四大天羽の栄光は、俺のはずじゃなかったのか!?
彼女の言葉にウリエルは無価値な炎を消した。あのまま放たれれば危険だったサリエルとしては命を拾った形だが、しかし彼はそんな風には思っていない。
決着はまだだ、まだついていない。自分はこうして生きているし相手もまだ立っている。ならまだだ、戦いはまだ終わっていない。
「なにしやがるガブリエル、俺はこいつをッ、がああ!」
喋る度にともなう痛みに声をもらしついにサリエルは片膝を付いてしまった。次第には意識も朦朧としてくる。
「止めんじゃねえ……! こいつは、俺が……」
心が叫ぶ。胸中で暴れている。こいつと戦わせろ、そして決着をつけてやる。まだ示していないのだ。
己の誇りを。四大天羽としての誇りがある。
(俺は――)
そう、これは選ばれた者のみが授かる名誉。それは、
(俺こそが、選ばれた天羽なんだ!)
『天主イヤス』に認められたという、最大の栄光なのだ。
その自負がある、その誇りがある。名誉と栄光を持つ者として、こんなところで終わって堪るか。
そう思うのに、現実は彼に終わりを告げてくる。
「クソ……が……」
サリエルは意識を失いその場に倒れた。すぐに他の天羽が駆け寄り手当をしていく。
意識が昏い底に落ちるまで彼の意識を繋ぎ止めていたもの。
それは、誇りだった。
粗暴で好戦的な彼ではあるが、彼こそ四大に数えられる天羽の一体。
誰よりも誇り高い、天羽こそが彼なのだ。
だが、彼の誇りをあざ笑うかのように、ここからサリエルの転落が始まった。
アザゼルによってつけられた傷は呪的な効力があり回復が遅れた。手負いとなった彼は休養を余儀なくされ戦場を離れることになった。しかし今は戦争中、天羽軍の主力である四大天羽が欠けているなど士気に関わる。
そのためサリエルの代理として、天羽たちから人気を集めるウリエルが四大天羽に選ばれたのだ。ウリエルはその名誉に恥じぬ戦いをすると誓い、いくつもの功績を挙げた彼女が四大天羽に選ばれることをみなは歓迎した。
それを快く思わないのはサリエルだけだった。ふざけるな、横取りだろうが。お前が邪魔しなければ少なくともアザゼル一人は屠れたものを。その邪魔者が四大天羽だと?
何度怒りで目を覚ましたか分からない。傷の回復が遅れたことに憤怒があるのは間違いないだろう。しかしそれも一時の苦汁だと我慢した。この傷が癒え戦場に出られるようになれば元通りだ。正式な四大天羽は自分だ、やつは所詮代理。つかの間の名誉に酔っていればいい。
そう思っていた。
が、事態は彼にさらなる不運を告げた。
「ああ!? ウリエルが裏切っただとぉ!? ふざっけんな! 勝ち逃げしようってかあいつ!?」
「落ち着けサリエル」
病室で横になるサリエルにガブリエルが告げたのは、まさかのウリエルの裏切りだった。
「どういうことだオイ! ガブリエル、あいつが堕天羽になったていうのは本当なんだろうな?」
「言った通りだ、ウリエルが人間との接触を行なっている。天界の規則違反だ、よってウリエルを堕天羽と認定。それだけだ」
ガブリエルはあくまで事務的な口調だ。そこには感情の起伏は見られない。ご立派なことだがサリエルはそれどころではない。
「おいおいちょっと待てよ、それだけってことはねえだろう? あいつは四大天羽だ。ってことはだ、そこに空きが生まれるってことだよな?」
「いや、そうはならん」
「なにぃ!?」
「確認したが四大天羽の登録情報はウリエルのまま変わっていない。天主イヤス様の意思だ、素直に受け取れ」
「どういうことだ!? そもそもなぁ、四大天羽の一角は俺だったんだぞ! それを代理で勤めてただけの奴がおまけに反逆行為だぞ、それがなんで未だに四大天羽のままなんだ? ああ!? 今すぐ俺と交代しろや!」
サリエルの怒声が部屋中に響き渡る。すさまじい熱量が彼から放出されているがそれでもガブリエルの冷静さは変わらない。
「何度も言わせるな、すべてはイヤス様の意思だ。お前はこのまま七大天羽として継続、役目を果たせ。以上だ」
そう言ってガブリエルは出ていった。サリエルは病室に一人残され顔を俯かせる。
