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天下界の無信仰者(イレギュラー)  作者: 奏 せいや
第1部 慈愛連立編
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天羽軍四大天羽サリエル。来いよ、しつけてやる

 突然なに言ってんだ? サリエルは小首を傾げる。ウリエルは地上に降り立つと正面をサリエルに向けた。精悍とした表情でサリエルに告げる。


「やつらは人を堕落させる。平和を乱す異分子だ。生かしてはおけない。この手で裁く、そう決めた」


 真面目や愚直などとは桁の違う、それは固い信念と正義感からくる言葉だった。己の理想のため、そのためならば自分の命も厭わない。そうしたタイプだ。

 反対にサリエルは己の死を避けるタイプだ。仕事には忠実だが理想に命をかけようとは思わない。仮にそれが実現してもそこに自分がいなければ意味がない。そこら辺をサリエルは弁えている。そもそも自分が死んでしまっては誰が天羽を裁くというのか。そうした自負があるからこそサリエルは死ねない。


「てめえには融通っていうのがねえのかよ。お前のせいでこっちは迷惑被ってんだよ」

「邪魔をするな」

「それはこっちの台詞だ」


 互いに目指しているものは同じはずだがここで主張がぶつかり合う。サリエルはアザゼルを倒したい。ウリエルは堕天羽すべてを消したい。両者退かず、結果は必定。

 戦って決めるしかない。


「なら仕方がねえ。言っても分からねえんだ、力ずくで退場してもらうぜ」

「お前は堕天羽ではない。私に戦う気はない」

「だが逃げた天羽を追いかけて殺すんだろ?」

「それが私の使命、私の正義だ」

「だったら同じだ」


 問答に意味はない。しても仕方ない。理想に対する姿勢は違うものの、己の矜持に実直なのは同じだと既に理解している。サリエルに誇りが、ウリエルに正義があるように、それを手放すことだけはしたくない。


「構えな、俺の邪魔しやがって横取りクソ天羽」


 サリエルは大鎌を回した後構える。鋭利な刃が光に反射した。


「天羽軍四大天羽サリエル。来いよ、しつけてやる」


 対してウリエルは大剣を右手で二回振るうとサリエルに剣先を向けた。左手には炎が灯り青い瞳がサリエルを睨みつける。


「天羽軍審判者、ウリエル」


 これがサリエルとウリエルの出会いだった。同じ戦場で同じ天羽として出会った彼らは、しかし対立する。己の胸にある想いを賭けて。天羽として生まれた己の誇りと正義をぶつけ合う。

 この戦いが、宿命の始まりだった。


「そこ退けてめえ!」


 サリエルが斬りかかる。両手で構える大鎌をウリエルに振るった。死の刃が襲う。それをなんなくウリエルは弾き返した。羽を広げ宙に飛び、ドレスの裾を翻す。

 時間がない、もたもたしていれば居場所を聞くどころか邪眼の効力が切れる。

 サリエルは包帯を掴み、引き抜いた。


「死の視線(イービル・アイ)


 赤い瞳がウリエルを直視した。急激な体力の減衰、目眩に頭痛、吐き気。それだけに留まらない同時複数発症。彼の邪眼が持つ呪いは見る者を祟る。


「くっ」


 さきほどとは違いはっきりとした直視にウリエルの端整な表情が歪んだ。明らかな体調の異変、それだけでなく見られるほどに激しくなっていく。このままではまずい。

 ウリエルが弱まったのを確認しサリエルは再び構えた。最近調子に乗っている天羽をしつけるにはいい機会だ、ここらで長くなった鼻をへし折っておくのもいい。

 サリエルは大鎌で殴りつけんと踏み込む――直前だった。


「はああ!」


 宙に浮かぶウリエルの周囲を炎の柱が覆ったのだ。いくつもの炎上する柱がウリエルを囲む。それは炎の防壁(ファイア・ウォール)。炎熱の猛威と熱量が敵の接近から物理攻撃を封じる。

 だが、ここでこれが齎すのは別の意味だ。天高くまで昇るいくつもの炎柱はぐるりとウリエルの全身を隠している。そのため邪眼での直視が不可能となったのだ。


「目隠しのつもりかよ!」


 こうなってはサリエルの邪眼も用をなさない。見る者を呪うという強力な能力ではあるが、仕組みが単純なだけに対処も分かり易い。物陰に隠れるか彼の背後に回り込む。それこそが死の視線(イービル・アイ)の弱点だ。

