この街は? っていうか、どうなっちまったんだこの世界は!?
だがそこで俺は気づいた。
「なんで俺、ここにいるんだ?」
倒れた俺を誰かが運んできてくれたのだろうか。
「俺をここに運んできてくれたのは、ミルフィアか?」
「いえ、私では。神官長派の襲撃が終わった後、主を探していてここで見つけたんです。誰が運んでくださったのかまでは」
「そうか」
ここまで運んでくれたのはミルフィアじゃなかったか。ていうか、悪夢のせいで忘れていた。ミルフィアも俺と同じように捕まっていたはずだ。一日だけとはいえ離れ離れだったのがこうして会えている。
「ミルフィア、無事だったんだな」
「はい」
俺の確認にミルフィアは微笑んだ。以前の変わらぬ笑顔がそこにある。
よかった。改めてホッとする。ミルフィアと微笑み互いの無事を喜び合った。
「また会えて嬉しいよ。他の二人は?」
「はい。お二人は今戦略会議に参加しています。こうなってしまった以上、使える人材は誰でも使うということですね」
「戦略会議?」
物騒な言葉に持ち上がっていた口元が引き締まる。
「こういう事態って、神官長派が攻めてきたことか?」
神官長ミカエル率いる軍隊がサン・ジアイ大聖堂を襲撃した。ついに天羽としての正体を明かし決行してきたんだ。それによって出た被害は大きい。
だが、ミルフィアの表情は俺の考えていることとは違うと言っていた。
「主。実は主が倒れた日から、もう二日が経っているんです」
「二日!?」
俺は慌てて窓を見る。倒れた時と同じ昼間を思わせる天気だからついそんな時間は経っていないと思っていたが。くそ、俺は二日もあんなふざけた世界にいたのか。
「それで、その二日間で大きな出来事がありました」
ミルフィアの表情が真剣に引き締められる。それだけで、重大なことが起こったんだと分かった。
「天界の門が開きました」
「ヘブンズ・ゲートが……」
天羽たちのいる天界と地上を繋ぐ門。それが開いた。
始まったんだ、二千年前の再現。天羽たちによる地上への侵攻が。
「この街は? っていうか、どうなっちまったんだこの世界は!?」
「落ち着いてください主。天羽たちですが、現状は大きな動きを見せていません。ただし首都ヴァチカンは彼らの手に落ち、街から逃げてきた難民たちはエルサレムに来ています。軍も抵抗したようですが、力及ばず。彼らもここに退避し、今も戦略会議に参加しています」
「そうか」
俺が眠っている間にそんなことが。
「悪いな、そんな時に俺だけ爆睡でさ。みんなはちゃんと眠れてるのか?」
「気にしないでください、今まで恵瑠を助けるためにいろいろありましたし、主も疲れていたんだと思います。あまり眠れていなかったようですし」
ミルフィアの言うとおり、なにをしてても恵瑠のことが頭に浮かんで最近はよく眠れていなかったな。
「私たちのことも大丈夫です。加豪は気丈です、この事態でも毅然とたち振る舞っています。天和は相変わらずですね。なにを考えているのか分からないですが、彼女なりに戦況を見極めているようです」
「そうか。ま、だとは思ってたけどさ」
あいつらのことだからそんな心配はしてなかったけど。ミルフィアの言っていたことは容易に想像できる。天和は複雑だけど。
「主」
あいつらの無事に俺が小さく笑う中、ミルフィアは表情を暗くして聞いてきた。
「どうした?」
聞くのを躊躇うような、聞きづらい感じだった。
「恵瑠のことですが」
だから、聞かれた内容に納得した。
ここに恵瑠はいない。あいつがどうなったのか、それを知っているのは俺だけだ。
二日前、あいつの姿を見たのは俺だ。
「あいつに、攻撃されたんだ」
火傷で痛む場所に手を当てる。二日経っても治らないのはあいつの炎が強力だからなのか、それとも俺の気持ちの問題だからなのか。でも、こんな痛みより、胸の奥からくる痛みの方が、俺にとってはよっぽど辛かった。
俺が言うことは予想してたと思う。けれど実際に言われてミルフィアは顔をわずかに下に向けた。