「…………ふざけんな……!」
怒りが燃えている。胸の内から湧き上がる炎の熱はウリエルのそれをも上回っていた。
「ふざけんじゃねえぞウリエル……!」
納得できない。できるはずがない。
「なぜ俺じゃないッ。四大天羽の栄光は、俺のはずじゃなかったのか!?」
選ばれた四人の天羽。四人だけの天羽。自分はそれに選ばれた。特別の愛をいただいたのだ。
その証を取られ、挙げ句やつはそれに泥を塗ったのだ。
サリエルは吠えた。怒りのままに大声を天井にぶつけて吠える。
「逃がさねえぞ! いつか、てめえを倒し俺の方が強いと証明してやる! 勝ち逃げなんて認めねえぞ、ウリエルぅううう!」
許さない。やつのすべて、やつの一切を。
そしてやつを賞賛し、歓迎した周りを見返してやるのだ。
四大天羽の栄光。その一つはやつじゃない。
この俺、サリエルのものであることを。
サリエルはその胸に一生消えることのない火を灯した。
それは驚くことに、二千年もの間続いていくのだった。
*
時は天界の門を開けた後、サン・ジアイ大聖堂の一室にて、ミカエルたちが話し合いをした後だった。ガブリエルとラファエルが退室し、残ったミカエルとウリエルの間で交渉が行われる。神愛の処遇。そのことにウリエルは黙って条件を飲みこの部屋から出て行った。
ミカエルは一人残される。しかしここに寂しげな雰囲気はなく、天羽長の威光が充ちていた。その美貌と存在感はただの部屋でしかないこの場所を異界に変える。並みの者ならば息を呑み身動きすら取れないだろう。
全人類を支配下に置き、神の愛に応えんとする者はそれほどの存在感を持っていた。
そんな空間で軽口を吐ける者がいるのならば、その者もまたただ者ではないということに他ならない。
「くだらねえ」
「サリエルか」
一度は退室したサリエルが椅子に座っていた。定位置となった自分の席に腰掛けさきほど行っていたウリエルとの会話を振り返っていた。
「すでに事は起こってんだ、なのにこの期に及んでまだ縋ってやがる。情けねえ」
最大の転換点、天界の門は開かれた。人類との戦いはもう始まっている。にも関わらずウリエルには抱えている一つの矛盾があるのだ、その優柔不断、情けない。サリエルは心底呆れたと「ったく」と愚痴を吐く。
「気に入らないのか?」
「そりゃそうだ」
憮然とした顔でサリエルは答える。
「職務上こういうことをされるのはなあ。なにより、こっちの方が都合がいいっていうのがなおさらな」
「フッ、皮肉だな。だが理に適っていないわけではないさ。初めから君の望みは歪んでいる、二つや三つの矛盾はあって当たり前だ」
「違いねえ」
天羽再臨。この計画を実行するために二体は協力した。思惑は違ったわけだが利害は一致している。サリエルには長年抱いてきた禍根があったし、ミカエルとしても天羽を監視するサリエルの懐柔なくして行動は出来なかった。
自分とは違えど、彼が長年抱いてきたその執念とも呼べる願い。自分と同じくそれが実を結ぼうとしている。
「君の願い、始まりはいつだったかな」
そのきっかけ。天羽再臨も厭わない彼の執念はいつから始まっていたのか。ミカエルはふと思い返してみる。
「覚えてねえな」
それに答えるサリエルは素っ気ない態度だった。というよりも答えたくない様子だ。
「彼女といい君といい、嘘が下手だな。覚えていないんじゃない、思い出したくないんだろ」
「気づいても言わないのが優しさなんじゃねえのか、ミカエル天羽長様よぉ?」
「指摘こそが相手の成長を促す優しさだと思うんだ」
「ケッ、相変わらずだなお前はよ」
嫌味の利いた指摘に表情を歪めるもののすぐに切り替える。サリエルは目線を上げ、感慨深く呟いた。
「長かったなぁ~……」
「いよいよか」
彼の望みを知っているミカエルも同様につぶやいた。
「ああ。ようやくあいつとの決着が付けられるんだ。俺にはその理由があるし、立場上の理由だってある。ここまでは読み通り。お前の手の平ってわけか、ミカエル」
「約束だったからね。私は誠実なんだ」
「それはよかった。なら、俺は報酬をもらうとしよう」