焼かれろサリエル! 天主に選ばれし四大の座において、貴様は私が裁く!
ウリエルの疑問に軽薄に応えつつ、不気味な薄い笑みを見せる。
「そういえば、『お前』と話すのはこれが初めてだったな」
サリエルはまだウリエルと会話をしていない。二人っきりになる機会もなかった。売店で顔を合わせたこともあるがあれはノーカウントだ、あんなものは別人だ。
「懐かしいなウリエル。こうして、今のお前と二人っきりで話をするのはよ」
思い返せば二人で話したのはいつぶりだろうか。もうかなり遠い出来事だ。特に交友関係が深いわけではなかったし接点もなかった。
「お前を久しぶりに見た時は驚いたぜ。あの小さいガキの姿のことだよ。よりにもよってお前があれだぜ?」
記憶とはかけ離れた人物像に面食らったのは事実だ。昔の彼女を知っている者であの少女を驚かない者などいない。あれほどまで陽気な彼女は想像すら出来ない。
まるでふざけた、あまりにもふざけて滑稽で出来の悪い冗談だったなと、サリエルは笑みを零す。
「ああ、思い出した。そういえばてめえ、俺のチーズケーキ横取りしやがったな。最後の一個だったんだぞあれ」
「……知らんな」
「そうかい」
それもそうだろう。名前が書いてあったわけでもない。それを責めるのはさすがに酷な話だ。
「まあいいさ。それで俺がここに来た理由だが」
世間話から話題を変えて、ようやくウリエルの質問に戻す。
「知ってるはずだぜウリエル、てめえの胸に手でも当てて考えてみたらどうだ?」
「なんの話だ」
ウリエルは振り向いただけの姿勢をサリエルに向ける。彼の薄いサングラスの奥からは話し声とは違い鋭い眼光が放たれる。
好戦的な雰囲気は彼の香水みたいなものだが、しかし、とりわけ今日は強烈だ。
それでようやく彼女も察したらしい。
これは殺気だ。そして、その矛先は間違いなく彼女に向けられている。
「もう一度聞くサリエル、なぜここにいる?」
同じ言葉、しかしそこにはさきほどとは違い警戒と牽制が含まれていた。視線にも鋭さがある。
「ハッ、ホントに分からねえのかよ。てめえの頭は飾りか? 開けたら飴玉でも入ってんのかよ」
そこまで気づいて分からないウリエルの察しの悪さにに呆れるが、悪態を吐くものの言うほど彼に怒りはない。こいつの頭がトチ狂っているのは昔からだ、そんな些末なことに今更腹を立てようとは思わない。
ようやくこの日を迎えられたのだから。
サリエルの軽口をウリエルが睨みつける。
「おお、そうだ、それだよ。俺の知ってる目だ」
彼女の鋭い視線に晒されながらもサリエルは態度を崩さない。むしろ懐かしさが蘇ってくる。
この雰囲気だ、冷たい鉄を思わせる瞳。けれど一歩誤ればすべてを破壊する業火を宿した威圧感。それはまるでニトログリセリンを思わせる。静かだが、危機感を刺激するこの空気。
懐かしい、あの時と同じだ。あの戦場に帰ってきたと頭でなく心が感じている。
サリエルは自然な立ち姿で、とりあえず形式的な文句を伝えておく。
「お前、なんでガキを見逃した? 殺せって命令だったはずだぜ?」
サリエルのにやついた表情。対してウリエルは無言で対峙する。
ガキというのは神愛のことだ。それをウリエルは助けた。命令違反であると同時に裏切り行為だ。なにより彼はそうした者を裁くのが役目、ここに来たのに尤もな理由だ。
「それについてはミカエルと話が通っている。確認してこればいい」
それについてもサリエルは知っている。この件はすでに終わっている。それでもこうして出したのは体面上、ここでのやりとりはあくまでそれを知らずやったということにしておきたいから。
「要件はそれだけか?」
「いいや」
そう、イレギュラーを生かした殺したなどどうでもいいこと。そんなことはどうでもいいのだ。
本題は別。それこそが本命でありすべて。
「今のはぶっちゃけ建前だ。正直言ってどうでもいい。回りくどい言い方になったが、そんなんじゃねえんだよ、俺がてめえに言いたいことはよぉ」
その目的、正真正銘ここに来た理由をぶつけるために、サリエルは一歩前に出た。
「茶番は終わりだ」
悠長な話し合いはこれでお終い。これから始まるのは長い間置き去りにされていた宿命の戦い。その開始の宣言をするために。
サリエルは前に出て、極大の殺意を押し付けた。
「会いたかったぜメンヘラアマ天羽、二千年前からずっとなぁ」
溢れ出す憎悪、長年溜め込んだ激怒が顔を出す。
「思えばてめえは初めからムカつく奴だったよ、俺の邪魔しに現れたかと思えば知らぬ間に四大天羽になっててよ。しかもふんだくっておきながらとんずらだと? どんだけ俺をイラつかせるだお前はよぉ」
思い出す、これまでのことを。振り返る、なぜこんなことになったのか。
すれば出てくる出てくる、腹立たしい思い出が。自分から栄光を横取りしていったクサレ天羽が、それがどれだけ罪深いことかこれから思い知るといい。
「あの時は俺も連戦だったしよ、おまけに腹に穴も開いていた。決着の機会はいずれくるだろうと楽観してたが、まさかてめえが堕天羽になって雲隠れなんてよ。それを予期しろなんてさすがに無茶だぜ」
ベッドの上で待ち望んだ再戦。傷を回復させて、今に見てろよと思い続けて日々を過ごした。
それがどうだ、いざその時になれば相手は姿を消し勝負は勝ち逃げ。許せるものではない。
「でも、ようやくこの日がやってきた」
長い間だった、この日が来るまで。他の者なら風化して忘れてしまうだろう。もういいかと諦めてしまうだろう。
だが彼は違った。その熱は冷めることなく、驚くべき執念で保ち続けた。
再戦を。
挑戦を。
再び栄光を手にするその時を、彼は望み、望み続けた。
そしてついに、目の前にやってきた!
