悪い、手間かけさせた
「じゃあ、あと頑張って」
「死にたいもぉ~」
頼れる仲間はみんな目が死んでる。
ミルフィアは仕方がないと意を決め、重い気分のまま扉をゆっくりと開いた。
「主、失礼します……」
「お前もか」
入室するなり神愛が呆れ顔だ。ミルフィアは神愛の正面に立つ。
「さっきから天和といい加豪といいなんなんだ、教えてくれよミルフィア」
「動物のモノマネをします」
「なんでだよ!?」
会話がすごい。
「早朝にいる、そこまで鳴くなら最後まで鳴けよ、と思う鳥の鳴き声」
「どういうことだよ……」
ミルフィアは神愛の質問を無視すると、今一度頭の中でやることを整理し、覚悟を決めた。
「…………」
(やるのか?)
ミルフィアの動物のモノマネなんて見たことがない。というよりもこんなことがない。
ミルフィアは真剣な表情で大きく息を吸った。
「……フゥー」
(しないんかい!)
が、ミルフィアは一旦息を整えるとその場で小さくジャンプし肩を揺すり始めた。
(スポーツマンかよ)
ミルフィアは「んん」とのどを慣らし神愛を見る。
そして、ついにモノマネをやり始めた!
「ホホッホホーホー、ホホッホホーホー。ホホ……」
「…………」
「…………」
「……ふふ」
沈黙。そしてミルフィアは叫んだ。
「帰ります!」
「待てぇえええ!」
すかさず神愛はミルフィアの手を掴んだ。それでも帰ろうとするミルフィアを引っ張る!
「放してください! 帰してください主ぃいい!」
「帰すか! 説明するまでぜってえこの手離さないからなオラあああああ!」
二人で引っ張り合いにない壮絶な綱引き状態になっている。
そこへ扉が開かれた。
「私が説明するわ」
「お前だったのか」
天和が入室してくる。その後で沈んだ表情の加豪もゆっくりと入ってきた。
「あのなあ、お前らさっきからなんなんだ。こっちはいろいろ悩んでいるっていうのに……」
言って気づいたように神愛の表情が険しくなる。顔を逸らし、苦虫を噛んだような表情だった。
恵瑠のことで頭がいっぱいだから。
「だからよ」
「え?」
けれど天和に言われ顔を戻した。
天和は無表情ながらも真剣な雰囲気で言う。
「宮司君、悩んで迷って、落ち込んで。ねえ、それでどうするの?」
「それは、それを決めるために考えてるんだろ?」
「いいえ」
神愛はどうするべきか考えていた。答えが出ないから悩んでいたというのに、それを天和は否定したのだ。どういうことか分からなかった。
「答えならすでに出てるわ」
「すでに出てる?」
どうして本人でない天和がそんなことを言えるのか。けれど、赤い瞳は神愛の胸中を見抜いているように揺れない。
「宮司君が笑える未来って、どんなものなの?」
「俺が笑える未来?」
言われて、神愛は考える。
「悩んで落ち込んでるなんて、宮司君らしくないよ」
自分が笑える未来、それはどんな状況だろう。少なくとも今は違う。神愛は迷い落ち込んでいるのだから。
そこに、笑顔なんてなかった。
「それでお前たち、あんなことを?」
「ま、まあね」
「はい、お恥ずかしながら」
神愛の質問に加豪は顔を背けミルフィアは目を伏せる。二人とも恥ずかしそうにもぞもぞとしていた。
けれど、そんな姿がなんだか面白くて、嬉しくて、
「は、はは……」
笑みが、笑いが自然と溢れてきた。
「はっはっはっはっは!」
神愛は笑った。一人の時はあれほど落ち込んでいたのに。塞ぎ込んでいた思いが弾けるように笑った後、神愛は二人を見つめた。
「なんだそれ! そんなことのためにあんならしくないことしてたのか? ミルフィアも加豪も?」
「言っておくけど、提案したのは天和だからね」
