湧き上がる思い
穏やかに語るヨハネの表情を、俺は躊躇いがちに見つめる。
俺のクラス担任で、こうして話をしてくれる。クラスに馴染めない俺を案じ黄金律を教えてくれた。話しているだけでもこの人の人柄の良さは伝わってくる。
相談してみようか。ミルフィアのこと。
恥ずかしいので顔を下げるが、黙っていようとは思わなかった。この人ならいい気がしたんだ。
「昨日教えてもらった黄金律、考えてみたんだ」
チラ、とヨハネの様子を窺う。特に聞き返してくることはなく、黙ったまま聞き入っている。
「俺は、ミルフィアと友達になりたいんだ。今はまだ違うんだけど。それで自分がされて嬉しいことをしろっていうからさ、ミルフィアの誕生会を開いたらどうだろうと思ったんだ」
「ほう、いいではないですか」
俺の報告に温かい声で頷いてくれる。しかし、問題はここからだ。
「だけど、俺には親しい人がいない。誕生会に誘う人がいないんだ。ただ、もしかしたら黄金律なら仲良くなれるかもとは思った。それでも、明日までに見つけないと間に合わなくて……」
話していて、自分がどれだけ滅茶苦茶で無謀なことをしているのか思い知らされる。親し人はいないのに誕生会に参加してくれる人を集める? それも明日まで? 都合のいい夢物語、甘いと一蹴されても仕方がない。
「なるほど」
けれど、聞こえてきた声調は穏やかで教師としての芯があった。振り向けばヨハネの顔は諦めていなかった。
「確かに宮司さんは無信仰者です。そして周りは信仰者ばかり。これでは誘うのは難しいでしょう。しかし、今の宮司さんは黄金律について考えて行動している。黄金律という思想の下、宮司さんは自らの道を手探りながら進んでいるのです。では、それを続けることです」
そう言うと、ヨハネは俺に振り向きニコッと微笑んだ。
「やってみればいいではないですか。信仰とは続けることに意味があります。ここで止めることにどんな理由がありますか。宮司さんは、ミルフィアさんとお友達になりたいのでしょう?」
「ああ」
即答だった。それでヨハネは一回、大きく頷いた。
「それでは、もう答えは出ているではないですか」
「え?」
「諦めますか?」
ヨハネからの問いに、俺の表情が引き締まった。
そうだ、なにを弱気になっているんだ俺は。ここで諦めることになんの意味がある。どの道やるしかないんだ。確証なんてない、それこそ信じるしかない。手探りでも、この道が正しいって進むしかないんだ。
「どうやら決まったようですね」
ヨハネはそう言うと立ち上がった。
「おっとっと」
が、身体がよろめき転びそうになった。せっかくいい感じだったのに!
「まったく、しっかりしてるのか抜けてるのか分からないな」
ヨハネは「あははは」と苦笑しながら頭を掻いた。そして姿勢を正す。
「それでは、私はこれで」
「待ってくれ!」
教室から出て行こうとするヨハネを慌てて呼び止める。俺も立ち上がり、ヨハネは足を止め振り返った。
「その、あの」
ヨハネが向ける「なんでしょうか?」という眼差しに言葉がなかなか出てこない。俺は言葉にすることに躊躇するが、けれども言った。
「ありがとう。その、ヨハネ、……『先生』」
尻すぼみに声は小さくなっていき、最後の言葉は霧のように消えてしまう。せっかく出した言葉なのにこれでは伝わるか分からない。
だが、俺の不安とは裏腹にヨハネの目が少しだけ開かれた。その後すぐに微笑を作る。
「いえいえ」
温かな声を残して、ヨハネは教室から出て行った。俺はその場に立ち続け静かにヨハネの背を見送った。そして窓から差し込む夕日を追いかける。
空は茜色に染まりこれから夜に変わることを告げている。一日の転換期をもうすぐ終えようとしていた。
けれど、俺はこれからだ。明日にすべてを賭ける。信じろ。無信仰者が自分まで信じられなくなったらお終いだ。
俺は夕日に背を向け、教室を後にした。




