だが、そこに己のための戦いは一度もなかった。
精悍なペテロの表情に少しだけしわが寄る。
「お前はその彼女に殺されかけたんじゃなかったか?」
「そうかもしれない。でも、俺は違う方を信じてる」
俺の負った傷は裏切りなんかじゃない。守るためだった。それを決別になんかしてたまるか。
「あいつは俺の友達なんだ。今だって。あいつと二人っきりで話ができれば、違う答えが返ってくるはずだ」
断言する。自信を持って言ってやった。俺が信じないでどうするんだ。
俺の発言に周りからは否定的な声が出ていた。「あるわけがない」「あれは敵だ」誰も信じていない。全員が敵だと思っていた。そうした雰囲気に気を強く持ってなければ呑み込まれそうになる。
けれど、俺は揺れなかった。
「もし違ったら?」
「それを確かめに行くんだよ」
ここにある否定の数々、それを全部払いのけて。
俺とペテロの間で無言の間が流れた。辺りも静まりかえり緊張の面もちで見つめてくる。
「…………」
「…………」
黙ったまま、自分の思いをぶつけ合った。
「失礼します!」
突然扉が勢いよく開けられた。何事かと振り返る。
「どうした?」
扉を壊す勢いで入って来た軍服の男にペテロが声をかける。
「ただいま入った情報です。第三基地が天羽の襲撃を受けているとのことです!」
「なに!?」
襲撃? ミルフィアは大きな動きを見せていないと言っていたが、まさか本格的に攻めてきたのか? 襲撃の報告に周囲もざわついている。
俺は焦るが、ペテロは冷静だった。
「数は?」
「それが」
ペテロの質問に軍人は表情を歪め、言いにくそうに話し出した。
「敵は一体のみ。長い白髪に炎を使うとのことです」
「長い白髪……?」
まさか? そう言われて思い浮かべる天羽なんて一人しかいない。加えて炎を使うと言ったら間違いない。
「恵瑠!?」
あいつが、一人で基地を襲っているのか?
「やはりか」
「やはり?」
険しい顔でつぶやいたペテロに向き直る。
「やはりってどういうことだよ?」
なにか知ってるのか? 俺は聞くが、その疑問には隣に立つミルフィアが答えてくれた。
「主、実は、白色の髪をした天羽による襲撃は初めてではないのです」
「そんな」
俺が眠っている二日間にそんなことが。
今回も、そして以前の襲撃も、白色の髪と炎を使うという特徴から恵瑠で間違いないだろう。
俺の信じることとは裏腹に、エルは天羽として抵抗する人間を襲っている。二千年前の伝説と同じ、審判の天羽として。
そのことに、俺は自然と目線が下がっていた。
「君の友人によって我々には多大な被害が出ている。彼女の行動は紛れもなく私たちへの攻撃だ。それでもか?」
ペテロが俺の意思を再び聞いてくる。どんなに信じようとも現実は変わらない。恵瑠は攻撃している、人類の敵だ。
だけど。
「それでもだ」
諦めるつもりはない。あいつのしていることが攻撃だって襲撃だって、あいつの心まで見えたわけじゃない。もしかしたら事情があるかもしれない。
その可能性を、俺はまだ諦めていないんだ。
俺の答えをペテロは黙って聞いていた。否定や質問を繰り返すことをせず、黙考は続いた。わずかに目を伏せ考え込んでいるようだったが、その目を上げた。
「どの道、救援は出さねばなるまい」
ペテロの顔は好ましいものじゃないが、妥協したということだろうか、その言葉に期待が沸いた。
「おいペテロ! まさかこのガキをその中に入れるのか?」
すぐにヤコブから反論が入る。このおっさんにしてみれば俺は正面入り口の因縁があるし快くないんだろうな。
そういう意味では俺と一番因縁があるのはペテロだ。こいつにはいろいろ邪魔されたし邪魔してやった。だけど、ペテロはヤコブとは違った。
「お前の意見も分かる。だが、彼に力があるのは疑いようもない事実だ。それは私が保証する」
「ペテロ、お前」
ヤコブが意外そうにペテロを見つめている。俺が起こしてきた数々の問題は、自分で言うのもあれだが看過するには重すぎることだ。それをペテロは評価するところは素直に評価した、誰でもできることじゃない。