「お前だったのか」
「私だったのよ」
気恥ずかしさが抜けないのだろう、ツンとした口調で加豪が答える。それに合わせて神愛は明るく言った。
その後三人を見つめる。落ち込んだ自分を励まそうと、方法はあれだけど、それでも頑張ってくれた三人へ。
「ありがとう」
神愛は柔らかな声で、そっとお礼を言った。
「俺のために、いろいろしてくれて」
しみじみと思う。友達の大切さ。そして笑うなんてこと、最近はなかったことに。
「なんだか思い出したよ。数日前には当たり前にあったはずなのに、いつしか忘れてた。やっぱり楽しいよ、お前たちといると。いい友達だよ、みんな。俺のためにこんなに頑張ってくれてさ」
一人の友人を想う。そのためにみんなが協力する。当たり前のようで、これが難しい。これほどまでしてくれる友達などそうはいない。
本当に、いい人たちなのだ。天和も、加豪も、ミルフィアも。
ここにはいない、もう一人の友人だって。
「みんな大切な友達だ。俺の絆なんだ。一つも欠けたくない、一人も失いたくない。でも、実際どうすればいいんだ? あいつは俺なんか友達じゃないって言ったし」
大切だからこそずっと一緒にいたいと思う。けれど相手は違うと言った。望むものと突きつけられる拒絶に自分の本心が彷徨う。
そんな神愛に、天和は一言問いかけた。
「宮司君はそれを信じるの?」
「それは……」
本当なら信じたくない。けれどそれは自分勝手ではないか? そんな不安から安易に選べなかった。
でも、神愛の知っている恵瑠とは、どんな人物だっただろうか。
信じるべきは、友としての恵瑠か、敵としてのウリエルか。
「今まで一緒にいた時間が嘘で、それが本当だって、それが栗見さんの本当の意見だと思うの? 違うでしょう? 少なくも、君の心は違うって叫んでる。だから悩んでるんでしょう?」
それは、恵瑠は友か敵か、という二択ではないだろうか?
「神愛君にとって栗見さんは友達? それとも敵なの?」
なら、どちらを選ぶかなど決まっている。
「そうか」
答えはすでに出ていたのだ。
神愛はつぶやいた。ついに見つけた答えに重い蓋が外れた気持ちだった。
気分が、晴れあがっていく。
「強引な方が宮司君らしい」
それが分かったようで天和の雰囲気も柔らかいものへと変わっていた。
「ここで諦めるっていうのは、確かにあんたらしくないわね」
そこへ加豪も声をかけてきた。明るい表情で、そこに悲観の念はない。
「神愛、私からも言わせて。友達は確かに大切だし、楽しい。でもね、時にはすれ違ったり喧嘩したりする時もある。正面からぶつかって、初めて分かる時もあるわ」
「加豪」
加豪は明るくも真剣だった。顔は笑っているのに、必死に伝えようとしてくる想いが分かる。
「大切なものと向き合うってことは、ぶつかるってことよ。だってそうでしょう? 相手も自分も正面向いて走って、どっちも譲る気なんてないんだもん。いつかはぶつかるわよ。でも、それが悪いことなんて思わない。問題はシンプルよ」
加豪は神愛に近づくと、拳で神愛の胸を軽く小突いた。
「道を譲るか、諦めずぶつかるかよ」
ポンと胸を叩かれる。それで神愛は苦笑した。
「はは、厳しいな」
「スパルタの女だからね」
神愛は二人の言ったことを振り返っていた。そのどちらも大切なことで、自分を導いてくれた。
「でも、そうだよな。天和の言う通り、加豪の言う通りだ」
迷いは晴れた。表情から陰がなくなり、雲が流れていき太陽が顔を出すように、そこには明るさがあった。
「悪い、手間かけさせた」
「別に」
「あんたにしては遠回りだったけどね」
神愛の礼に二人は軽く応える。