不思議ではない。

 けれど勝負はウリエルに傾いていた。すでに空間は彼女の支配下だ、サリエルはウリエルの轟剣を躱そうとも灼熱までは躱せない。ウリエルも死の視線(イービル・アイ)の体力減衰を受けているものの被害は比べるまでもない。


「クソがぁああ!」


 その差が分けた。実力が互角だからこそサリエルは押し切られる。

 その隙にウリエルはさらに火柱を打ち上げて、サリエルとの間に壁を作った。燃え盛るいくつもの柱はまさしく彼女の正義の具現。悪を根絶やしにせんとする思いの発露だ。

 サリエルは攻める。自慢の邪眼と大鎌を遺憾なく発揮する。むしろそれしか術がない。玉砕覚悟でもなんでもいい、一撃、それだけ当てての逆転狙い。自身が灰になるより前に、敵を殺す!

 我武者羅だろうが猪突猛進だろうが自然とそうなる。やむを得ない、もたもたしていれば本当にローストだ。時間制限に急かされる。本来は対戦相手が追い込まれる状況に自身が追い込まれていた。

 なんたる皮肉。そしてだからこそ忌々しい。貴様、いったい誰の真似をしてやがると。


「てめえウリエルぅうう!」


 叫び、何度も特攻する。大鎌の刃をウリエルの胸に突き刺す。

 しかし、その度にウリエルは炎で身を隠すか空間転移で背後へと回ってしまう。まるで手慣れた闘牛士だ、いくらサリエルが攻めても躱されこの繰り返し。

 ウリエルは距離を取ると左手をサリエルに向けた。狙いを定めると打ち上がっていた火柱が集まってきた。みるみると巨大な火の玉へとなっていく。


「はあっ!」


 ウリエルの気迫と共に獄炎が放たれる。火柱だけでも天羽を一掃するのにこれの火力はその数倍、受ければひとたまりもない。

 サリエルは受け切れないと判断し間一髪回避する。即死は免れた。だが、なお上昇していく温度の猛威。


「ぐぅ! ぐっ、がああ!」


 意識が飛びそうな熱だ、立っているだけで肌が爛れる。だが、恐るべきはこれは余波でしかないということ。あくまでおまけ。それだけで辺りはこのザマだ。

 彼女の炎に周囲の景観は一変していた。

 熱量にアスファルトは溶け出し水たまりになっている。空間そのものが膨大な熱量によって歪曲し街は水あめのように溶けて形を変えていく。

 彼女の技が、正義を執行せんとする炎が空間すら変異させ襲いかかる。逃げ場はない、数千度と化した空間そのものがウリエルの味方となって異物を排除する。

 ここは悪を滅する焼却所。赤とオレンジに変色した世界に焼かれ罪業よ浄化されるがいい。


「があああああ!」


 全身を焼かれる痛みにサリエルは叫んだ。だが意識までは手放していない。戦意はまだある、尽きてはいない。

 すさまじい執念でウリエルの姿を追いかける。邪魔する炎の柱と壁を切り裂いて、どこまでも追いかけた。


「ふぜけんじゃねえ、ふざけんじゃねえ、ぞ……ウリエルぅ……!」


 だが、追い詰められているのは自分の方だった。

 世界すら燃やし尽くすウリエルの炎に炙られる。それで形を保っているだけで僥倖だ、プリーストなら戦うどころかこの空間に入った瞬間に蒸発している。それほどの熱にサリエルも無傷とはいかず、肌は刻一刻と焼かれ炭化していく。

 そんなサリエルの行動を無駄だと叩き付けるかのように、ウリエルは必殺の奥義を発揮した。


「無価値な(ファイア・オブ・ノーライフ)


 左手の前で新たに燃え上がるのは青き炎。白が混ざったそれはあらゆるものを消滅させる概念攻撃だ。彼女が誇る絶対の力を揺らめかせ、ウリエルはサリエルを見下ろした。


「お前は負ける」


 サリエルの死の視線(イービル・アイ)は消滅している。そのためウリエルは悠々と姿を明かしていた。


「私には勝てない」


 この状況、この優位。イービルアイの視線すら消滅させて、ウリエルは絶対的な貫録で宙に立つ。


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