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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
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よう、クソ天羽

 サリエルは席を立った。扉に向かって歩く後ろ姿へミカエルは言葉を贈った。


「武運を祈るよ、サリエル」


 ウリエルは神愛の殺害を命じられていながら殺さなかった。明らかな命令違反だ。

 ならば彼の出番だ。

 神愛が攻めてこなければ彼に手は出さないとは言ったが、ウリエルを裁かないとは言っていない。

 扉は開いた、ならば用済みだ。約束通りサリエルに差し出そう。

 天羽長からの声援にサリエルは足を止め、獰猛な獣を思わせる口元を大きく吊り上げた。


「ハッ、見てろよミカエル。世界が変わる前にリセットしてやるからよ。あるべき形にな」


 そう、時が近づいている。宿願を果たす時がもうじきやってくる。天羽再臨の先に、約束されていた報酬を受け取るのだ。


「俺の戦いは、これからなんだよ」


 サリエルは両手で扉を押し退け出ていった。興奮がじわじわと胸を焦がしている。まるで子供のように急かされる。幼稚なくらいに自分が抑えられない。けれどこの時だけはそんな自分が嫌いになれなかった。この興奮に酔いたい、酔い痴れたい。興奮して当然。待ちに待ったのだ、この時を。

 サリエルが部屋を出て廊下に出た先、そこにはガブリエルとラファエルが立っていた。ガブリエルは普段通り背筋を伸ばした威厳のある佇まいにラファエルは物静かに立っている。二人がここにいる理由は一つしかない、それにサリエルは「フ」と笑った。


「話は聞いての通りだ、文句なら今の内にしてくれよ」


 四大天羽の二体を前にして、けれどサリエルに畏まる素振りはない。もとよりそんな態度を示す男でもないが、上司と呼べる立場である二体と『対等のように話す』。

 そして二体もそれを咎めない。むしろ目の前の男が殊勝に話しかけてきても不気味なだけだだろう。

 それでサリエルはふてぶてしく接するが、さきに応えたのはガブリエルの方だった。


「文句などないさ」


 返ってきたのは肯定だ。彼女のことだ、こうなることは分かっていたのだろう。そこに迷いはなく彼を支持していた。


「ラグエルは気の毒だったが、結果としてお前の行動は天界の(ヘブンズ・ゲート)の解放に繋がった。引いては神の愛に応えるものだ。健闘ご苦労、天主もさぞやお喜びのことだろう。そして、お前の願いも理解できる。我ら天羽の悲願成就の前に、お前の願いを達成するんだな、サリエル」


 ガブリエルらしい声援にサリエルは飄然とした小さな笑みを鳴らし、次にラファエルを見る。


「ありがとよガブリエル、そうさせてもらうわ。で、お前はどうなんだラファエル」

「私に聞く必要あるのかしら?」


 ガブリエルが毅然としているのとは反対に彼女の表情には陰が差し声は暗い。乗り気でないのは明らかだ。しかしそれで退くほどサリエルは繊細ではない。


「とりあえず話を通しておくのが筋だろう?」


 それに観念したかのようにラファエルは目線を下げた。


「そうね、私も構わないわ。私情を挟まなければあなたが正しい。『堕天羽が未だに四大天羽というのは不自然』だわ」


 ラファエルもサリエルの願いは知っている。彼女からしてみればよく二千年経っても枯れないなと感嘆する。よくも飽きもせず今まで保ったものだ。

 けれど同時に嘆息するのは、彼の仲間意識が自分とは大きくかけ離れていることだ。


「分かってるじゃねえかラファエルちゃんよぉ」

「それ止めて」


 だから乗り気ではない。今もサリエルからの言葉に顔を逸らした。

 だが、何度も言うがそれを気にするほどサリエルも繊細ではない。

 改めて二体に向かってサリエルは確認した。


「じゃ、二人とも文句なしってわけだな」


 対してガブリエルは毅然に答え、


「ああ、お前の本懐を遂げろ」


 対してラファエルは憮然と答える。


「止めても無駄なら私からは一言だけ。彼女は強いわよ?」

「負け惜しみのつもりかラファエル? でも安心しな、戻ってくるのはこの俺だ」


 サリエルは笑った。 許可はもらった。あとは行動に移すだけだ。


「じゃ、行かせてもらうわ」


 二人に背を向け歩き出す。己が戦いの場へ、心が赴くままに。

 二千年経っても風化しない。手段も問わない。彼を突き動かすのは極大の渇望。

 それは誇り。

 手に入れるのではない。

 取り戻すのだ。

 奪われた栄光を、己の誇りを、今度こそ。


「あいつが戻って来た時、それが決着の時だ」


 サリエルが抱く積年の願い。

 ウリエルとの決着。

 その宿願の時は、もう手の届く場所まで近づいていた。


 

 白と荘厳さを兼ね備えたサン・ジアイ大聖堂は薄い黄色の結界に覆われていた。現在だけでなく過去や未来、平行世界からの干渉、それだけに留まらず世界改変すら防ぐ無敵の結界。空間転移も無論通さず、この結界がある限り天羽軍の地上侵攻の拠点となったサン・ジアイ大聖堂は安泰だ。

