(迷うな!)
そんな三人に向かって、俺は申し訳なく断った。
「ごめん。わがままだって分かってる、お前たちの気持ちも分かる。でも! あいつとは二人で話がしたいんだ」
「神愛……」
加豪がつぶやく。
三人の気持ちは分かる。自分がどれだけ身勝手なことを言っているのかも分かっているさ。
でも、どうしても。あいつの気持ちを確かめたい。学校での時間も、二人で逃走していた時も、ずっと一緒だった。あいつが追われて大変だった時、俺だけがあいつのそばにいた。
だから、俺じゃないと。あいつと一対一で、正面から立ち向かわないとダメなんだって思うんだ。
三人は黙っていたが、加豪が話しかけてきた。
「あんたがどれだけあの子を、ううん、友達を大事にしてるからは分かってる。これまでを見てればなおさらね」
「加豪」
加豪の話し方は寂しそうだったけど、その顔は笑っていた。
「いまさら、あんたを止めようなんて思わないわよ」
加豪は諦めたように、けれど笑ってそう言ってくれた。
「それが宮地君の望みなら」
天和も譲ってくれた。
「ありがとな、二人とも」
俺のわがままにつき合ってくれて。
これって、ほんとはすごいことなんじゃないか? 友人なんてずっといなかった俺だから分からないけどさ、こんなにもいい友達なんているか? 俺の勝手を聞き受けてくれる、応援してくれる。その笑顔と気持ちに俺は救われてる。
恵瑠も大事な友達だけど、こいつらだって同じ大切な友人だ。
「ミルフィア」
「私は……」
隣にいるミルフィアに振り向いた。彼女は顔を僅かに下に向け、その表情は暗そうだった。
一度俺は恵瑠に倒された。それは事実。またそうならないという保障はない。ミルフィアの心配は尤もだ。
「不安がない、心配しないと言えば、それは嘘になります。万が一のことがあれば」
だからミルフィアの顔は暗い。俺が一人で行くことに不安を感じている。その気持ちは嬉しい。誰かから心配されるというのは贅沢な悩みだ。
だからこそ心苦しい。その人の優しさを無駄にするようで。俺だってミルフィアがたった一人で危険な場所に行くと言えば心配するさ。
ミルフィアの気持ちを痛いほど理解しながら、それでも俺は言った。
「心配ないさ」
努めて笑顔で。なんでもないことのように。不安に思わなくていいと、そう伝えた。
「なぜそう言えるのですか?」
ミルフィアが顔を上げる。片手を胸に当て心配そうに見上げる。
その顔に言ってやった。
「あいつが、恵瑠だからさ」
「主……」
四大天羽? 審判? ウリエル?
知るかそんなの。あいつは恵瑠だ、俺の知ってる恵瑠なんだよ。
俺はミルフィアに悪い気はしたが横を通り過ぎ前に出た。
「連れてってくれ。あいつは俺が止める。その間に怪我人たちを搬送してくれ」
すでに事は起こっているんだ、もたもたしていられない。
方針が決まり辺りがばたついている。一人の男が近づいてくると現場まですぐ移動できるよう車で待機しているように言われた。
「行ってくる」
俺は振り返った。そこにいるミルフィアにそう告げると、彼女も覚悟を決めたように顔を上げた。
「主。相手が恵瑠だというのは分かっていますが、なにが起こるが分かりません。お気をつけて」
「ああ、分かってるさ」
彼女の忠告に頷き、俺は先導する軍人の後を追いかけ走り出した。
待ってろよ恵瑠、今行くからな。
*
サン・ジアイ大聖堂から飛び立ちウリエルは青空を飛行していた。ミカエルから基地の襲撃を任されて二日、今も新たな基地を襲うために向かっている。巨大な剣を背負い、純白の羽を広げ風を切り、地平線と上空の間を駆け抜けていく。そこに迷いはない。
ただし、その表情は優れなかった。
今から強襲をかけるには戦意というものがまるでない。それは今回だけでなくすべての襲撃においても同じだった。これが天羽軍の情勢を万全にするために必要なことは理解している。そこに異は唱えない。
ウリエルが考えていること。それは襲撃を依頼されるよりも前のやり取りだった。
『あの子は特別かい?』
ミカエルは神愛を殺すつもりだ。彼はイレギュラー、なにを起こすか分からない。ならば消した方がいい。
だが同時に神愛はウリエルを操る手綱にもなる。彼の名前を出されたら彼女は従わざるを得ない。
『彼が邪魔しに来なければ、彼を処すのは止めよう。しかし、彼が邪魔しにくれば、容赦なく殺す』