「人と天羽。彼女は、もともとあちら側ではありますが」
そう言うミルフィアは寂しそうな顔を浮かべている。恵瑠との敵対はミルフィアにとっても辛い事実だ。いや、俺たちだけじゃない。加豪や天和にだって悲しいことだ。
恵瑠。あいつは、俺たちの敵になってしまったんだろうか。疑いたくない。あいつは今も友達だって信じたい。でも、あいつが俺を攻撃したのは事実で、そのことが重くおしかかる。
分からないことが多かった。これから先どうなるかも、なにをすればいいのかも。ただ先行きに暗雲を感じるだけで、どうすることも出来ない。
俺は布団に視線を落として、ぽつりとつぶやいた。
「夢を、見た気がするんだ」
悪夢じゃねえぞ。その前だ。
「夢ですか?」
ミルフィアが聞き返す。俺は振り返らず、小さな声で続けた。
「あいつを、近くに感じる夢を……」
内容は覚えていない。気のせいなのかもしれない。それはとても曖昧で、意識がぼやけたものだった。
ただ、あいつが近くにいてくれた。とても近くに。その熱を、その息を感じる。そんな夢とも呼べない、気配のようなものを感じた気がするんだ。
「そういえば」
俺は置いていた羽を再び手に取った。どうしてこんなところに。俺の体にくっついていたものがそのまま運ばれたのかと思っていたけど。
「もしかして」
けれど、別の可能性が頭を過ぎる。
もしかして、ここには恵瑠が運んできてくれたんじゃないのか? あいつが俺をここまで運んでくれた。ここに恵瑠はいたんだ、それでこの羽が落ちた。ぼんやりとした意識で感じたあいつの気配は本当だったじゃないのか?
そう思うといろいろ納得できる。俺はあいつの攻撃を受けたが、あの状況ではそうしなければ別のやつに殺されていた。なぜあの状況で俺は生きている?
決まってる、恵瑠が助けてくれたんだ!
「恵瑠……!」
羽の根本を力強く握る。疑念や不安が一気に晴れて、代わりに感謝の念が胸を覆ってくる。
あいつは友達だ、今だって!
俺はベッドを降りた。同時に火傷の跡を黄金のオーラが覆い治療する。
「ミルフィア、戦略会議がされてる部屋は分かるか?」
「はい。ですが主」
「案内してくれ」
俺はミルフィアを見つめた。戸惑ったようなミルフィアだったが、恵瑠への思いを込めた俺の視線に納得したように頷いてくれた。
「こっちです、主」
俺たちは部屋を出て会議室を目指した。
やっぱり諦めきれない。あいつが敵になるなんて、もう友達じゃないなんて。
ずっと一緒だったんだ、楽しい時間があった。それを全部捨てれるはずがない。
俺も。
あいつも!
俺はミルフィアの後を歩き会議室の前にまで来た。扉の前にはは二人の警備の人が立っていたが俺のことを聞いていたのか通してくれた。
扉を開ける。広い部屋だった。右側は全面ガラスで街を眺められ、左側の壁には絵画が飾られている。中央にはいくつもの長方形の机によって四角に組み立てられ、両側に人が座っていた。見たとこ左側が軍の人間で右側が聖騎士隊の人間だろう。
そこには加豪と天和も座っていた。
「神愛!? あんた大丈夫なの?」
「おはよう」
「おう、大丈夫さ。ありがとうな。あと天和、お前夢の中で好き勝手しやがって。次したら絶対許さねえからな」
「え、どういうこと」
俺の入室に加豪が驚きながら無事を確認してくる。二日も眠っていたからな、きっと心配してくれてたんだろう。天和は平常運転か。まあ、こいつの場合驚かれてもこっちが心配するわ。
「起きたか」
「なにしに来たんだイレギュラー」
その後ペテロとヤコブからも声がかけられる。特にヤコブは露骨に敵意ビンビンで俺を睨みつけてくる。
「今は会議中だぞ」
「知ってるよヒゲ野郎」
「んだとぉ!?」
「落ち着けヤコブ。なにしに来た?」
隣の席で激高するヤコブをペテロが制しながら聞いてくる。
ペテロだけじゃない、この部屋にいる全員が俺を見つめていた。
「恵瑠に会いに行かせて欲しい」
「正気か?」