 ウリエルがファイア・ウォールを解く。サリエルの邪眼の特性を把握したらしく、すぐさに空間転移で彼の背後に移る。見られなければいいと分かれば簡単に導かれる答えだ。


「舐めんなよぉ!」


 ウリエルが姿を消した瞬間サリエルは振り返り様に大鎌を振るいウリエルの大剣を防ぐ。自身の弱点は一番サリエルが知っている。相手がこういう手に出るのも百も承知。

 ウリエルはすぐに離れると二人の間に炎の柱を出して視線を遮った。さらにはサリエルの足元からも次々に炎の柱を上げていく。


「ワンパターンかてめえ!」


 サリエルは翼を広げ宙を飛んだ。襲い来るいくつもの炎を掻い潜り、ウリエルと接近していく。ウリエルの行うファイアウォールに視界を遮られるものの、それはあくまでなにもしなければの話。

 カーテンが邪魔なら開ければいい。

 サリエルは両手で大鎌を握り背中まで振り被る。それを思いきり振り抜き、三つの火柱を一閃したのだ。


「なに?」

「見つけたぜウリエル!」


 堕天羽たちを一瞬で燃やし尽くした炎が、それも三つ同時に切り裂かれる。これにはウリエルも内心驚いたようで見開いていた。サリエルは次の一撃を打ち込むために振り被る。

 しかしその隙にウリエルは姿を消しサリエルの背後に移動していた。さらに剣撃ではなく離れた場所から炎が浮かぶ左手を向け、炎撃してきた。極大の火炎放射がサリエルに直進する。


「ちぃ!」


 間一髪で大鎌の柄で受けるも勢いに負け地上に落とされる。サリエルは両足で着地し大鎌を回転させた。それにより炎を分散させていく。しかし炎が持つ熱量まではどうしようも出来ず肌が焼けていく。

 このままではジリ貧だ。相手を見ようにも背後に回られ続ければすぐには六〇秒とはならない。それに加えてこの高火力、その間にこちらが燃やされかねない。


「ふざけんな!」


 戦場を渡り歩いた戦士としての頭脳がはじき出す答えに、サリエルは猛然と吠えた。


(俺が負けるだと? 四大天羽のこの俺が!?)


 誇りが叫んでいる、そんなこと認めないと。同格ならいざ知らず、こんなわけの分からない邪魔をされおまけに敗北など。


「認めるかぁ!」


 サリエルは回していた大鎌で炎を断ち切った。火炎放射は真ん中から切断され消え去った。その先にいるウリエルまで視界は晴れ渡り、執念とも呼べる思いで彼女を見上げた。この眼で見る、そして勝利する! 四大天羽サリエルが、こんなところで負けてなるものかと。

 だが、視線の先で見たものに、サリエルは一瞬体が硬直した。


(なんだ、あれは?)


 彼が見上げる先。そこにいたウリエルは左手を翳すと、前方で青白い炎が渦を巻いて現れ始めていたのだ。

 彼女が冷徹な声で告げる。


「無価値な(ファイア・オブ)」


 それを見た瞬間に直感が告げる。

 まずい! まずい! まずい! まずい! あれは食らうな、絶対に躱せ。掠ってもいけない。防御は以ての外。絶対に回避しろ。でなければ死ぬぞ。

 それは確信する予感。

 そして、それは当たっていた。

 装飾の施された煌びやかな大剣も、猛威を振るう炎熱も、しょせんは彼女の二次的な力に過ぎない。

 これこそが彼女が持つ唯一無二の力。あらゆるものを消滅させる、炎の形をした概念攻撃。


(ノーライフ)


『無価値な(ファイア・オブ・ノーライフ)』。物理的なものなら原子も残さず、概念であろうとも吹き飛ばす必殺の攻撃。サリエルはウリエルを直視している。しかしウリエルに体力減衰も死のカウントダウンも止まっていた。サリエルの『視線』という形のない概念すらもこの青白い炎は消滅させていたのだ。

 完全に詰んでいる。このままではサリエルは勝てない。

 渦巻く無価値なる炎が大きさを増していく。炎球は彼女の半分ほどにもなり、発射は目前だった。

 すぐに射線から逃れるためサリエルは空間転移を発動しようとする。


「ぐ!」


 だがそこで走る激しい腹部の痛みに転移が失敗してしまった。


(くそ、アザゼルの傷がッ)


 戦闘時間が見込みより長い。これ以上は危険だ。手当をしなければ本当に死んでしまう。それにもともと腹に穴の空いた状態で戦う相手ではない。

 まずい、直撃する!


「両者そこまでだ」


 だがここに制止の声が挟まれた。戦場の援軍として到着したのは、


「ガブリエル……?」


 サリエルは目を瞑り声がした方を向く。普段から目を隠している彼だ、聞き間違えることはない。

 ガブリエルは大勢の部下を引き連れ天空から静かに下りてきていた。彼女も武装している。バトル用のドレスに胸当てが付けられ、籠手を嵌めている。地上三メートルほどの高さで滞空すると二人に向けて睨みつけた。


「私闘はここまでだ。聞かぬと言うなら私が相手になろう」


 いつになく厳しい物言いだった。凄みのある言い方に彼女の本気が伝わってくる。


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