「あの時の決着だ、てめえをぶちのめし俺こそが四大天羽に相応しいと証明する」
サリエルの宣誓にウリエルも態度を変えた。理由を今度こそ理解した。それによって彼女に芽生えるもの。
「そういうことか」
それは怒り、許しがたいほどの激怒だった。ウリエルは拳を震わし、瞼を瞑った。
「そのために! お前はラグエルを殺したのかッ?」
ここに至ってウリエルも真相を理解した。始まりの事件。監査委員会委員長暗殺事件。その犯人がサリエルであり、その動機は私怨。二千年前の使命ではない、この男は単なる自己満足のために仲間を殺したのだ。
「そうだよ、その通りさ。だがお前にそれを言われたくないなぁ」
ウリエルの指摘を認めるもそこに悪気は見られない。そんな些事に突っかかるなと態度で示す。仲間の死すらどうでもいい。それよりも重要なのは、これからなのだ。
「返してもらうぜ、俺の称号を。あの方から頂いた、至高の天に座す俺たちの父!」
それは栄光、それは名誉。なぜならそれは、天羽全員が尊敬と敬愛を示す、あの方から授かった宝物。
ぶり返る嚇怒の熱に全身を焦がして、サリエルは積年の想いを叩き付けた。
「天主イヤス様から頂いた、四大天羽の称号は俺のモンなんだよぉお!」
なにものにも勝る名誉。それは彼ら天羽の創造主、三柱の神イヤスからの贈り物。これ以上になにを誇れと言うのか。あるわけがない。これこそが至上最大の名誉だ。
サリエルはすでに戦闘態勢になっていた。手には空間転移で取り出した愛用の大鎌が握られている。黒の細身の大鎌。拳銃などというチャチなものではない。本気で戦う彼のスタイルだ。
「仲間を手にかけたのか……」
その最中、ウリエルは悲しみに震えていた。仲間の死、最後の別れを思い出す。自分を救おうと必死に説得をしてくれたラグエルの顔。それを無下に断る自分すら、彼は最後まで仲間として見つめてくれた。
優しく、思いやりのある男だった。偉大な天羽だった。
「ラグエル……!」
スイッチがここに入る。ウリエルは顔を上げた。
鎌首を上げる膨大な怒りの念。悲しみは反転し、敵意が思考を占めていく。
サリエルが誰よりも誇りを大切にしているように、
ウリエルにも、誰にも負けない正義感があるのだ。
「貴様、覚悟はあるんだなッ?」
青い瞳が最大限に見開かれサリエルを睨む。瞳の奥から感じる灼熱の意思。これを前にして逃走など不可能だ。彼女が認めた罪人が灰になるまでウリエルは手をやめない。
サリエルにしてみれば好都合。これだ、これを待っていた。本気のこいつを倒さねば意味がない。全力も全力、言い訳の余地がないこいつを倒してこそ、サリエルは四大の栄光へと返り咲く。
その歓喜を、その興奮を噛み締めながらサリエルは開戦の合図を告げた。
「天羽軍七大天羽サリエル」
今はこの名に甘んじよう。しかし、すぐに変わることになる。
目の前にいる、汚名の元凶を消し去って。
「さあ、始めようか! あの時の続きをなあ!」
対するは伝説の天羽、神の炎。
「天羽軍四大天羽、ウリエル」
静かに名乗りを上げる。だが直後、爆裂する戦意がこの場に轟いた。
「焼かれろサリエル! 天主に選ばれし四大の座において、貴様は私が裁く!」
「黙れ! それはこっちの台詞なんだよ!」
ぶつかり合う戦意と殺気。それは大気を震わせた。二人の間では猛風が暴れている。互いに超越者、これほどの実力を持った両者が戦い合うなど天下界においても早々ない対戦カードだ。
ウリエルとサリエルの激闘。二千年ぶりの再戦、我慢に我慢を重ねた戦いだ。そこに手加減などあるわけがない。開始するなりサリエルはサングラスを外した。
「死の視線」
見る者の命を吸い取る呪われた両眼。その眼光がウリエルを捕らえ体力と寿命を減らしていく。
二人の戦いが、ついに始まった。