「現在、我々の戦力は天羽たちの思惑に乗せられ、両者の衝突もあって疲弊している。選り好みしている場合ではない」
教皇派と神官長派との対決。それによってゴルゴダ共和国の戦力はだいぶ落ちた。それもミカエルの計画だったんだろうな。ムカつくやつだったがこういうところは抜け目がない。
恵瑠を泳がせ天羽復権の条件を整えることも。
復活までサン・ジアイ大聖堂を襲い時間を稼ぎ、戦力を減らしたことも。
すべてが周到に用意されている。思いついてすぐできることじゃない。隙がないはずだ。
あいつは、こうなることを二千年も前から考えていたんだから。
俺たちはそれに立ち向かわなくてはならない。困難なのは言うまでもない。立たされている境地がそれを物語っている。
それが分かっているペテロだからこそ、手段を選ぶつもりはないんだ。
それに、何度もぶつかってきたから分かる。
こいつは、真面目だ。優先すべきは人を守ること。感情に流されて、それを曲げることはしない。そういう男だ。それに関しては断言できる。
と、俺がそう思っている時だった。
ペテロが驚くことを言ってきた。
「この少年は、誠実だ」
「なにぃ!?」
ヤコブが大声で驚いている。俺だって驚いた。俺が誠実? いったいなんだ。
全員が驚愕している。そんな周りの反応を余所に、ペテロはいつもの調子で話していく。
「彼とは何度も衝突してきた。だが、そこに己のための戦いは一度もなかった。彼はいつも友人のために戦っていた」
「お前」
ついつぶやいていた。ペテロとは一番多く戦ってきた。こいつの強さはよく知ってるし、どんなやつなのかも戦ってきて分かってる。
でも、それはペテロも同じだったんだ。こいつも俺同様、相手がどんなやつなのか衝突する度に感じていたんだ。
「彼のしてきたことを許すつもりはないし正当化するつもりもない。だが、彼が友人を思う気持ちは本物だ、それを曲げることはしない。そういう男だ。その点は信用できる」
ペテロの話にいつしか疑問の声はなくなっていた。最初は完全に否定していたのが、今は半信半疑くらいにはなっている。完全に信用することは無理でも、ペテロにはそう思わせる説得力があったんだ。
「使える戦力は、多い方がいい」
言っていること自体は正論だ。こんな状況で、使えるものならなんでもかき集めて使うべきだ。
反対意見はなくなっていた。皆は顔を見合わせどうするか決めかねている。
「ふん。俺は信用ならん」
その中で、ヤコブだけが席を立って反対した。ヤコブに視線が集まる。この期に及んでまだ反対するとかどんだけ頑固だよ。
だが、しばらくするとヤコブは固い表情を崩した。
「だが、お前は信用している。しゃくだが従うさ、言うとおり選り好みしている場合ではないしな」
どさっと重たい体を椅子に戻す。表情はまだ渋いがヤコブが納得したことでこの場の雰囲気は賛成という感じで収まった。
これで救援に同行できる。それもペテロのおかげだ。まさかこの男に助けられるなんてな。まさかって感じだけど、ぶつかるからこそ相手の芯が見えるのかもしれないな。
俺はペテロに近づいた。
「ありがとな」
椅子に座ったペテロに礼を言った。ヤコブは嫌そうに睨んできたが、ペテロは俺の礼を聞き終えてからゆっくりと振り向いてきた。
「殊勝だな。お前らしくないぞ」
「ふっ。これでも王金調律の信仰者なんだよ」
完全に味方ってわけじゃないし、友人ってわけでもない。でも、最初に出会った時よりもお互いに分かり合っているんだろうな。
俺は離れ元の場所に戻った。それでミルフィアが声をかけてきた。
「主、でしたら私も」
これからすぐに襲撃を受けているという基地へと行く。それにミルフィアもついて来るという。
「私もつき合うわよ」
「ついて行くわ」
ミルフィアに続いて加豪と天和も声を上げてきた。席を立ち近寄ってきた。
三人だって恵瑠と会いたいに決まってる。俺と同じくらいその気持ちは強いだろう。危険を覚悟の上で三人はついて行くと言っている。
「いや、俺一人で行かせてくれ」
「主!?」