 その結界を支える柱はサン・ジアイ大聖堂を中心に東西南北に別れ、北にガブリエル、東にサリエル、南にラファエル、西にウリエルという配置となっていた。彼、彼女らが結界の鍵であり、四方を守る彼らを破らなければ中央、天羽長ミカエルには届かない。

 決戦の首都バチカン、そこは厚い雲に覆われ暗がりとなっていた。そんなヴァチカンで伝統的な町並みを残す西の区画。両側には三階立ての建物が並び一階にはカフェや服飾店が並んでいる。

 普段ならば人々が多く行き交い伝統的な美しさにおしゃれな雰囲気を感じられる人気の場所ではあるが、天羽に占拠された今ではゴーストタウンだ。灰色に近い白の建物が続く大通りは無人であり、黒いアスファルトの道路には車一台ない。

 代わりにそこに立つのは、白い髪を靡かせるウリエルだった。天羽軍の多くは前衛に立ち、ウリエルの背後を通ればサン・ジアイ大聖堂はすぐそこだ。ウリエルは西の区画最後の砦として、そして結界の鍵としてここに一人立つ。

 ウリエルは振り返り、背後の上空、そこに浮かぶ天界の(ヘブンズ・ゲート)を見上げた。曇天の合間に立つ巨大な門。ここに並ぶ建物と同じ大きさはある。そこでは群を成した天羽が旋回していた。

 天界の(ヘブンズ・ゲート)全開まであと一日ほど。それすら済ませればミカエルは本格的な侵攻に踏み切るだろう。正真正銘、無限を誇る天羽の軍勢によってまずはゴルゴダ共和国の実権を握り、次にスパルタ帝国、最後に無我無心の本拠地コーサラ国を攻め落とす。天羽の支配によって地上から争いはなくなり人類は初めて平和を得る。

 それは彼女の望みでもあった。理想であった。人の笑顔に微笑み、人の涙に胸を痛めた彼女の。

 これを最後の争いとして、人類に平和をもたらす。

 祈るだけでは駄目だ。

 願うだけでは駄目だ。

 理想実現のために、彼女は躊躇いを振り切り願いを叶える。

 彼女はヘブンズ・ゲートから視線を外し、正面を見た。ここに現れるだろう敵を見据え、防衛の要として戦意を瞳に湛える。

 それはまさしく、二千年前に烈火の如き天羽として風聞された、神の炎、ウリエルの姿そのものだった。

 愛する者を守るため。そして理想を実現するために。

 その瞳は冷徹だ、彼女は覚悟を決めた。愛する彼を裏切ってまでここに立つ彼女に迷いはない。

 一度は堕天羽になり、人となった彼女が戻ってきたのだ。審判者として人を裁き天羽からも賞賛された彼女が。長き年月を経てようやく、ついに、四大天羽ウリエルが降り立った。

 彼女こそ神話の中に生きるもの。神聖なる審判者。その意識は非情なる正義ただ一点。

 迫る決戦の時を感じながら、嵐の前の静けさの中で、彼女は立ち続けている。

 そんな彼女を天羽の誰しもが待ち望んでいた。

 そして、それを誰よりも待ち望んだ者が、ここにも一人。


「よう、クソ天羽」


 二千年前から続く宿命を果たすため、その者は現れた。

 陽気なまでの声。彼女の鉄の意思に比べれば緊張感の欠片もない声で、その男は話しかけてきた。

 ウリエルの意識が移る。最終決戦のこの場面、全員が持ち場に付くこの時に誰が話しかけようか。しかして、この男はここにいた。


「サリエル……?」


 ウリエルは背後に振り向いた。自身とは反対の東を担当しているはずのサリエルがそこにはいた。道路の上に二人は並ぶ。

 サリエルは揺らめく赤い髪にニヤついた笑みを浮かべている。それはいつものことと言えばそうだが、しかし、今日の彼はいつになく楽しそうだ。それが不穏な空気を掻き立てる。


「なぜここにいる? 持ち場を離れるな、すぐに敵が来るぞ」


 姿どころか音も聞こえないが、それは数多くの戦場を渡り歩いた者特有の勘が告げていた。空気というべきか、嵐の前のような気配を肌に感じる。

 だが、多くの戦場を経験してきたのはこの男とて同じはず。それがなぜ、どのような理由でこんな場所にいるのか。

 そんなウリエルの質問にしかしサリエルは答えなかった。そんなことはどうでも良かったのだ。それよりも愉快で仕方がない。

 道中もそう。全身が興奮に沸き立っている。胸が脈打つたびに情念が湧き上がる。それは危ういバランスで保たれた想念だった。彼の胸に燻るもの。それは怒りであり、増悪であり、しかし彼を掻き立てるのは歓喜に他ならない。感動的ですらあった。


「どうしてここにいる、だ?」


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