いわば神愛は人質だ、これがあれば優位に立てることをミカエルは分かっている。神愛の力がどれだけ強くても無限の軍勢を誇る天羽軍には敵わない。ミカエルが神愛殺害の号令を出せばすぐにでも彼は消えてしまう。
(神愛君……)
よって、従うしかない。彼を守れるのは彼女、自分しかいないのだから。
けれど、守ったからといってなんになる? その先で自分たちは昔のように笑えるだろうか。
そんなことはない。自分は天羽で彼は人間だ。
それは初めから終わりが決まっていた出会いだった。天羽と人間。本来交わることのない両者が出会い、共に時間を過ごしてきた。
それはおかしなことで、傍から見れば普通でも、本当は不自然な関係だった。
だけど、楽しかった。
あの時間にはもう戻れない。思い出となって脳裏に残るだけ。抱く想いは届かない。
それでも、
(君を守りたい)
決して叶わない想いだとしても。
思い出だけは今も輝いて、彼が言ってくれた言葉に救われたから。
『俺たちは、いつだって友達だ』
こんな自分を友達だと言ってくれた。これ以上の思い出なんていらない。あれだけで十分過ぎる。涙を流して感謝した思いをまだ思い出せる。
彼を救うためなら、なんだってする。
ウリエルは目つきを鋭くさせた。乗り気ではない胸に無理やり戦意を宿し、次なる標的に進む。ゴルゴダ共和国の第三駐屯地。街並みの中そこだけ切り取ったようにある広い敷地内にある、大きな施設がそれだった。鉄柵で囲まれた敷地内には運動場と巨大な建物、宿舎があり、ヘリもいくつか置いてある。
ウリエルは上空十メートルほどで立ち止まり駐屯地を見下ろす。足元ではすでに警報が鳴り響き兵士たちが隊列を組んでいた。軽装の甲冑姿に腰には剣が差してある。しかし空からの強襲に応じ肩には銃器をぶら下げ、中には携帯式ミサイルを肩に担いで現れた者もいた。兵士たちは銃を構え狙いをウリエルに定めていく。白い長髪の天羽。他の駐屯基地を襲った天羽と符合する。兵士たちに緊張が走り、すぐさま攻撃してきた。
「撃てぇ!」
いくつもの銃弾がウリエルに飛来する。鳴り響く銃声が地上から地鳴りのように届いてくる。
軍用フルオートの一斉射撃。その脅威が迫る。が、ウリエルはその場に留まっていた。視界を通り過ぎていく銃弾。ついにはウリエルに直撃した!
けれど、ウリエルには一つの傷もなかった。彼女は痛みすら感じていなかった。超越者である彼女の物理耐性は2になる。信仰者がいくら武装しようとも彼女を傷つけることは出来ない。
ウリエルに携帯式ミサイルが着弾する。爆発とともに広がる黒煙が彼女を覆う。その衝撃は人体なら粉砕するに余りある威力だ。
それでも、爆風はウリエルの長髪を靡かせただけだった。
彼女を誰も止められない。神聖なる襲撃者は二千年前の伝承通り、圧倒的な力で人間に襲いかかる。
ウリエルは右手を天に掲げた。手の平から舞い上がる炎が渦を巻き、一つの巨大な火球となっていく。彼女すら上回る大きさになると、それはいくつもの火球となって地上に降り注いだ。
まるで火山の噴火。空からの轟炎に兵士たちは顔色を変えた。すぐ横に落下した火球に兵士たちが吹き飛んでいく。爆発が至るところで発生し、炎が広がっていく。建物もひとたまりもなく崩壊していく。
すべてを無に帰す。炎はすべてを呑み込み灰にする。
眼下はすでに阿鼻叫喚だ、ウリエルの攻撃に悲鳴が飛び交っている。
苦しい。痛い。助けて。いくつもの言葉、いくつもの絶叫。
その光景を前にして、ウリエルは自分に言い聞かせていた。
(迷うな!)
瞼を強く瞑り、何度も自分に言い聞かせる。
でも、目の前がどうなっているのか分かる。鼓膜を通り越して悲鳴が心に突き刺さる。
何度も自分に言い聞かせる。これは必要なこと、仕方のないこと。意味のあること。なんでもいい、自分が納得できる言葉を探しては言い聞かせていく。
だけど、
「ぐああああ!」「ぎゃあああ!」「怪我人を搬送しろ!」「やられた! やられた!」
迷いそうになる。挫けそうになる。
『ボクは、みんなが笑顔になれる、そんな世界がいいです!』
蘇るかつての自分の言葉に、表情が歪む。唇が震えた。
(迷うな! 迷うな! 迷うな! 迷うな!)
目の前の光景に、ウリエルは自分がどんなに情けないか思い知った。
理想の決意?
犠牲の覚悟?
自分は馬鹿だ。仲間を前にあれほど豪語しておきながら、もう吹き飛びそうだ。
燃え上がる炎に、聞こえてくる悲鳴に、決意も覚悟も揺れそうだった。
いっそ、この炎で自分が焼かれたい。そう思えるほど。